テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「……透、朝だぞー。起きないと遅刻する」
その声で、まぶたがじわりと持ち上がる。カーテンの隙間から差し込む朝の光は、まだ柔らかい。玄関に向かう足音、キッチンから漂う味噌汁の香り——どれも“いつも通り”の朝の風景。
「……ん、んー……おはよ、陽翔……」
「ほら、起きた。よしよし」
陽翔の手が、俺の髪を軽くぐしゃっと撫でた。
こいつはこういうのが自然にできる。俺が大学の頃から好きだった部分であり、嫌いな部分でもある。だって、他の誰にでもやってる。彼女がいたときだって、女の子に同じようにしてた。……だから、俺はそれを羨ましがる資格すらない。
「朝飯できてる。急げー」
「……うん」
ベッドから起き上がり、Tシャツの裾をぐいと引っ張る。陽翔が作った朝ごはんは、卵焼き、鮭、味噌汁に、炊きたてのご飯。……完璧すぎて、逆にイラつくくらいだ。
「今日の卵焼き、ちょっと甘め?」
「お、わかった? 透の好みに寄せた」
そうやって、当たり前みたいに笑ってくる。
おまえ、ほんと、俺の心臓に悪いって。
「……ありがと」
それだけを返して、箸を口に運ぶ。
焦がれすぎて、味なんて、もうよくわかんない。
***
俺たちは大学の同級生で、卒業してから2年目の春。社会人になってからもお互い独り暮らしの寂しさに負けて、なんとなく「一緒に住んじゃう?」という軽いノリでシェアハウスを始めた。
2LDK、家賃は折半。掃除当番も分担。
一緒に住んで一年、ケンカもせず、わりと上手くやってると思う。
でも。
最近、たまに思うんだ。
「これ、友達のままでいられるのか?」って。
***
帰宅は陽翔の方が遅かった。夜10時過ぎ、玄関の鍵が回る音。ソファでゴロゴロしてた俺は、テレビの音量を下げて振り向いた。
「ただいまー……あー、疲れた」
「おつかれ。ビール、冷蔵庫入ってる」
「神か。マジで結婚してくれ」
それ、冗談でも言わないでくれ。
「じゃあ……籍入れる?」
一瞬、俺の口から出た言葉に、自分でもびっくりした。
陽翔が目を丸くする。
「……今の、冗談か?」
「……どう思う?」
その問いには、返事はなかった。
でも笑ってごまかす陽翔の顔を見て、俺は自分の言葉を飲み込むしかなかった。
「いや、なんでもない。風呂、先入るわ」
俺は立ち上がり、足早にバスルームへ向かった。
心臓が、バカみたいにうるさい。
俺はたぶん、本気で陽翔が好きだ。
でも、それを言ったら、今の関係が壊れてしまいそうで——、、。
ずっと言えないままだ。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!