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記憶──サイド ミヤビ
「「………………」」
無言の空気が、重い。
あの日の喧嘩以降、キリとは一度も会話が出来ずに、今日も気まずいままだった。
お母さんが気を効かせて、二人きりで遠くのデパートまで買い物を頼んでくれたけど……私は弱いから、話しかけることが出来なかった。
踏切に差し掛かる。運がいいのか悪いのか、ちょうど踏切が降りてきた。
私は着ていた黄色のウインドブレーカーを腰に巻く。
向こう側には沢山の人がいるのに、こっち側には私とキリと(たぶん)中学生の男の子しかいない。話すチャンスは、今しか無いと思った。
「…………キリ、あの、ね」
「……」
でも、その後に言葉は出なかった。
赤い帽子を被った男の子が、降りた踏切に一歩、また一歩と真っ直ぐに近づいている。その行動が目に入ったから。
表情はとても穏やかだったけど、その行動には覚えがあった。キリが産まれる前の私の姿と重なる。
────死ぬ気なの?
電車が音を立てて向かって来る。タイミングを見計らったように男の子が踏切内に入ろうとする。
間に合うかどうかわからない。でも、止めないと。ここには何も気づいていないキリと私しかいない。私しか、あの子を助けられない。
(助けるの?)
(うん。……余計なお世話かもしれない、けど)
生きていたいって思うのは、余計な感情じゃないでしょ?
「キリ、ごめんね。大好きだよ」
少し早口でそう言って、私は男の子の方へ走る。踏切内に入って手を伸ばす。
「まだ、死なないで──!」
声に出せなかったそんな想いは急ブレーキ音に掻き消され、体ごと飛び散った。
お姉ちゃんと呼ぶキリの声がすごく遠く聞こえる。ああ、やっぱり間に合わなかったなぁ。
不思議と怖くはなかった。きっと、一度願った結末だったから。
けれど、叶うならもう少しだけでいいから生きていたかった。……贅沢だけど、ね。
キリと一緒に生きるって約束、守れなかったな。キリに私みたいになれないって意味、言えなかったな。
身勝手で、傷付けて、ごめんね。先に行ってしまってごめんね。一人にして、約束守れなくて本当にごめんね。
キリなら、私が居なくても大丈夫。私の、たった一人の自慢の妹だから。
だから、
“ごめんね。大好きだよ”
この言葉が、どうかキリに届いていますように。