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# 第10話 「ただいま」と「ありがとう」
退院の日は、驚くほど静かだった。
晴れていて、風も穏やかで、特別なことは何もない朝。
「……終わったんだね」
病室のベッドの上で、らんらんが小さく言った。
“治療が”なのか、“入院生活が”なのか。
たぶん、その全部だった。
「うん。でも、始まりでもあるよ」
そう言うと、
らんらんは少し困ったように笑った。
医師から「完治です」と告げられた時、
俺は言葉を失った。
完治。
その言葉が、現実になるまで、
どれだけ長かったか。
らんらんは、その場では泣かなかった。
ただ、深く息を吸って、何度も頷いていた。
病院を出て、近所の道を一緒に歩く。
あの電柱の下を通り過ぎるとき、らんらんが立ち止まった。
「……ここで、待っててくれたよね」
「病院の窓から見てた…」
「待ってた、ずっと」
「ごめんね」
「ううん」
首を振る。
「生きててくれて、ありがとう」
その瞬間、らんらんの目から、
せきを切ったように涙が溢れた。
「……怖かった」
声が震える。
「何度も、もう無理だって思った」
俺は、そっと抱き寄せる。
力は弱いけれど、確かに抱きしめ返してくれた。
「それでも、らんらんは頑張った」
「……すちが、いたから」
夕焼けが、二人を包む。
「ありがとう、すち」
「こちらこそ」
何度でも言いたかった。
「一緒に生きてくれて、ありがとう」
その帰り道。
らんらんが、少し照れたように言った。
「……ただいま」
胸が、いっぱいになる。
「おかえり、らんらん」
失われかけた日常は、形を変えて戻ってきた。
痛みも、涙も、全部抱えたまま。
それでも、今は隣にいる。
手を繋いで歩く近所の道は、
あの日より、ずっとあたたかかった──。
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