テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
彼はまだ軽快なおしゃべりで、くるみの親戚達をワイワイ笑わせている。そしてカメラマンを気取って、あちこちで伯父、伯母達の集合写真を撮っている
みんな楽しそうに彼のカメラに向けてポーズを取っている、すっかり彼はくるみの親戚達に受け入れられ、みんな身内になるのを喜んでいる
「親戚達を楽しませてくれているのはありがたいのだけど・・・億万長者の大袈裟な嘘だけは止めさせないと・・・・」
そこでため息をついた、そもそも洋平の存在自体が嘘で芝居なのに、彼をここに連れて来たのは自分だ
この際嘘がこれ以上3つ4つ重なっても同じかもしれない、彼に思いっきり芝居をやらせてみてはどうだろうか
そして最後の最後はくるみが彼との、破局の大芝居を打てばいいだけだのだから・・・
そう思うと何故か少し胸が痛んだ
感動の中、披露宴は幕を引き、大勢の親類や友人・知人に祝福されながら、麻美と誠は、典型的なオープンカーに乗って新婚旅行に旅立った
ロビーでは母達が、披露宴の花を誰がどのぐらい持ち帰るかで揉めていた
強欲な瑞江伯母が、百合やら薔薇やら高い花を独り占めしようとするのを、母が黙っていられず、喧嘩しないようにみんなに均等にと、花を親戚達に分けだしたものだから
こりゃまだまだ家に帰れないなと暇を持て余した父が、くるみと洋平の所へやってきた
「酒を飲んだけど全く酔えないよ」
「本当に素敵なお式でした」
ニッコリ笑って洋平と父が、同時に上質の皮ソファーにゆったり座って、二人で煙草に火をつけた
なんだかこんな光景を見るだけでも胸がきゅんとする、まるで彼は本当に自然にくるみの家族のように振る舞うのだ
くるみは彼が父に余計な事を言わないかハラハラして彼の隣にちょこんと浅く座り、素早く聞き耳を立てた
「本当に素敵な土地ですね、実は僕は奈良は初めて来たんです。こんなに緑が美しい所とは思わなかった」
「ここは観光地とは少し離れているからね、静かだが由緒正しい場所だよ。有名な寺なら見る所は腐るほどあるよ」
「ですよね!東大寺の大仏様とかみたいな~」
慌ててくるみが会話に割って入った
「ま・・・また今度一緒に行きましょう、渉さんは私ともう帰らないと・・・」
「え~?もう帰るの?僕まだゆっくりしたい」
「なんと!奈良に来て東大寺に行ったことがないだと?それは行けない!連れて行ってあげなさい!くるみ」
洋平の言葉に、ピキッ!とくるみの額の血管が切れそうになった
もうお芝居は終わりよ!!(怒)
すっかりお気に入りの洋平に同情した父が、くるみにきつめに言う
「それがいい、急いで帰る必要はないじゃないか、母さんが雇った仕出し屋は、目玉が飛び出るほど高いが後片づけ付きだから、年寄り親戚達にはそれを食べさせておこう。初めて渉君は奈良に来たのだから、二人で観光に出かけて美味いものでも食ってきなさい、君とはもっとしょっちゅう会いたいものだ」
そう言って父はくるみに三万円を渡した
「僕もお父さんとまた会いたいですよ」
「君はゴルフはするのかね?」
「ええ、あまり上手くはないですが嗜む程度には、いつも祖父に無理やり連れて行かされます」
ゴルフ狂いの父の鼻の穴が膨らんだ
「おおっ!そうか!良いコースがあるんだよ!医師会の行きつけでね!温泉もあるからぜひお祖父様も一緒に―」
「祖父も喜びますよ」
洋平は秋元家に取り入るのが本当に上手い、彼は罪の意識を少しも感じていないのだろうか?
またくるみはそんな洋平に腹が立ったが、彼はやすやすとくるみの肩に腕を回して、自分に引き寄せて熱いまなざしを送って来た
ドキドキ・・・まっ・・・まただ・・・・
また心臓がシャンパンの泡ように泡立てる、当惑がかすかな興奮に変わる、知らぬ間にくるみは力を抜いて、力強い腕の中で安らいでいた
「ほ・・・・本当に大仏様を観に行きたいの?」
「うん♪」
くるみは自分の声が変にかすれているのに気づいた、洋平はまだ熱くくるみを見下ろしている。濃い茶色の瞳に見つめられると、くるみの血管の泡立ちは、たちまち荒くなった
どうして私は洋平君に触れられると感電したように感じるのかしら?
「着替えてからじゃないと・・・無理だからね」
「やったぁ♪」
一世一代の大芝居が終わった後は、フェイクな婚約者と観光なんて、思ってもみない展開になったと感じながらも、なぜかくるみはドキドキが止まらなかった
・:.。.・:.。.
洋平がレクサスを運転して、奈良の東大寺に向かっている時、奈良特有の秋の夜長の夕日はまだ明るくて
少し冷たいそよ風が、くるみのときめき過ぎて、混乱している頭に理性を運んでくれていた
とるべき態度はわかっているわ・・・
私達はただの友達、婚約者の芝居を依頼した雇用主と役者の関係・・・
シートベルトをキュッと握りしめながらくるみは思った。結婚式では想像していたよりずっと苦痛を感じずに、いつの間にか楽しんでいる自分がいた
みんな彼のおかげだ、本当に彼には感謝している
確かに彼は私の警告を無視して、依頼した役どころ以上の振る舞いをした
そのおかげで親戚の人達から
「妹が結婚したんだからそろそろ秘書など辞めて、あなたもすてきなお医者様と落ち着きなさい」
という攻撃は一切受けない代わりに、ずっと婚約者役の洋平を誉め讃えてくれていたし、くるみと医者でもない洋平を優しく祝福してくれた
その感謝の気持ちを心に止めた上で、くるみは自分のあやふやな感情に、しっかりと歯止めをかけなければと心に決めた
昨夜は婚約者の芝居には行き過ぎて、添い寝してしまったけど・・・
今からは親しさの中にも、威厳を持って彼に接しよう、自分がしっかりした雇い主である事を彼にわかってもらうのだ
彼に対しては色々と文句を言いたい所もあるけど、礼儀正く二人の関係を円満に終わらせたことを、両親にどう話すべきかを相談し合おう
・:.。.・:.。.
「くるちゃ~~~ん!わぁ!なんだコイツら!助けてぇ~~~」
東大寺までの緑豊かな散歩道、洋平が5~6匹の鹿に囲まれて焦ってくるみに情けない声で助けを求める
クスクス・・・
「早くお煎餅をあげないから」
ドカッ
「いってぇ~~~!!なんだ!コイツ今僕のケツに頭突きしたぁこえ~~よ~~くるちゃぁ~ん」
「だからその手に持っているお煎餅をさっさとあげて!ずっと手に持ってると意地悪されていると思って怒るのよ!」
次に洋平は別の鹿にジーンズの前のベルトを噛まれている
「ほっ・・ほら!やるよ!食えよ!わっやめろ!ベルトを噛むな!」
洋平が初めて奈良に訪れた観光客らしく、鹿の洗礼を受けているのを見て、くるみがケラケラ笑った
くすくす・・・
「おせんべいがなくなったら掌を鹿さんに見せてね」
洋平がぐいぐいベルトを噛んでいる、大きな雄鹿に掌を見せてヒラヒラする
「ほっ・・・ほら!もう無いよ!お前が全部食ったんだろ!もう持ってないからあっちへ行け!」
洋平が一生懸命鹿に掌をヒラヒラして見せて「持っていない」アピールをしている
するとフイッと大きな角を切られた雄鹿は、洋平に興味を無くし、どこかへ行ってしまった
これで洋平に買ってあげた、屋台で売っている鹿用の炭酸煎餅はあっという間になくなった
「なんて凶暴なヤツらだ!」
憤慨して洋平は言った
「フフフ・・・でもあれは洋平君が悪いわ、鹿さんがお辞儀をしても、お煎餅をあげなかったでしょ、だから怒ったのよ」
プクッ
「だってもう一回お辞儀する所、見たかったんだよ・・・・ 」
バツが悪そうにボリボリ彼が頭を掻く、なんだか可愛い
「そうね・・・あの子達がお辞儀をする所、とっても可愛いわよね。でも最近はマナーの悪い外国人観光客のおかげで、あの子達も気が立ってるのよ・・・」
「そうなんだ・・・・」
くるみが悲しそうに言った
「うん・・・・私は小さい頃からこの辺によく来て遊んでいたけど、あきらかに以前より鹿さんは凶暴になっているわ。きっと・・・沢山意地悪されているんだと思う・・・」
「そうだね・・・ちょっと煎餅をあげるのをモタついただけで、あれだけ怒るのはちょっとおかしいよね・・・・」
「この辺では鹿さんは神様の使いの象徴なの、でもそれが外国から来た人達にはわからないのよ」
洋平が残念そうに言う
「日本が好きで観光に来てるのなら、日本の文化とかもっと尊重してもらいたいよね」
「本当にそれ!」
二人は見つめ合って笑った
・:.。.・:.。.
「さぁ!ここから東大寺の入り口よ!」
洋平とくるみは、長い石畳の参道を歩み、巨大な南大門をくぐると、その先に広がる景色に二人は息を呑んだ
「わぁ!」
「入場券を買ってくるわ!」
本堂の前にはなにやら、溢れんばかりの人だかりだ、モクモクと宙に舞い上がる煙の周囲には、自分の身体の方へ煙を手でかき集めようとする外国人の観光客が、次から次へと後を絶たない
「あれは何をやっているんだい?」
「常香炉じょうこうろって言うのよ。あの煙を頭に浴びせると頭が良くなるの、やってみる?」
「これ以上頭が良くなったら大変だからいい」
彼の本気なのか冗談なのかわからない言葉に、クスクスくるみが笑う
そしていよいよ本堂に到着し、目もくらむような世界最大級の宗教建造物、大仏様を目の前に洋平は圧倒された
大仏殿の威容が目の前に広がり、その圧倒的な存在感に二人は立ち尽くした
高さ48メートル、幅57メートルの巨大な木造建築が、悠久の時を超えて彼らを見下ろしていた
くるみがボーッと突っ立っている洋平の腕を軽く叩いた
「もっと近くに行く?」
「う・・・うん・・・」
洋平は緊張した面持ちで大仏殿の中に足を踏み入れた
薄暗い堂内に目が慣れると、そこに鎮座する巨大な仏像を見上げた
思わずため息がでる
「すご・・・い・・・」
「うん」
15メートルを超える台座の上に座す大仏は、まさに圧巻だった。大仏の青銅の肌は、幾度もの修復を経ても尚、古代の輝きを放っていた
ハァ・・・「本当に・・・こんなものを古代の人々が作ったなんて信じられないよ・・・人間って偉大だね・・・」
「うん」
大仏の穏やかな表情と、その圧倒的な存在感が、堂内に厳かな空気を醸し出していた。くるみは洋平の横顔を見て言った
「正式な名前は大毘盧遮那仏だいびるしゃなぶつっていうのよ」
「へぇ~・・・ずいぶん詳しんだね」
あんぐり口をあけて壮大な大仏を、目を見開いて観察している洋平が言う
クスクス・・・「そりゃあ、小、中、高とここに遠足に来てたら誰だって詳しくなるわ」
大仏の穏やかな表情と、その圧倒的な存在感が、堂内に厳かな空気を醸し出している
空気が澄んでとても心地よい
「あの目・・・眠いのかな?」
「誰もが思うわよね、小さい頃母にお大仏様は下界にいる私達を、ご慈悲の目で見守ってくださっているんだって教えられたわ」
「じゃぁ・・・これは慈悲の目なんだな」
クスクス・・「似てない」
洋平が閉じているかどうかわからないほどの薄目で大仏様の真似をしてくるみを見る
「目が疲れた」
クスクス・・・「変な目するから」
クスクス笑いが止まらない、なんだかずっと笑っている
ちょっと何よこれ・・・楽しいじゃない
・:.。.・:.。.
それからも彼は大仏の周りをぐるぐる回って、色んな角度から観察した
クスクス「だからその目やめて!」
そしてクルミは大きな大仏様を洋平が心行くまで、観察できるようにずっと傍に立っていた
いつの間にかずっと二人は手を繋いだままでいた