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#ミステリー
鬼霧宗作
361
江藤ルミエール
792
19
「流石は、|輪土辺菩《りんどへんぼく》教の教祖様ってところ……かな。確実に急所を刺したはずなのに……まだ動ける、なんて」「まじゅまは……まだ|死《ち》ねない、よ、先代の|教祖《きょうちょ》……|業真《かるま》様と……|約束《やくちょく》した……から」
「——|約束《やくちょく》って?」
せんじゅは、正面のまじゅまに問いかける。
「まじゅまの……ううん、これは|輪土辺菩教《わたちたち》の悲願。|悪魂《ダグラ》をこの世から無くちて、理想郷の”ジャンバァラ”へみんなを連れてくって」
言葉を発するたび、まじゅまの声は弱々しく掠れていく。傷口から流れ続ける血は、すでに足元を赤く染めていた。どう見ても尋常な出血量ではない。
今すぐ適切な処置を施したところで、助かるかどうかすら分からないほどに。
それでも、まじゅまの手からナイフが落ちることはなかった。薄れゆく意識を必死に繋ぎ止めるように、震える五指が柄を握り直す。
「まじゅまと|似ている《ちょっくり》だけど……ちみは悪い子。|悪魂《ダグラ》は|現世《げんちぇ》に、いてはいけないんだよ」
その小さな身体を支えているのは、もはや体力でも、気力でも、ましてや根性などという曖昧なものでもない。
そこにあるのはただ一つ。
常軌を逸した信仰心と、教えを遂行せんとする狂気を帯びた使命感だけだった。
「だから、逝って」
「あっ」
ずっぷり。
深く。
さらに深く。
まじゅまはナイフを握る手に全体重を乗せ、刃先が見えなくなるほど、せんじゅの身体、心の臓の奥深くへと沈めていった。
せんじゅの身体が、ゆらりと後ろへ傾く。
そのまま倒れていくせんじゅに引っ張られるように、まじゅまの身体も前へ崩れた。
そして——二人の小さな身体は折り重なるように、ぱたりと地面へ倒れ込んだ。
「まじゅまぁんんんんっ!」
ミスティの悲痛な叫びが、闘技場に響き渡る。
直後、右脚を拘束していた装置が解除されると、ミスティは痛む脚を引きずりながら、倒れたまじゅまのもとへと駆け出した。
私と烈々子、百千切もすぐにその後を追う。
——ただ一人。|罪深《つみか》だけを除いては。
いつの間に移動したのか、彼女は闘技場の観客席に並べられたマネキン達に紛れ、ぽつんと一人腰掛けている。
そして、まるで他人事でも眺めるかのように。こちらの様子を、遠くから静観していた。
「まじゅまぁん!まじゅまぁん!じっかりじてぇ!!」
ミスティは大粒の涙を零しながら、うつ伏せに倒れたまじゅまの身体を慎重に仰向けにした。
目は閉じたまま、呼吸も浅く、呼びかけにも反応しない。彼女は力を使い果たして、完全に意識を失っているようだった。
「いや……嫌……イヤァッ!!こんなのってないじゃない!!」
「ミスティさん、落ち着いて。少し退いてくれるかい。これでも一応、僕は医者だ」
「はぁうう……」
半狂乱になるミスティを静かに制し、百千切がまじゅまの傍らに膝をつくと、すぐさま巫女服をずらし、刺された箇所を確認する。
「…………」
ほんの一瞬、百千切の表情が険しくなった。
「心臓からは数センチ逸れてる。……だけど、この出血量は非常にまずいね」
呟くや否や、百千切は自らの身に纏っていた白衣を勢いよく引き裂いた。細長く裂いた布を傷口へ押し当て、その上からまじゅまの小さな身体へきつく巻きつけていく。
「……応急処置にしかならないけど、ひとまず止血はできた。ただ、この失血量はすぐにでも輸血が必要だ。それに傷口の洗浄と縫合もいる」
てきぱきと手を動かしながら、百千切は淡々と告げる。
「ここから先は時間との勝負。一刻も早く、まともな医療設備のある場所へ運ばないと——命の保証はできない」
「そ、そんなぁ。あ゛ぁん、もゔ!!ここの運営、何ボサッとしてんのよぉ!!|試練《ゲーム》は終わったんでしょ!?だったら早く扉でもなんでも出してみなさいよ!!この子が死んだらアタシ、絶対に許さないんだからねぇぇ!!?」
ミスティの言い分は、もっともだった。
確かにこれまでの|試練《ゲーム》では、|達成《クリア》条件を満たした時点で、どこからともなく次へ進むための扉が現れていた。けれど今回は、その気配がまるでない。
私は頭上のモニターをあらためて見上げる。
本|試練《ゲーム》は、人類と殺戮兵器による純粋かつシンプルな種の滅ぼし合いである。
制限時間は無制限。
達成条件は——“自律型殺戮兵器”の停止、または破壊。
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……殺戮兵器というのは、せんじゅが|阿修羅道《アシュランド》と呼んでいた、あの巨大な機体の事を指しているのだろう。
ついさっきまでミスティの右脚を捕らえていたソレは、今や完全に沈黙している。
大鎌も、|電磁砲《レールガン》も動く気配は全くない。
だったら、達成条件である”自律型殺戮兵器の停止”は満たしているはず……それなのに、どうして終わらない?
せんじゅが意識を失っているせいで、|試練《ゲーム》終了の合図が出せないだけなのだろうか。
——そう考えていた、次の瞬間。
どさり、と。
何かが崩れ落ちる音がした。
「……えっ」
思わず顔が青ざめる。
殺戮兵器の方に気を取られていた私は、その一瞬を見逃していた。
「百千切さんっ!!?」
隣にいた|烈々子《れつこ》が叫んだ。
視界に映っていたのは、つい先ほどまでまじゅまの隣で応急処置をしていた百千切が、地面に倒れ伏している姿だった。
なんで急に……?
さっきまで普通に話していたのに。
百千切は致命傷となるような傷は負っていなかったはず。
状況がまるで呑み込めない。
何が起きたのか確かめようと、私はすぐに駆け寄ろうとした——その時だった。
「いひひっ」
「いひひっ……いひっ、いひひひひひひひひひひひひひっ」
甲高い笑い声が、静まり返った闘技場に響き渡る。
この状況にはあまりにも不釣り合いな、無邪気で楽しげな笑い声。
聞き間違えるはずがない。
まさか。
全員の視線が、一斉に声のした方へ向けられる。
「…………嘘」
その笑い声の正体は——紛れもなく”せんじゅ”だった。
まじゅまにナイフを突き立てられ、倒れたはずのせんじゅが、何事もなかったかのように上体を起こしている。
苦しむ様子もない。
痛がる素振りすらない。
「んしょっと」
せんじゅは胸元から生えたナイフの柄を両手で握ると、あまりにも無造作に引き抜いた。
ぬぷっ。
「あ〜あ。お気に入りだったのに。これじゃあもう|使えない《おわかれ》だね」
血に濡れたナイフを眺めながら、残念そうに頬を膨らませると、次の瞬間には興味を失ったように、ぽいっと後方へ放り投げた。
カラン、カラン——。
誰も、動けなかった。
私も。
烈々子も。
ミスティも。
目の前で起きていることを、頭が理解することを拒んでいた。
「……なん、で……?」
誰の口から漏れた言葉だったのかすら分からない。
その異常な光景を前に、私たちはただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
「ダメだよ油断しちゃ。|試練《ゲーム》はまだ続いてるでちょ?」
✳︎ ✳︎ ✳︎
「惜ちかったね〜?あと一歩だったね〜?普通の人間さんなら、間違いなく|即死《そくち》だったよ〜」
立ち尽くす私たちをよそに、せんじゅはてくてくと軽い足取りで殺戮兵器の方へ歩いていく。
誰も追いかけられない。
あまりにも理解の追いつかない出来事の連続に、ただ呆然とその小さな背中を見つめることしかできなかった。
——その時。
ふと、妙な違和感を覚えた。
何かがおかしい。
遠ざかっていくせんじゅの背中、先ほどまでナイフが深々と突き刺さっていた胸元。
そこに目を凝らした瞬間、違和感の正体に気づく。
——血が、出ていない。一滴たりとも。
まじゅまの巫女服は、刺された箇所を中心に大量の血で赤黒く染まり、足元には血溜まりまでできていた。
対して、せんじゅにはそれがない。
同じように刃物で身体を貫かれたはずなのに。
せんじゅの胸元からは、血の一滴すら流れていなかった。
「なんで、そんなに平然としてるの。まじゅまちゃんは……確かにあなたをナイフで刺したはず」
「うん!ぐさーって!そしたら血がぶしゃーって出るよね。”ふ・つ・う”の|人間《ちと》は」
「……普通?」
意味深な言葉を残し、せんじゅは殺戮兵器の正面までてくてくと歩いていく。
そして、こちらへ振り返った。
「|見ちぇてあげる」
殺戮兵器の正面に立つと、せんじゅはおもむろに身に纏っていた黒の装束に手を掛けた。フードを外し、手袋を脱ぎ、衣服を次々と乱雑に取り払っていく。
そして——小鳥遊せんじゅの、本当の姿が露わになる。
一見すればそれは、透き通るような白い肌をした、華奢な少女の姿だった。橙色を帯びた長い髪は腰よりも遥か下まで伸び、毛先に向かうにつれて緩やかに広がっている。
整った前髪の下にあるのは、くるんと丸い、純真無垢な子供の瞳。凹凸の少ないつるりとした顔立ちも相まって、まるで精巧に作られた人形のよう。
——ただし、人間らしいのはそこまでだった。
何より目を引いたのは、四肢を侵食するように存在する、巨大な黒い金属の塊だった。
少女らしい細い太腿から先は、人間の脚という概念から完全に逸脱している。黒い金属装甲で構成された脚部は、生身の身体とはあまりにも不釣り合いなほど巨大で、太く強固な輪郭を描きながら地面へと伸びている。
その足先は重量を感じさせるほど重々しく地を踏み締め、小さな身体を支えていた。
両腕も同様に、肘から先を覆っているのは、少女の腕とは到底思えない、無骨で巨大な黒鉄の機械腕。
装甲の継ぎ目からは複雑な機構が覗き、生身の肉体へ巨大な機械を無理やり継ぎ足したかのような異様さを放っている。
一目でわかる。
あまりにも|非均衡《アンバランス》極まりない。
露出した生身の部分だけを見れば、年端もいかない小柄な少女にしか見えない。
細い肩。華奢な腕。折れてしまいそうなほど頼りない身体。
対して、その四肢を構成する金属の装甲は、一回りも二回りも巨大だった。
そして——何より異様なのは、胸の中心部。
そこには心臓の代わりとでもいうように、円環状の機構が埋め込まれていた。
「……なに、あれ……」
青白い光が、脈を打つ。
ヴゥォオゥン——。
ヴゥォオゥン——。
一定の間隔で明滅するたび、中心部では光の粒子が渦を巻き収束し、再び弾ける。
それはまるで極小の太陽を、その小さな身体の中へ無理やり閉じ込めたかのようだった。
——炉心。
そんな|言葉《ワード》が、真っ先に頭をよぎった。
原子力発電などで、核分裂の連鎖反応によって莫大なエネルギーを生み出す、その中枢。
もちろん、あれが本当に同じものなのかは分からない。
少なくとも、私の目にはそう映った。
少女の胸の中心に、まるで心臓と置き換えるようにして、巨大なエネルギーを生み出す何かが埋め込まれている。
そこから伸びる無数の細い光の筋は、血管のように首筋や肩、脇腹へと枝分かれし、両腕、両脚の巨大な機械部へと繋がっているように見えた。
まるで血液の代わりに、エネルギーそのものを全身へ送り届けているかのような。
そんな、私たちとは根本から異なる|身体《かたち》。
「ね、ねぇ瑠璃ちゃん。何が何だか分からなくて、私もう頭が爆発しちゃいそうだよ」
「私も同じだよ烈々子」
「あ、あの、もしかしてだけど、殺戮兵器って……」
「うん」
その先を言わせたくなかった。
震える烈々子を宥めるように、私はあえて言葉を遮る。
「殺戮兵器が、一体とは限らない。恐らく”アレ”も——私たちの敵」
口にした途端、背筋を冷たいものが駆け抜けた。
巨大な大鎌。
|電磁砲《レールガン》。
あれほど圧倒的な殺傷能力を持った巨大兵器を、私たちはようやく停止させた。
そう思っていた。
なのに——まだ終わっていない。
目の前に立っているのは、どう見たって幼い少女だ。
細い肩も、小さな身体も、あどけない顔立ちも。
そのどれもが、本能的に「脅威ではない」と錯覚させる。
けれど、その四肢を覆う巨大な黒鉄と、胸の奥で脈打つ炉心だけが、その認識を真っ向から否定していた。
もし、私の考えが正しいのなら。
私たちは今まで、勘違いしていたことになる。
——殺戮兵器に指令を出していただけの少女ではない。
この少女そのものが、殺戮兵器なのだ。
「いひっ、いひひひひっ。|凄い《つごい》でしょ。これ|全部《じぇんぶ》、せんじゅがじぶんで|改造《つくった》んだ〜。|阿修羅道《アシュランド》も、せんじゅの一部なんだよ〜」
自慢の玩具でも見せびらかすように、黒い装甲を優しく撫で回す。その仕草だけを見れば、どこにでもいる無邪気な子供そのもの。
——だからこそ、余計に不気味だった。
ここまで目の当たりにして、ようやく理解する。
ナイフで胸を貫かれても平然としていた理由も。
あの巨大な殺戮兵器を、まるで自らの手足のように操っていた理由も。
「……|機構遊戯《マシンナーズ・プレイ》」
せんじゅは愛おしそうに機械腕を抱き締め、にんまりと口角を吊り上げる。
「これがせんじゅが”かみちゃま”から|授かった《もらった》、だいぢな、だーいぢな|才能《ギフト》なの」
刹那、胸元の炉心がどくん、と。
まるでその声に呼応するように、ひときわ強く脈打った。
コメント
1件
わあ…第30話、すごかったです…!まじゅまちゃんが必死にナイフを握る姿と、ミスティの悲痛な叫びで胸が締め付けられました。でも、その後のせんじゅの真の姿には本当に鳥肌が立ちました。同じく刺されたはずなのに血が出ていない、あの静かな違和感の積み重ねがゾッとするほど怖くて…。炉心を抱えた殺戮兵器そのものだったなんて。ラストの「だいぢなギフト」の台詞、無邪気な口調だからこそ余計に不気味で、次の展開が気になって仕方ないです!