「ひあっ!? ちょっとどこ触ってるのよ!」
『!?』
2人を包み込んだ生地の中から聞こえた叫び声に、ミューゼとアリエッタがビクッと驚いた。
蔓で縛り上げたその塊は、ウゴウゴと動いている。
「このままわたくしは追放される運命。ならば最後に一発!」
「一発って何なのよ! なにをシようとしてるのよ!」
「そんなの決まってるでしょう?」
「やめるのよー!!」
『………………』
密室…いや、密着空間の中で大人の女が2人、暴れ始めた。
外からは見ただけでは何をどうしているのかは分からないが、おっさんの様な王妃の声と、絶叫の中に艶っぽい声色を混ぜているパフィの声で、ミューゼは何が起こっているのかを把握し、顔が赤くなっていた。仕事を始められるようになってまだ間もない若き乙女には、かなり刺激が強いようだ。
一方、何を言っているのか分からないアリエッタは、心配そうに見つめていた。まだ声色の違いも聞きなれていないせいか、完全に理解出来ていない様子。
(変な声混じってるけど、えっちな感じになってる……わけないよね。締め付けてもそんな声出るだろうし。でも何でこんな事してるんだろ?)
(アリエッタがいるってのに、ナニやってんのよフレア様! どっどどどどうしよう!)
作戦通りだが、フレアの行動は予想外なミューゼが大混乱。そして事態が飲みこめないアリエッタが、ミューゼの手を引っ張った。
「みゅーぜ?」(どうするの?)
「はっ! そうだった! 行くよアリエッタ!」
「?」
アリエッタの手を取り、蔓を伸ばした杖を持って、ミューゼは急いで家を出た。
外に出ると、家の前で待機していた兵士と目が合い、コクリと頷き合う。兵士もミューゼの状況を見て、うまくいったと察したようで、無言無音で外への道を開ける。
その間も、生地の中ではナニかが行われている。運ばれている事に気が付いたパフィは、声を出すのを止め、無言で抵抗し始めた。すると、王妃フレアの卑猥な言動だけが漏れ始める。
(あーあーもー運ばれてるって気づいてないの!? 聞いてるこっちが恥ずかしいんだけどぉ!)
現在、人の多い通りを走っているのだ。担いだ杖から蔓を伸ばし、その先端に蠢く生地の包みをぶら下げていては、弥が上にも目立ちまくる。しかもアリエッタの足と体力に合わせているので、進むペースはかなりゆっくりである。
さらに、兵士達が王妃の言動に困惑しながら、小声で通行人に働きかけてミューゼ達の通り道を開き、後ろからは別の兵士達が忍び足でついてくるという、かなりおかしな状況。当然ながら、周囲からは変な目でしか見られていない。
「あの……」
『しーっ!』
「ひっ!?」
通行人が勇気を出して声をかければ、兵士達が一斉に顔を向けて静かにするようにというリアクションをする。男達が一斉に必死な顔を向けるとかなり怖く、子供が泣いたり、気の弱い男性が腰を抜かしていたりする。
そんな不気味な状況の中心にいるミューゼも、恥ずかしくて仕方がない。
(塔までこんなに遠かったっけ? もうやだ全力で走り抜けたいよぉぉぉ!!)
「うふふ、ええんか? ここがええのんかぁ~?」
フレアのせいで恥ずかしさ倍増である。顔を真っ赤にしながら、兵士が開いた道を行くのだった。
そしてついに塔へとたどり着いた。
エインデルブルグに転移すると、塔の外で待っていたのはロンデル。王妃を強制連行する為に、魔動機でミューゼ達を迎えにきたのである。
兵士達から話を聞いていたロンデルは、王妃に出来る限り悟られないよう、説明を書いた紙をミューゼに見せ、無言で魔動機に乗るよう指示を出した。
兵士達が無言だったのは、フレアに周囲の状況を分かり難くする為だったのだ。もし近くに兵士がいる事に気付かれてしまっては、ミューゼから強引に自分を救出させ、そのまま家に戻らせるという命令を出しかねないからである。パフィに夢中だったお陰で、気付く気配も外を確かめる気配も無く、スムーズにここまで来る事が出来たのだった。
ロンデルが黙っているのは、命令されない為というのももちろんあるが、特定されて後で文句を言われるのを避ける為でもある。なんと、フレアやネフテリアの扱いに関しては、ミューゼ達に丸投げする事に決めていたのだ。
「ほらチュー……ぺろぺろ」
「んむー! んむーっ!」
生地の中では、相変わらず卑猥な攻防が繰り広げられている。座席に2人を転がしたミューゼは、今はアリエッタの耳を塞ぐのに必死だったりする。意味は分かっておらず、今更とは思いつつも、教育に悪い音声はやはり防いでおきたいのだった。
(ごめんパフィ……後でアリエッタ独占していいから頑張って!)
こうして、パフィのある意味尊い犠牲によって、変態王妃は王城へと運ばれていった。
と、ここでアリエッタが外を見て驚いた。
(え、あれお城っぽい? え? なんであそこに行くの? 大事な用事?)
前回来た時は寝ていたので、王城に行った事も理解していなかった。しかし、今回はしっかり起きている。
王城前に到着した魔動機から降り、急いで応接室に案内されたミューゼは、パフィ達を降ろし、蔓を解いた。
「パフィ、もういいよ! 大丈夫!?」
生地を破るとそこには……
「……なんで服ボロボロなの?」
動けなかったにも関わらず、服を破られ、半裸状態になっている2人の姿があった。
「ぎ、ギリギリ助かったのよぉ……」
「あらザンネン。もう少しでパフィちゃんをいただけたのに」
「いただかないでくださいっ! すみませーん! 2人の着替えを!」
既にパフィとフレアの両方の着替えを持ってきており、メイド達はテキパキと着付けをしていった。
(お城でメイドさんで、ぱひーとふれあさまが着替えさせてもらっている……ってことは)
前に来た時の情報と、今お城で世話されているという状況から推理した結果、ついにアリエッタが答えを導き出した。
(やっぱりみゅーぜってお姫様なんだ!? きっとぱひーも偉い人なんだ!)
残念不正解!
(みゅーぜがお忍びのお姫様として、その側近がぱひーだとすれば辻褄が合う。だってぱひー滅茶苦茶強いし、料理もうまいし……あれ? ということは、くりむも? いやいや、そこはまだ分からないぞ。たまたまぱひーと仲がよくて、街中の協力者として動いている特殊部隊なのかもしれない)
認識が外れたまま、アリエッタの中で設定が膨らんでいく。アリエッタの持つ情報を照らし合わせれば、確かに辻褄は合うのだが、いかんせん正しく入手出来る情報が少なすぎる。
単語はある程度分かるようになってきたが、会話として理解する事はまだ難しいのだ。
(ふむふむ。そうすると、てりあ、しす、ふれあさまも、お姫様の身辺警護なんだな。たまに様子を見に来るっていう仕事なんだろう。この前海に遊びに行った時に仲良くしてたから、ぱるみらと、つうもそうだね。うんうん、分かってきたぞ)
分かってないまま想像は膨らんでいく。ちなみに『つう』とはツーファンの事である。
こうしてアリエッタの中では、ネフテリア達はミューゼの部下という構図が根付いていくのだった。
思考能力は大人のままだが、元々絵を描く以外では特に完璧な考えを持つ大人だったわけではないので、情報を完全な理屈のみで整理出来るような、冷静過ぎる考えは出来ない。加えて感情が優先される幼児化も進んでいるせいで、ミューゼに対する理想の膨張もあったりするのかもしれない。
ミューゼ達にとっても、アリエッタが何を考えているのかは把握しきれない。聞く事も困難である。よって、ミューゼを見る好意以外のキラキラした視線の意味は、まだ誰にも分からないのだ。
「パフィちゃーん! せめてもうちょっと……先っぽだけ、先っぽだけでいいから!」
「なんの先っぽなのよ!? いい加減離れるのよぉっ!」
フレアをぞんざいに扱うパフィを見ていれば、たとえ会話が分かっても勘違いするかもしれない。
「お疲れ様ですミューゼ! 大変だったでしょ」
「ええもうホントに……でもこれでようやく1人追放してやったわ」
ぐったりとソファに座るミューゼの隣に立って、メイドの様に飲み物を差し出すパルミラを見れば、誰でも勘違いするかもしれない。
「この度はご協力感謝します! ありがとうございました!」
「いえいえ、まだ終わってませんし」(テリア様が)
頭を下げてミューゼとパフィに感謝する兵士一同を、事情を知らない人が見れば勘違いするかもしれない。
圧倒的に足りない情報と、誰もが勘違いしそうな雰囲気。そこから一生懸命分析をするアリエッタが正しい真実を知るのは、まだ当分先になるのだった。
「よし帰るのよ! すぐ帰るのよ! お城にいたら、私とアリエッタが危ないのよ!」
パフィにとって、王城はグラウレスタよりも危険な魔境となっていた。王妃からは自分が狙われ、王子からはアリエッタが狙われ、王女からはミューゼが狙われるという、なんとも恐ろしい場所である。
今回の謝罪代わりに、着せられたちょっといい服を貰い、ミューゼの手を引き、アリエッタを抱え、全力で外に控えているロンデルの魔動機へと飛び込んでいった。
「またねーパフィちゃーん!」
「もう来ねぇなのよーっ!」
すっかり日が傾いてきたエインデルブルグの空に、パフィの絶叫が木霊した。
ニーニルへと戻ってきたアリエッタ達。今日の所はこれで休むつもりだが、まだ最大の難関が残っている。
「ふっ、まさかお母様が力づくで追い出されるとはね。だけどわたくしには通用しないわ! 絶対にミューゼに責任を取ってみせる!」
ハウドラントから戻ってきていた、ちょっと涙目のネフテリアである。
急いでフレアを運んでいたので、家の鍵はかけられない…わけではなく、元々計画的に動いていたので、鍵は兵士にかけてもらっていたのだ。その兵士も、後でミューゼ達を追いかけて鍵を返した為、今は家には誰も入れない。兵士も昼の騒動を鎮める為、近くには1人もいない。
そこへ一足早く帰ってきたネフテリア。誰もいないと分かると、1人家の前で座り、ぼーっとしていたのである。どうやら本気で寂しかったようだ。
その事を忘れたいかのように大声でまくしたてる王女に対し、疲れ切ったミューゼはしゃがんで顔を覆い、ポツリと呟いた。
「もうやだこの王族……」