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誠と麻美の結婚式は、絵に描いたように素晴らしいものだった
お天気まで二人の味方をし、早朝のそよ風が昨日までの湿気を吹き飛ばし、青空に明るい太陽が顔を出していた
輝く花嫁や貴族のような花婿、涙にむせぶ母親や誇らしげな父親
かわいい誠の方の親戚のちびっこが、妖精のようなドレスでリングガールをした
オルガン奏者は古く懐かしい曲を仰々しく演奏し、牧師は気を利かせて説教を三分で終えた
最前列で母と洋平の間に座ったくるみにとって、祭壇に並ぶ二人を見ても、恐れていたほどの心の痛みはなかった。むしろまったく辛くなかった
誠が妹の指に指輪をはめ、誓いのキスをする時ですら、くるみは晴れやかな気持ちで二人の幸せを願った
しかし本当は二人の式より自分の隣に座っている、洋平を意識せずにはいられなかったからだ
それは今朝の我が家の出来事だった
四時間前、会場で着物の着付けをしてもらうために、大荷物を抱えくるみと母が玄関で、式場に送迎してくれる洋平の身支度を待った
数分後、エスコートするために階下に降りて来た、洋平は非の打ちどころがなく、特別にあつらえたであろうグレーのスーツにブラックのシャツ、グッチの黄色の格子柄のネクタイが、彼を品良くとても高級に見せていた
左寄りの分け目で、綺麗に髪をセットしている彼は、本当に芸能人のように素敵だった
そんな見違えた彼を見た瞬間、どういう訳かくるみの心臓は高飛び込み選手ぐらい飛び上がった
ドキドキ・・・・―どうしてこうなるの?―
くるみは不思議でならなかった、そしてその甘いときめきは彼を見た時からずっと、今の今まで続いている
満面に笑みを浮かべた麻美、誠、新婚の二人は参列者達から紙吹雪と祝福の言葉を浴びせられて、幸福に輝いていた
くるみも心から二人を祝福した
しかし披露宴で事態は変わった
洋平は披露宴では親戚一同にますます愛嬌を振りまいたり、母と二人で来年5月に迫った、くるみとの結婚式の計画を話したりして、くるみを悩ませていた
洋平ときたら昨日の夜、あれほど忠告したにも関わらず、くるみにゾッコンの、魅力的な億万長者フィアンセ役を、あくまで演じ切るつもりらしい
その会話を聞いていると、くるみは今朝彼はどこか頭でも打って、この婚約が自分達の作り話だということを、忘れてしまったのではないかと、心配になるほどだった
彼は確かに腕利きの役者だ、くるみの家庭にすんなり入り込み、まんまと秋元家一族の心をすっかり掴んでしまっている
「いい加減にして!洋平君!あなた気でも狂ったの?」
披露宴の花嫁がお色直しで退席中「ここぞ」と「のど自慢系親類」のおじさんの演歌が、会場中に響き渡る中
くるみは誰もいないロビーの端っこに洋平を連れ出し、怒りに任せて彼に詰め寄った
「何でまた母に私達の結婚式には、あなたの親戚や知り合いが100人以上も集まるなんて嘘をつくの?まったく!母は明日には奈良中のホテルに電話をかけて、その人達が泊まれる場所を探すわよ!」
洋平は眉をしかめ真剣な顔つきで言った
「やっぱり奈良駅前のホテルを一棟押さえたほうがいいと思う?」
「洋平君!もう!バカな事を言うのはやめて!」
くるみは地団駄を踏みたくなった
「やりすぎなのよ!そりゃ私の親戚を楽しませてくれているのはありがたいわ。でもなぜ甥っ子の雄太君にまで(メジャーリーグバジャーズの小谷選手)のサイン付きの写真をもらってあげるなんて約束したの?いくらなんでも嘘はいけないわ!あの子は小学生なんだから、本当にあなたが小谷選手のサインをもらってくれるってずっと期待するじゃない!」
洋平は心外だなという傷ついた顔をした
「嘘なんかついてない!小谷選手とはニューヨークのダーツバーで、二回ほど遊んだ仲さ!気の良いヤツだからサインなんかいくらでもくれるよ!」
「誰がそんな嘘信じると思うの?後で私が苦労するのよ!」
「だから嘘じゃないってば!」
「私が夕べ言った事を覚えてないの?」
「覚えているとも」
洋平はちっとも悪びれずに母に渡された、一眼レフカメラを首から下げていじっている
「僕は記憶力がいいので有名なんだよ」
彼は急にいたずらっぽい目になってにやりと笑っ た
「特に昨日君が可愛く僕の腕の中で、眠ってくれた事が忘れられない」
思わずクルミは頬がかっと熱くなり、あわてて言った
「大切な事は一つしか話していないわ!このばかげた婚約の結末よ!お願いだから来年の五月にあなたと結婚するわけじゃないって覚えておいてね!」
「まぁ!くるみ!!」
そのとき母が二人を見つけて歩いてきた、くるみは今の会話を聞かれたかと思わずヒヤッとした
この日のために奮発したのだろう、美しい黒留め袖に金帯、金のかんざしが母をとても若く美しく見せている
「苛々するのもわかるけど癇癪を起こしちゃいけないわ、渉さんにそんな口を効くなんて!あなた彼にいつもそんな風なの?」
「そんなことないですよ!ちょっとナーバスになってるだけで、ね♪くるちゃん♪」
洋平は笑みを浮かべてくるみを腕に抱きしめた
「お母さん!僕達、今日はちょっと感傷的なんですよ、麻美ちゃんの結婚式が本当に素敵だったから」
母は未来の娘婿が物分かりが良くてホッとしたようだ
「あなた達の時はこれの3倍豪華にしますよ!」
ホホホと母は美しい扇子でパタパタ扇ぎ、パシンッと閉じた
「気を落ち着けて・・・思いっきり結婚式の準備を楽しみなさい、生涯二度と来ない貴重な時間ですよ」
「お母さんの言う通りだ!」
洋平がウンウンとうなづいた、その目がキラキラといたずらっぽく輝いている、くるみは洋平の首を絞めてやりたいと思った
「そうそう!会わせたい人がいるのよ」
母は満足そうに言って、くるみと洋平を会場の年配の親戚席に連れて行った
「義姉さん!くるみのフィアンセの五十嵐渉さんを紹介するわ!渉さんの事はもう何度も話をしてきたでしょ!」
「耳にタコだよ!」
恰幅の良い父の姉はガハハハと豪快に笑った、関西に嫁いだ伯母は、典型的な関西のおばちゃんで、黒のフォーマルドレスに真っ白の真珠の首飾りを付けているが、太り過ぎていて首の肉に埋もれている
昔から母はこの父の姉とソリが合わないのを、知っていたのでくるみはハラハラした
「義姉さん!今日やっとこの二人の結婚式の日取りが決まったのよ!来年の五月よ!」
「まぁ!それはおめでとう!くるみちゃん!」
「渉さん!こちら義姉の笹山瑞枝さん、お父さんのお姉さんよ、義姉さんったらあなたに会うのを楽しみにしていたのよ」
母は頬を紅潮させて洋平の方を見た。そして長年のライバルの義姉に1000ワットの笑顔を向けた
伯母の娘はもう何年も前に結婚して彼女には3人可愛い孫がいる、この週末こそ長いこと、孫の写真を見せびらかされて、自慢され続けてきた屈辱の報復をするチャンスだ
母はこの機会に今までの借りをすっかり返すつもりだ
「義姉さん!渉さんって面白い話を沢山知ってるのよ!全然退屈しないの!銀行の総裁とも一緒に食事をする仲でね!今度私達もご招待してくださる事になったの!そういう人が家族に加わる事になったのよ。もう~♪どうしましょう!」
オホホホホ!と「どうだ」とばかりに母が声高く笑う
助産師の伯母の娘婿は、保険会社に勤めていて、安月給で生活に四苦八苦していると言う話を匂わせた、義姉は目を丸くして言った
「なんとまぁ!そりゃすごいねぇ~くるちゃんは何歳になったんだい?」
「27です・・・」
「そうかい~!うちの娘は21歳で初めての子を産んでね!くるちゃんも早く子供を産んでお母さんを安心させてやらないとね~、なんせ来年はうちはまた4人目の孫が出来るみたいでね!金なんか無くても孫が沢山いる幸せをあたしゃ毎日噛み締めてるんだよ」
ガハハハと瑞枝伯母さんが高笑いをする、バチバチバチッと伯母と母の目から激しい火花が飛び散ってぶつかっている
母の額にはピクピクと血管が浮いている、二人はくるみの幼い頃から折り合いが悪く
この伯母さんは母を逆なでするのを特技としているくるみはハラハラと二人のやりとりを見守った
その異様な空気に助け舟を出したのが洋平だった
「そうですね!僕も早くくるちゃんとの間に子供が欲しくて今頑張ってるんですよ!すぐに良いご報告が出来ると思います」
「なんと頼もしい!!出産の時はうちにいらっしゃい!」
母は満足そうに鼻をフンッと鳴らし
瑞枝伯母が好機の目でくるみを見つめるものだから、くるみは思わず髪の生え際まで赤くなった
それでもまだバチバチ目から火花を散らし、喧々囂々とやり合っている母と伯母を残し
くるみは洋平に手を掴まれて会場に戻った
「もう・・・・大阪に帰ったらあなたをどう思っているかしっかりと、教えてあげますからね!」
「楽しみだな、君のマンションで?それとも僕の家がいい?」
彼はそう言うとパシャリッとくるみを一眼レフで撮った
「さっきから私ばっかり撮るのをやめて!」
「だって着物姿のくるちゃんめっちゃ可愛いんだもん。そのピンクの晴着もとっても良く似合っている髪の毛のその白いフワフワも妖精みたいだ」
・・・このファーのかんざしの事だろうか・・・
母の偉ぶ着物は子供っぽくて嫌いだったが、そう洋平に褒められると満更でもなかった
その後の麻美の家族への感謝の手紙のシーンも、洋平は感動して家族の誰よりも涙し
母に渡されたハンカチで涙を拭き、父に背中を撫でられて慰められる始末
彼は出来過ぎなぐらいくるみの完璧な婚約者で、親族一同、誰もが次はくるみと洋平の結婚式で、こんな風にまた楽しませてくれる事だろうと疑わなかった
キャンドルサービスが終わる頃には、上機嫌で母に渡されたカメラを持って、一人怒っているくるみを残し、洋平は親戚達を撮りにテーブルに向かった