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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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 東の草原を一望しようと。

 西の大森林を凝視しようと。

 人間はおろか魔物さえ見当たらない。

 それゆえに、彼らの存在が際立つ。

 男が二人。

 女が五人。

 そして、そのどちらでもない異形が一つ。その顔は紛れもなく女のそれゆえ、六人目としてカウントしたいが、それは絶対に不可能だ。

 頭部と両手両足は確かに女性だが、胴体という重要な部位が炎に置き換わっている。付け加えるのなら、頭髪も同様だ。


「シかし、アれだネ。ニンゲン同士で殺し合うなんテ、本当にモッタイナイ。ナーんて、三百年ぶりに思ってみたけド、今回は全然違ウ。ソの理由、キミにわかるかナ?」


 戦場から跡地に変わったこの地に、この化け物は姿を現した。

 魔物の名前はオーディエン。

 人間の言葉を話すだけでなく、意思疎通さえ出来てしまう。

 そうであろうと、エウィン達は身構える。

 突然のなぞなぞに怯んだからではない。

 これがここにいることが、非常事態だからだ。


「わ、わかるはずないだろ。もったいない? その言葉自体は好きだけど、おまえに使われたら嫌いになりそうだ」

「ファファファ。マぁ、ウん、教えてあげてもいいんだけド、ソれじゃつまらなイ。ワタシだって散々待たされたからネ、少しくらいは意地悪しないト」


 空っぽな問答だ。

 しかし、オーディエンは満面の笑顔を浮かべている。

 このやり取りが楽しくて仕方ないのか?

 再会を喜んでいるのか?

 当然ながら、その両方だ。

 この魔物にとって、楽しむという行為そのものが存在意義になっている。

 己の欲求を満たすためなら、他者の人生を弄ぶことに罪悪感など抱くはずもない。


「何でここに? どうして、ここに?」

「ワタシも板挟みになっててネ。ヤむを得ズ、トでも言えばいいのかナ? ハぁ、本当に大変だヨ。下からは突き上げられテ、アルジからはせっつかれテ……。ダからこうしテ、今日はここニ」


 エウィンの問いに対し、魔物は意味不明な返答を繰り返す。

 しかし、嘘は言っていない。

 何一つ、誤魔化してもいない。

 そうであろうと、残念ながら理解は得られない。立ち位置や知識の基盤が異なるのだから、議論は平行線のままだ。

 少年は絞り出すように、最重要事項を問いかける。


「僕達を……、殺しに来たの?」

「ファファファ、面白いこと言うネ。ソれこソ、モッタイナイ。ダけど、ソうだネ……」


 炎の髪を揺らめかせながら、魔物が顎に手を添える。

 その結果、この地に静寂が訪れるも、沈黙を破ったのは第三者だった。


「ふーん、そういうことかー。次はその子に決めたんだねー」


 誰もが恐れおののく中、彼女だけは平然としている。

 もちろん、魔物の登場には驚いたが、それが顔見知りである以上、その態度は毅然だ。


「キミは……、アー、見覚えのある顔ダ。今日は一人なんだネ」

「ひ、独りじゃないですー、みんな知り合いですー」


 茶色い髪はミディアムボブ。その髪を揺らしながら、エルディアが一歩後ずさる。

 嫌味ですらない指摘に対して、彼女が動揺した理由は図星だからに他ならない。


「カレは元気かイ?」

「お父さんの仕事を手伝ってる。魔物のあんたにはわからないと思うけどー、貴族は貴族で大変なの。武器屋の娘と違ってね」


 目を細めるオーディエンに対して、エルディアは面倒くさそうに事実を述べる。

 魔物が現れたにも関わらず、彼女も含めて誰もが武器を構えていない。

 しかし、その理由は多岐にわたる。

 魔女のリリ達は絶望に飲まれて動けない。それほどの力量差を、この魔物に感じ取っている。

 軍人のマークも驚いてはいるのだが、オーディエンの姿とその言動には引っかかりを感じており、その謎を解き明かすために観察せずにはいられない。

 エウィンとアゲハは怯みながらも身構えている。可能なら戦闘を避けたいと考えながらも、今は相手の出方を窺うことしか出来ない。

 そして、エルディア。彼女はある意味で達観している。

 殺されるか、見逃してもらえるか。

 どちらに決まるかはオーディエンの気分次第だと理解しており、だからこそ開き直るように佇んでいる。


「フーん。キミも乗り換えたのかイ? ソこのエウィンニ……」

「仕事を手伝ってもらっただけ。確かにエウィン君はすごいと思うよ? だけど、そこまで?」

「キミ達にハ、ワからないよネ~」


 言い終えるや否や、魔物は静かに笑い始める。

 人間を見下すように。

 自分だけが見抜けていることを誇るように。

 もしくは、舞台役者が揃ったことを喜ぶように。

 様々な要因がオーディエンを楽しませる一方、エルディアは淡々と食い下がる。


「殺すのなら私だけにして」

「ファファファ、ワかってて言ってるのかナ? キミはもウ、殺す価値もなイ」

「命拾いしたのにめちゃくちゃ悔しいゼ」


 用済みであるからこそ、殺さない。

 そうともとれる言い回しだが、事実そうなのだから仕方ない。

 ゆえにエルディアの胸中は複雑だ。

 生き延びた。

 しかし、相手にもされていない。

 傭兵としてのプライドが傷つけられたが、死なずに済んだことを素直に喜ぶべきだろう。

 見知った人間を説き伏せたことから、オーディエンは目的の人物へ向き直す。


「エウィン」

「ん?」

「退屈、イや、欲求不満だろウ? タだのニンゲン相手に暴れたところデ……」


 この発言が、この場の空気を完全に凍り付かせる。

 あまりに意味不明だ。

 そして、真意が読み取れずとも不気味で仕方ない。

 皆が寒気を覚える中、この少年は平然と言ってのける。


「ふざけたことを……。こちとらもうヘトヘトで、今すぐにでも帰って寝たいっつーの。どこをどう見たらそう思えるのやら……」


 汗でしっとりと濡れた緑の長袖。

 黒色のズボンは泥で汚れており、靴は道中で裂けてしまったため、野生児のように裸足だ。

 顔色は悪くなく、怪我の類も見当たらない。コンディションの良し悪しを外見から判断することは困難ながらも、周囲の景観からその気苦労は容易に見て取れる。

 ましてやこの魔物は、遥か上空から一部始終を眺めていた。

 エウィン達が強敵を退けたことを知っているはずなのだが、悪びれることなく持論を述べる。


「誤魔化したって無駄ムダ。隠し事は出来ないヨ。ダって、キミとワタシは同類だからネ」

「い、いったい何を……?」

「ワかってル、ワかってるヨ。キミにもあるんだロ? 誰にも言えないようナ、真っ黒な野心ガ……」


 オーディエンの堂々とした態度とその指摘に、少年は怯んでしまう。

 野心などという仰々しい単語とは無縁の人生を歩んできたため、エウィンは言い訳をするように考え始める。


(そ、そりゃ男だし、色々あるけど……。アゲハさんにピッチピチの半ズボン履かせたいとか、際どいミニスカート履かせたいとか……)


 単なる欲望だ。

 アゲハは肉付きの良い女性なのだが、それゆえにエウィンの性癖をくすぐってしまう。

 ある意味健全な願望なのだが、声高々に宣言することなど出来ない。

 ゆえに口を真一文字に結ぶも、沈黙はオーディエンが破る。


「ソんなキミにプレゼントを用意したヨ」

「僕に……、何を?」

「実は一石二鳥でネ。手持ち無沙汰な部下に仕事を与えられル。キミの本気ヲ、モう一度見られル。アぁ、ナんて素晴らしイ!」


 そして魔物が笑い出す。

 炎の体をねじりながら、心底楽しそうに天を仰いでいる。

 その姿は当然ながら隙だらけだ。

 にも関わらず、誰一人として斬りかかることが出来ない。

 ただそこにいるだけで圧倒的な力量差を見せつけられているのだから、許された行為はただ一つだ。

 弱者として、強者の提案に従う。

 屈辱的だ。

 恥ずべき行為だ。

 そんなことは、わかっている。

 それでも、そうするしかない。

 オーディエンはそれほどの化け物であり、不服を申し立てたところで聞き入れてもらえるはずもない。

 最悪の場合、見せしめとして誰かが殺される可能性すらある。

 それをわかっているからこそ、エウィンは悔しそうに握り拳を作る。


「わかったよ、戦ってやる。部下でも何でも構わないから、連れて来い……。ブッ倒してやる!」

「イイネ! ソれでこそダ! 今のキミはまだまだ足りていなイ。ソれを自覚することかラ、始めようカ」


 不穏な言葉を置き去りにして、炎の魔物がそこからいなくなる。

 不可視の能力を発動させたわけではない。

 上空へ舞い上がったわけでもない。

 ジレット大森林の方角へ、喜び勇んで飛び去った。

 誰もが押し黙る中、エルディアがあっけらかんと発言する。


「エウィン君ってあいつと知り合いだったんだ。まぁ、私もなんだけどねー」

「知り合いってほとでも……。二、三か月前に一度戦っただけですし。エルディアさんこそ、なんかすごい感じでしたけど……」

「まぁねー。因縁はあるかなー。って、戦ったの⁉ あいつと⁉」

「ええ、まぁ。ぼっこぼこにやられましたけど。でもなぜか、最終的には見逃してもらえました」


 驚く魔女へ、少年は淡々と答える。

 嘘は言っていないが、多くを語るつもりもない。

 血なまぐさい話な上、全てを話す場合、アゲハが異世界人であることがばれてしまう。

 帰還のための手がかりが得られるとは思えないため、今はとりあえずリスクを避ける。


「不思議なこともあるもんだねー。いきなり襲われたの?」

「あ、いえ。きっかけは多分、城下町であいつの存在に気づいたからだと思います。その後、アゲハさんとマリアーヌ段丘に出かけたら、そこで……」

「あいつって人前には姿を現さないんだけど、どうやって気づいたの?」


 至極当然な疑問だ。

 エルディア以外の魔女達も、少年の発言には首を傾げてしまう。

 ゆえに、説明しなければならない。

 自身の特技について、明かさなければならない。


「僕は魔物の気配を探れるんです。あの時は確か、宿屋の一室からオーディエンを感じ取りました」

「ほへー、なるほど、そういうことかー。うん、あいつが君のことを気に入るわけだ。運命だもん、そんなの」

「え? どういう……」


 その時だ。

 音もなく、炎の魔物が舞い戻る。


「オ待たセ。呼んできたヨ。スぐに来ると思ウ」


 瓦礫が積まれたこの地は、まだまだ焦げ臭い。

 異臭の中には肉が焼けた匂いが混じっているのだから、許されるなら立ち去りたい。

 それでも居残った理由は、軍人を一人残すわけにはいかないから。

 その理由は、オーディエンの登場によって書き換わる。

 名指して使命されたことから、エウィンは胸を張って問いかける。


「僕の相手は……?」

「ワタシの部下……ノ前に、先ずはその手下ト、カナ? 本当に偶然でネ。森の中に待機させていたかラ、ソんなに時間はかからないと思うヨ」


 魔物は多くを語らない。

 しかし、エウィンと軍人のマークはその意味を見抜いてみせる。

 つまりは、魔女の襲撃がなかった場合、これから現れるであろう魔物達がこの地を蹂躙していた。

 出番を奪われた何かは待機を命じられるも、このタイミングで出番を与えられたことから、喜び勇んで舞台に上がろうとしている。


「一つ、頼んでもいい?」

「ン? ナんだイ?」


 ありえないやり取りだ。

 人間から魔物へ。

 エウィンからオーディエンへ。

 ただただシンプルな要求。


「僕が負けたら……、僕が死んでも、他のみんなは見逃して欲しい」


 この発言が周囲の空気を凍り付かせる。

 犠牲の上に生き延びたいと思う者はいないのだが、とりわけアゲハが動揺を隠せない。

 寄りそうように。

 すがるように。

 震えながら歩み寄る。


「エウィン、さん、なに、を……」


 しかし、少年は見向きもしない。

 その目は返答を促すように、オーディエンだけを凝視している。


「ワタシはそれでも構わないヨ」


 了承が得られたことでエウィンだけが胸を撫で下ろすも、不敵な笑顔は補足する。


「ダけド、ソのニンゲンはだメ。一緒に死んでもらウ」

「な、なんで⁉」

「他の人間は部下から守ってあげるヨ。コの約束は絶対に破らなイ。デもネ、ソのニンゲンだけはだめなんダ。当然だろウ? ダってサ、キミの理由そのものなんだかラ……」

「理由って、意味が……」


 わからない。

 魔物は丁寧に説明しているつもりなのだろう。

 しかし、エウィンには何一つ伝わない。

 ゆえに、指先を震わせながら食い下がる。今出来る、精一杯の行動だ。

 その必死さに胸打たれたのか、オーディエンは新たな単語を持ちだす。


「人質サ。ナんとなくなんだけド、ソうでもしないとキミって本気を出さないよネ? コんなところで死なれたらワタシも困っちゃウ。ダから、ヤれることは全部やらせてもらうヨ」


 やはり意味不明な主張だ。

 しかし、エウィンは己の動揺を隠すように逆上する。


「ふ、ふざけるな! アゲハさんを巻き込むんじゃない! この戦いには関係ないだろ!」

「ファファファファファ! 無関係ってことはないと思うヨ? キミが戦う理由、シいては生きる理由って、ソのニンゲンを元いた世界へ帰すためなんだロ?」

「な⁉」

「アレ? 間違ったこと言ってるかナ? ワタシに勝てたらアゲハを地球へ転移させル。ソう約束したよネ?」


 嘘偽りない事実だ。

 前回の邂逅で、三人はそのように契約した。

 オーディエンは既に見抜いている。アゲハが、ただの人間ではないことを。

 だからこそ、口約束は成立した。

 反故にするつもりはない。

 しかし、悪びれることなく利用する。

 オーディエンが手札を切った以上、エウィンに反論など不可能だ。

 渋るようにうなだれる。


「そ、その通りだけど……。わかった、わかったよ。意地でも勝ってやる」

「ガんばってネ。最後の一体ハ、トても手ごわいかラ……。サぁ、ソろそろだヨ」


 オーディエンの脚は飾りではないはずだ。

 にも関わらず、この魔物はほんのわずかに浮き上がっている。

 ふわふわと森の方へ移動を開始した理由は、エウィンの対戦相手がその姿を現すからだ。

 その後ろ姿を眺めながら、エルディアとマークが問いかける。


「ん~? 元の世界ってなーに?」

「東の大陸、というわけではなさそうだが、チキュウとはどこのことだ?」


 二人はエウィンとアゲハを見つめるも、返答はオーディエンからもたらされる。


「精霊界や煉獄のようニ、コことは異なる世界サ。詳しいことハ、本人に訊いてネ。ワタシも知らないシ、興味もなイ」


 ふわふわ前進しながらも反転し、魔物は新たな単語を持ち出す。

 精霊界と煉獄。どちらもその存在を予見されている別世界だ。王国の学者達は日々研究しているものの、その手がかりすらも見つけられずにいる。

 国家機密にも匹敵する情報のはずだ。

 にも関わらず、オーディエンはさも当然のように言ってのけた。

 ゆえに、軍人は追い付くように足を動かしながら問いかける。


「せ、精霊界や煉獄は本当に実在するのか⁉」

「ン? ソうだけド、ダから何?」

「なぜ、魔物のお前がそんなことを……? いや、魔物だからこそ、なのか?」

「ファファファ、キミ達ニンゲンよりは詳しいと思うヨ。ワタシ達は……、マぁ、ソれはそれとしテ、オしゃべりはここまでダ。エウィン、準備はいいかイ?」


 魔物は当然のように話を切り上げる。

 別の世界についての討論は非常に有意義ではあるのだが、オーディエンはそそられない。

 それよりもエウィンだ。

 この人間が生き残れるのか否か。この一点にしか興味がない。


「いつでも大丈夫。今の僕にはスチールソードがある。何が来ても怖くない。折れちゃったけど……」

「頼もしいネ。ホら、聞こえて来ただロ?」


 先頭の魔物が静止すると、その隣でエウィンも立ち止まる。

 少年のすぐ後ろにはアゲハ。

 続いて、軍人のマーク。

 最後尾は、エルディアと生き残った三人の魔女。

 彼らは一斉に森の方角を眺めるも、多数の木々が並ぶだけで魔物の姿は見当たらない。

 そのはずだが、何かが近づいてきているとわかってしまう。

 その理由は小さな地鳴りだ。

 森や地面がミシミシと震えている。

 地震ではない。

 重たい何かが、ドスンドスンと近づいている証拠だ。

 軍人は知っている。この状況を幾度となく経験しており、炎の魔物がどういった存在なのかを問答無用で思い知らされる。


「まさか……、おまえは、こいつらを従えているのか」


 驚いているのはマークだけではない。

 何もわからないからこそ、アゲハは萎縮するように震えてしまう。日本人ゆえに地震に対しては免疫があるも、それが騒音と共に近づいているのだから、恐怖を感じて当然だ。

 多数の視線が向けられる中、ジレット大森林が悲鳴を上げる。

 悲痛な叫び声は聞き間違いではない。

 へし折られた針葉樹が、声なき声で無念を訴えた。

 次の瞬間、倒木による新たな騒音がこの地を揺らす。

 しかし、彼らの関心は別だ。その姿を見てしまった以上、決して目が離せない。

 比較対象が樹木しかなかろうと、その背丈は巨大だ。少なくとも、人間の二倍近くはあるだろう。

 薄緑色の肌には体毛の類が一切見当たらず、髪や眉も見当たらない。

 両腕は暴力的なまでに太く、肉体も筋肉の塊そのものだ。

 一方で腰回りは引き締まっており、腰蓑のような防具で局部を守っている。

 巨体を支えるためなのだろう、両脚も屈強だ。その脚力は傭兵以上とも言われており、見た目とは裏腹に足は速い。

 肩から首にかけての筋肉も常軌を逸した膨張具合だ。

 首そのものが埋まっており、言うなれば上半身に頭部が直接くっついているようにも見える。

 鋭い眼光。

 平らな鼻。

 そして、獲物を食らい尽くすための口。

 知性の低そうな外見とは裏腹に、独自の文化を形成している、数少ない魔物の一種だ。

 オーディエンは、この魔物達を招いた。

 巨人族。

 そして、その数は一体は二体では済まない。

 緑色の巨体が、次々と森を抜けて姿を現す。

 その総数は二十一。ジレット監視哨を滅ぼすには少々心もとないが、問題はそこではない。


「僕の相手は巨人族か。初めて見た」

「喜んでもらえて良かったヨ」

「誰も喜んでないけど。なんか赤いというか黒いというか、変なのがいるんだけど……」


 エウィンの言う通り、異物が紛れ込んでいる。

 姿かたちは同様だ。

 膨れ上がった胴体と四肢。その暴力性は変わりない。

 しかし、色合いは全くの別物だ。

 他が草色の肌をしているのに対して、それだけが赤黒い。背丈も一回りは巨大なため、最も目を引く。


「ヘカトンケイレスのギュゲス。キミにはあれとも戦ってもらうヨ」

「ヘカトン……? 巨人族とは違うの?」

「違うチガウ。ワタシの手駒……ジャなくて部下サ。ア、全部を相手にしなくていいからネ。キミにはギュゲスを含む、三体と戦ってもらうつもリ」


 つまりは、遠方の大群はその多くが観客ということか。それらも人間を殺したくて仕方がないはずだが、オーディエンの指示には従う他ない。


「巨人族と戦うのだって初めてなのに、同時に三体……。まぁ、やってやる」

「イやいヤ、モちろん一体ずつだヨ。コれはキミの実力を測るためでもあるからネ。サぁ、始めよウ」


 オーディエンが巨人族の方へ視線を向けると、既に一体目が群れから離れるように歩みを進めていた。重々しい体をゆらゆらと揺らす仕草は、強者であることを見せつけているのだろう。


「先ずはあいつか」

「余計なお世話かもしれないけド、アれは一番弱い個体だヨ。安心して戦ってネ」

「魔物でも、そういう気遣いって出来るんだ……」


 笑みを浮かべるオーディエンを横目に、少年は歩き始める。

 背後にはアゲハ達と、無残にも解体された軍事基地の成れの果て。

 様々なものを背負うように、エウィンは両足を交互に前へ運ぶ。


(巨人族……か。こんな形で出くわすなんて。なるほど、まだまだ離れてるのに、すごい気迫だ)


 この傭兵の身長は、十八歳の平均程度か。

 つまりは年相応なのだが、傭兵という区分では小柄な方かもしれない。

 一方、遠方の巨人達はそのどれもが文字通り巨人だ。

 エウィンは既に思い出せないが、五歳や六歳くらいの子供が大人を見上げた時の迫力が近いのかもしれない。

 しかし、実際には似て非なる。

 なぜなら、薄緑色の巨体からは、憎しみのような殺意があふれ出ている。

 人間を殺したくて仕方ないのだろう。本能にそう刷り込まれているのだから。


(やってやるさ。僕は誰かを庇うために生きている。迷う必要もないし、ためらってもいられない。ちょっとだけ、怖いけど……)


 恐れおののいているのではない。

 初めて相まみえた巨人族の迫力と怒りに満ちたその顔に、わずかだが気圧されただけだ。

 それでも両足は動いてくれる。立ち止まったところで魔物の方から近づいてきそうだが、少年は力強く大地を踏みしめる。


「サぁ、ワタシに披露しテ。キミの実力ヲ、奥底に秘めた可能性ヲ!」


 オーディエンの叫び声が殺し合いのゴングだ。

 両者は既に十分近い。合図などなしに、始めるつもりでいた。

 お膳立てが完了した以上、その巨人は喜び勇んで右腕を振り上げる。眼下の人間は小人のように小さく、トンカチを振り下ろす要領であっさりと潰せるはずだ。

 獲物を見下しながら。

 口角を釣り上げながら。

 巨躯が歩みを止めると同時に、エウィンへ拳を振り下ろす。

 そして、それらは思い知る。

 腕力と体のサイズは確かに比例するだろう。

 しかし、例外というものもまた、確かに存在してしまう。


「すごい馬鹿力。でも……」


 どうということもない。

 自身を押し潰そうとする巨大な拳を、エウィンは左腕だけであっさりと受け止める。

 巨人族がいかなるものか確認し終えた以上、ここからは傭兵の時間だ。

 間髪入れずに背中の鞘から武器を引き抜く。予備動作はこれにて終了。

 次の瞬間、この魔物はなぜ敗北したのか、知ることすら出来ずに力尽きる。

 敗因と死因はシンプルだ。

 追い越される刹那、無数の斬撃が巨体を斬りつけた。

 スチールソードが折れていなければ、そこまで回数を重ねる必要はなかったのだろう。

 しかし、残された刃は短く、命を絶つためには分厚い肉を何度も斬らなければならなかった。


「僕は、おまえ達には怯まない。もっとやばい奴を知ってるから……」


 勝者は前だけを見据えながら、己に言い聞かせる。

 嘘偽りない独り言だ。

 巨人族がいかに強大であろうと、この傭兵はそれ以上の化け物と戦った。

 オーディエン。炎から頭部や四肢を生やした、人間のような魔物。


「ファファファファファ! 素晴らしイ! サぁ、次!」


 手下が殺されようと、笑わずにはいられない。エウィンが滞りなく勝利した以上、喜びながらも新たな対戦相手を用意する。

 狂気じみた大声が戦場を駆け巡ると、巨人族の群れから新たな個体が身を乗り出す。

 彼らも狂っているという意味では同類だ。同胞が殺されてもなお、誰一人として逃げ出そうとしない。そればかりか威風堂々と観戦を決め込んでおり、許可が出ようものならすぐにでも参戦するのだろう。

 あるいは勇敢なのか?

 もしくは、それほどに人間を殺したいのか?

 なんにせよ、ここからは第二ラウンドだ。

 それは、殺気をたぎらせながらドスドスと歩みを進める。

 草色の肌で太陽の光を浴びながら、右腕のない巨人がエウィンという強敵の元を目指す。

 昨日今日で失った傷ではないのだろう。

 もしくは、生まれた時からこうなのか。

 多数の観客に見守られながら、次の戦いが始まる。

 この光景こそが、人間同士で争ってはならない理由そのものだ。

 ここはコンティティ大陸。

 そして、支配者こそが巨人族だ。

 そのことを、ゆめゆめ忘れてはならない。

 巨躯が飾りでないことは、火を見るよりも明らかなのだから。

戦場のウルフィエナ~その人は異世界から来たお姉さん~

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