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 速やかに領収書を手に取りグイッと身体を押して距離を空ける。
「はい、確かに受けとりました」


「美桜さん、噂で聞いたんすけど結婚するんすか?」


「あ、うん、そうだよ」


「そっか〜噂って本当だったんすね、人事部の高林さんでしたっけ? 最近よく一緒にいる所見かけますよ」


「そりゃ当たり前よ。毎日一緒に出勤して、一緒に帰ってるんだから。さぁ池澤も戻って仕事しなさい」


 佳穂にシッシッと手払いされ「ちぇ」と何故か名残惜しそうに池澤くんは営業部に帰っていった。そんなに戻るのが嫌だったのだろうか、まぁ確かに営業部は激務だもんな……。暑い中車で色んな歯科医院に回って歯科材を届けて、本当大変な部署だと思う。


「じゃ、定時になったのでお疲れ様でした!」


 デスク周りを片付け、鞄にマイボトルやスマホを仕舞う。佳穂や他の同僚にお疲れ様でしたと挨拶をして少し足速に一階のロビーまで向かうと隆ちゃんはまだ居ない。ロビーの隅で隆ちゃんが降りてくるのを待っていると、距離感の近い昼間の声が「もしかして高林さん待ってるんすか?」と耳元の近くで聞こえる。

 はぁ、と深く溜息をつきグイッと池澤くんの胸を押し返し距離を保つ。


「そうだよ、だから近寄るのはやめてね? 前から言ってるけど池澤くんは人との距離感が近すぎるよ」


「別に。俺は美桜さんだから近づきたいんですよ?」


「はい? って、ちょっと! 何するのっ!」


 グイッと腕を掴まれ強引に引っ張られ、何故かさらにロビーの奥まで連れてこられた。ここは死角になってるため周りからはあまり見えない位置だ。本当年下男子の距離間といい、考える事が理解不能な所がある。


「えっと……何事?」


 これは俗に言う壁ドンだが、何故私が池澤くんに壁ドンをされているのか理解不能だ。そして大問題なのは全くもってキュンとしない事。むしろ不快レベルなんですけど。壁ドンって言ったら女子の夢で隆ちゃんに壁ドンされた時は死ぬ程キュンキュンして息が苦しいくらいだったのに……やはり好きじゃない人にされる壁ドンほど冷静になれるものは無いと実感した。

 そんな事を考えていたらいつの間にか鼻がぶつかりそうな距離に池澤くんの顔を近づいている。


「ねぇ美桜さん、急に高林さんと結婚するとかさ、俺結構美桜さんの事狙ってたんだけど」


「は!? ちょ、一旦離れてよ! 退いてっ」


 脚でも壁ドンされていて身動きが取れない。どうにか押し返しても男の力には敵わない事を身をもって知った。


「まだ結婚してないなら、俺にもチャンスありますよね?」


 もうやだ……段々悪寒がしてくる。申し訳ないけど好きでもない三次元の男からの壁ドン求愛なんて求めてない。ジワリと涙が溜まり始める。隆ちゃん以外とかあり得ない。だって、初めて三次元で自分から好きになれた人なんだから。

 池澤くんの後ろにゆらりと大きな人影が見えた。


「お前さ、会社じゃなかったら殴ってるよ?」


「隆ちゃん……」


 いつもの低くて優しい低音イケボとは違い、いつもより更にワントーン低く明らかに怒っている声の隆ちゃん。そりゃそうだ。自分の奥さんになる女が他の男に壁ドンされてるとか怒るに決まってるよね。うん、私が男だったらもうはらわた煮え繰り返ってるかも。

 池澤くんの肩をグッと掴み私から引き剥がしてくれた。


「うわ、めっちゃ痛いんすけど。愛する夫の登場ってやつですか。すいません、ちょっとまだ美桜さんと話し終わってないんすよ〜ちょっと待っててもらえません?」


 いやいやいやいや、おかしいですよね? 隆ちゃんの目がもう血走ってますよ? 怒りに満ち溢れてますよ? まずその言葉遣いがやばいよ? 私は何にも話はないよ?


「いや、私は池澤くんと話す事ないんて無いよ」


「だってよ。じゃあ俺と美桜は帰るから。もうこんな事するなよ、美桜は俺の妻なんだから」


「へぇ、高林さんって案外余裕ない感じなんすね」


 おいおいおいおい、何でそんなに上目線から隆ちゃんに対して話すのよ! 見てよほら! もう猛獣のような目つきで池澤くんの事睨みつけてるよ!? なんで池澤くんはそんなにヘラヘラしてるの!?


 湿気の多い梅雨独特のじめついた空気に張り巡らされるピリついた二人のオーラが肌に刺さるように痛い。何故こんな展開になってしまったのか頭も心もついていかない。一人あわあわしている私。

俺の妻は腐女子ですがなんら問題ありません〜交際0日婚で腐女子の私は甘々に溺愛されてます〜

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