「あっ、私もいいですか?」
その時、挙手した恵がガララッと椅子を移動させて登場する。
綾子さんたちは恵を見て「お前は誘ってない」という顔をしたけれど、すぐに考えを変えたみたいだ。
「中村さんも一緒のほうが来やすいなら、二人でおいでよ。ご馳走しちゃう」
「やったー、タダ飯!」
恵が拍手をして喜ぶ。
そんな感じで参加が決定してしまったけれど、ただただ、波乱しか予想できなかった。
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とりあえず、昼休みにトイレに入った時に尊さんに連絡しておいた。
【今日、綾子さんたちにご飯に誘われました。辞令の発表後なので嫌な予感しかしないのですが、ちょっくら行ってきます。恵が一緒に行くと立候補してくれたので、リンチにはならないはずです】
昼休みとはいえ尊さんも忙しいので、すぐに返事があるとは思っていない。
メッセージを打ったあと私はすぐに個室から出て何気なく手を洗い、ハンカチで手を拭く前にちょっちょっと前髪を整える。
――と、鏡の前で歯磨きをしていた他部署の女性社員二人が、わざとらしく会話し始めた。
「速水部長って御曹司だったんでしょ? それが副社長になるって、あるべき姿になったって感じだよねー」
「そうそう。風磨さまもイケメンだけど、速水部長もタイプの違うイケメンだしね。あぁ~、うちの会社は顔面偏差値だけで株価爆上がりだわ」
「っていうか、丸木さんも誰かさんも大出世だよね~」
うわっ。
思わず鏡越しに彼女たちを見てしまったけれど、こちらをチラリとも見ていないのが怖い。
(……はよ退散しよ)
私はハンカチで手を拭き、リップを塗り直す。
「ぶっちゃけ、大して可愛くもないのに二人ともよく選ばれたよね」
「ベッドで凄いんじゃない? ほら、胸が……」
「あはは!」
…………うわぁ…………。
ドン引きした私はリップをウォレットポシェットにしまったあと、立ち去り際に彼女たちに一言言った。
「トイレであっても、あんまりそういう事をおおぴらに言ってると、自分の首を絞める結果になりますよ」
すると、そこで初めて彼女たちは私を見て、「ぷっ」と噴き出した。
「やだ、自分の事だと思ってるの? 自意識過剰えっぐ」
「っていうか、私たち脅されてる? こっわぁ……。これって脅迫じゃないの?」
あーあ、こりゃもう話が通じないやつだ。
ペコリと会釈してトイレから出ようとした時、後ろから容赦のない言葉が突き刺さった。
「死ねばいいのに。ブス」
廊下に出た私は、なるべく何も考えないようにしてスタスタと歩き、呟く。
「なるほど」
あまり深く考えたらめちゃくちゃダメージを受けそうで、私は一生懸命別の事を考えようとする。
(スマホに何か面白いもんでもあるかな)
写真でも見ようと思ってスマホを出した時、「あの……っ」と声を掛けられて振り向く。
あとを追うように小走りに近寄ってきたのは、やはり他部署の若い女の子だ。
(また何か言われるのかな)
ちょっと警戒して「はい?」と尋ねると、彼女はトイレのほうをチラッと振り向いてから、スッと息を吸って早口に言った。
「私、上村さんと速水部長の事、応援してますから!」
「ええっ?」
いきなり応援され、私は上ずった声を漏らす。
「……私、さっきトイレの個室にいて、出ようとしたんですけど変な会話が始まっちゃって、出られなくて……」
「ああ、被弾しちゃったんだね。ごめんね、なんか……」
あのあとなら、物凄く出づらかっただろう。
「……『大きいほうじゃね?』って言われました……」
「あああ……! ご、ごめん。ホントに」
不名誉な勘違いをされ、よりいっそう申し訳なくなる。
「いえ。……それはそうと、私、総務部なんですが速水部長ってやっぱり人気があるんです。で、上村さんが秘書になる事でみんな殺気立ってる感じで……。でも私、前から上村さんのファンでもあるんです。……キャーッ、言っちゃった!」
「えっ、えええっ?」
まさかこうくるとは思わなかった。
コメント
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(,,>ლ<,,)プププッ言っちゃったね〜!!! あんなやつらはほっとけー!ミコティも言ってたじゃん!