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夜の楽屋。撮影を終えたばかりの仁人は、まだ少しライトの残光が残るステージ写真をスマホで見返していた。
そこへ、控室のドアがノックもなく開く。
「お、じんちゃんまだ帰ってなかったんだ。」
「うお、びっくりした……柔太朗か。」
「そんな驚かんでもよくね?笑」
軽く笑いながら入ってくる柔太朗。
黒いトートバッグを片手に持っていて、
どこか落ち着かない様子で中をゴソゴソしていた。
「なに、忘れ物?」
「いや……うん、ちょっと渡したいものあって。」
「俺に?」
「そ。」
仁人が首を傾げた瞬間、
柔太朗が小さな箱を差し出してきた。
「これ、俺のブランドの試作。まだ完成品ではないけど」
「え、マジ?お前もうそんな段階まで進んでんの?」
「うん。で、最初に誰かにあげるなら、
よっしーしかいないかなって思って。」
「は?」
「いや、なんかさ、俺がここまで来れたのって、
よっしーがやってみればって言ってくれたの、
結構でかかったんだよね。」
仁人は一瞬言葉を失う。
柔太朗の言葉が軽く聞こえないのは、彼が本気でそう思ってるからだ。
柔らかく笑うその目に、仁人は自然と息を整えた。
「……お前、ちゃんと頑張ってるもんな。」
「でしょ?」
そう言って照れ隠しみたいに笑いながら、
柔太朗は箱を開けた。
中には、シルバーのアクセサリーがいくつか並んでいる。
繊細なチェーンのネックレス、シンプルなリング、
そして──小さなピンキーリング。
「……へー、これ、可愛いじゃん」
「うん。そっちは特別仕様。」
「特別?」
「うん、よっしー用。」
「は?」
柔太朗は少し楽しそうに微笑む。
「じんちゃんの小指のサイズ15号くらいじゃなかった?」
「……なんで小指?」
「薬指だとさ、なんかちょっとリアルすぎるじゃん。
でもさ、指隣だし、ほぼ結婚指輪っしょ。」
「はぁ?!」
思わず声が裏返る仁人。
柔太朗はくしゃっと笑って、悪戯っぽく肩をすくめた。
「冗談冗談。……でも、ちゃんとつけててほしいのはガチだからね。」
「……」
柔太朗の笑顔はふざけてるようで、
どこか本気の色をしていた。
そんな顔を見せられて、仁人は少しだけ視線を逸らす。
「……ずるいわー」
「ずるい?」
「そう。そういうこと、なんかナチュラルに言うの。心臓に悪いわ」
「え、じゃあ成功?」
「成功じゃねぇよ。」
「ふふ。顔、ちょっと赤い。」
「赤くない」
「いや赤いけど」
「うるさい。ほんとさぁ……」
そう言いながらも、仁人は小さく笑って、
ピンキーリングを小指にはめた。
思っていたより、しっくりくる。
小さな金属の輪が、静かに彼の肌に馴染む。
「……似合ってんじゃん!」
「そう?」
「うん。やっぱ、じんちゃんにあげてよかった。」
仁人はその言葉に何も返せなかった。
ただ、指輪の輝きを見つめながら、
そっと息を吐いた。
柔太朗が立ち上がる。
「じゃ、俺もう行くわ。あんまり長居したら変に思われるし。」
「……おう。」
ドアの前で、柔太朗が振り向く。
「よっしー。」
「ん?」
「マジで外すさないでよ?指隣だし、もうバレてるかもいいから。」
「何が。」
「俺、じんちゃんのこと結構好き。」
「はっ……ちょ、お前今さら何──」
「じゃーね」
柔太朗は軽く手を振って、
ドアの向こうに消えていった。
残された仁人は、
指先を見つめたまま、しばらく動けなかった。
照明の反射で、ピンキーリングが小さく光る。