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ドスとドスが噛み合い、互いの顔が触れるほどの至近距離で睨み合う。
親父の吐息は熱く、刺青の龍が汗に濡れて
暗闇の中で今にも飛び出してきそうなほど生々しく蠢いていた。
「どうした和貴、怒りだけでは俺は殺せんぞ!」
親父が力任せに俺を突き放し、返り刀で俺の頬を裂いた。
熱い感覚が遅れてやってくる。
滴る血が床の赤絨毯に吸い込まれ、さらに色を濃くしていく。
「……親父、あんたはいつも言ってたな。極道は面で歩くもんじゃねえ、心で歩くもんだってよ!」
俺は口の中の血を吐き捨て、低く構えた。
「あんたの心には、もう何も残ってねえのか!拓海の笑顔も、俺たちが家族として過ごしたあの時間も……全部、あの代議士の金で塗り潰しちまったのか!」
「……ああ、そうだ。残ってなどおらん」
親父の目が一瞬、氷のように冷たく据わった。
「組織を維持するためなら、俺は俺自身の心さえもとうの昔に殺した。和貴、お前の甘さが組を、そして拓海を死なせたんだ!」
その言葉が引き金だった。
俺の脳裏に、水死体となった拓海の無惨な姿が、フラッシュバックのように焼き付く。
「……ああ、そうだよ。俺が甘かった。あんたを『親』だなんて信じてた俺が、一番の馬鹿だった!」
俺は地を這うような速度で踏み込んだ。
親父の突きを右肩で受け流し、肉を削がれる痛みを無視して、その懐へ深く、深く潜り込む。
「おおおおおお!」
渾身の力でドスを突き上げる。親父は驚愕に目を見開いたが、逃げる場所はない。
檻の中、俺の刃は親父の白いワイシャツを貫き、脇腹を深く抉った。
「ぐ…っ、は……」
親父の動きが止まる。
その手からドスが滑り落ち、床のコンクリートに高い音を立てて転がった。
「榊原……!貴様、何をしている!早くそいつを殺せ!」
檻の隅で志摩に拘束されていた中臣が、形振り構わず叫ぶ。
だが、親父はその声など聞こえていないかのように、ゆっくりと俺の肩に手を置いた。
血に汚れたその手は、昔、俺を路地裏から拾い上げた時と同じように、驚くほど温かかった。
「……見事だ、和貴。……これで、いい」
親父の口元から血が溢れる。
だが、その顔には、この数日一度も見せなかった、穏やかでどこか晴れやかな笑みが浮かんでいた。
「……親父?」
俺は突き刺したドスの柄を握ったまま、震えた。
「行け……和貴。…お前の『筋』を……通してこい」
親父が俺の背中を、檻の外へ向けて強く押し出す。
その瞬間
檻の外で控えていた中臣の部下たちが、ついにしびれを切らして一斉に銃を構えた。
「撃て!全員、一匹残らず射殺しろ!」
中臣の狂ったような号令が、廃工場に響き渡る。
俺は親父の体を引き寄せ、盾にするように倒れ込んだ。
暗い檻の中、数えきれないほどの銃声が、新たな悲劇の幕開けを告げた。