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──
深々とお辞儀をしたまま、耳の奥で心臓の音が響いている。
破裂しそうな鼓動と、額から落ちる大粒の汗の雫。
やがて――
パチ、パチ、と小さな拍手が客席のあちこちから湧き上がる。
その音は少しずつ大きな波になり、二人の全身を包み込んでいった。
そっと顔を上げると、目の前にはまばゆいライトと、大きな拍手の海。
客席全体が二人の初舞台を讃えていた。
一瞬、呆然。
だが次の瞬間、二人は慌てて舞台袖へと駆け込んだ。
汗だくの寿司子の瞳は、まだ夢の途中のように揺れている。
「……笑ってくれてた、よね?」
──
その頃、客席の後方。
腕を組んだ一人の男が、じっと舞台を見据えていた。
分厚いフレームの眼鏡、がっしりとした体格。
「……うん、確かに使えそうだ」
そう呟くと、手帳にさらさらと〈イナリズシ〉と記す。
──
控室。
イスに並んで腰を下ろした二人は、同時に大きく息を吐いた。
拍手の余韻が、まだ鼓膜の奥に残っている。
「……寿司子ぉ!!」
リコの声が控室に響き、寿司子がびくっと肩を震わせる。
「ウチら、ウケたで!お客さん、ちゃーんと笑ってくれたやろ!」
「う、うん……」
寿司子は頷きながらも、まだ信じきれていない顔。
両手を胸の前でぎゅっと握りしめ、小刻みに震えている。
「最初、シーンてした時はヒヤッとしたけどな。
“マグロに夢詰める”のとこでドッて来たやん!」
「……ほんとに?」
「ほんまや!ウチが一番ツッコミながら気持ちよかったもん!」
寿司子は額の汗をぬぐいながら、小さく呟いた。
「……まだ、夢みたい。だって、私たちって……本当に芸人なんだね」
「当たり前やん!舞台踏んだんやで?もうウチらプロや!」
リコは寿司子の肩を軽く叩き、にかっと笑う。
寿司子もつられて、ようやく口元を緩めた。
その時――
「イナリズシさん!主催からお話あるので、残っててください!」
ドア越しにスタッフの声が響いた。
二人は顔を見合わせる。
「……え、なにそれ」
「まさか……松平健さんの名前出したから怒られる?」
「ちゃうわ!」
冗談混じりの笑いが、狭い控室に満ちた。
──
初舞台は終わった。
けれど、この日こそがイナリズシの物語の、本当の幕開けだった。
――そしてやがて、“飛躍”か“解散”か――
二人の心に、初めてのすれ違いが生まれる。
😱次章予告『笑いの道、二人の分岐点』
「チャンスやん!これ、逃したら絶対あかんで!」
「……でも、それって“私たち”の笑いなの?」
「ウチ、もうキラキラ衣装選んできたで!」
「……行動力っ!」
続く