テラーノベル
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午前二時、町じゅうの非常ベルが鳴った。
けれど、誰も逃げなかった。
逃げる場所がないからではない。
みんな、ベルの音を子守唄だと思っていたからだ。
「おやすみなさい。よいこは、よいこは、目をつぶる」
赤いランプが、窓という窓で点滅している。
そのたび、通りを歩く人々は足を止め、口を大きく開けた。
声は出ない。
代わりに、口の中から小さな紙袋が落ちてくる。
紙袋には、白い砂糖菓子がひとつだけ入っていた。
町の中央にある時計塔では、毎晩三時になると、管理人が鐘を鳴らす。
一回目は「生まれたひと」。
二回目は「死んだひと」。
三回目は「忘れられたひと」。
その夜、鐘は四回鳴った。
管理人は慌てて塔を見上げた。
「おかしいな。四人目なんて、登録されていない」
時計の文字盤がゆっくり開き、中から少女が這い出してきた。
髪は黒く、服は真っ白で、胸元には名札が縫いつけられている。
――おかあさんの よいこ。
少女は塔の上から町を見渡し、楽しそうに笑った。
「まだ、たくさん残ってるね」
その瞬間、町じゅうの紙袋が一斉に破れた。
砂糖菓子の中から、細い針金のような腕が伸びる。
人々の喉に絡みつき、口を閉じさせる。
そして、誰も歌えなくなった。
歌えなくなった人々は、初めて気づいた。
自分たちが毎晩歌っていた子守唄には、歌詞がなかったことに。
メロディだけがあり、
眠らせる相手だけがいて、
誰が歌っているのかは、最初から決められていなかった。
少女は時計塔を降り、管理人の前まで来た。
「ねえ、おじさん」
「……なんだ」
「私の名前、知ってる?」
管理人は名札を見た。
そこには、昨日まで何も書かれていなかった。
今は違う。
――返品不可。
管理人は後ずさった。
「君は、誰だ」
少女はにっこり笑い、砂糖菓子を差し出した。
「知らないほうが、きれいだよ」
遠くで、五回目の鐘が鳴った。
町の人々が一斉に振り返る。
その顔には、誰にも見覚えのない笑顔が浮かんでいた。
少女は空を見上げる。
空には巨大なレシートが広がっている。
そこには、町に住む全員の名前と、購入日時と、返品期限が並んでいた。
いちばん下に、赤い文字でこう書かれている。
本日をもちまして、あなたたちは商品ではなくなります。
「よかったね」
少女が言った。
「これで、だれも捨てられない」
その言葉を聞いて、町じゅうの非常ベルが止まった。
代わりに、どこか遠くで赤ん坊が笑った。
まるで、ずっと前から、
誰かの帰りを待っていたみたいに。
ゆろ
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コメント
1件
みぅです、読ませてもらいました🥀 ……すごく好きです。この、静かに狂ってる世界観。 非常ベルが子守唄になってて、誰も逃げないっていう出だしからもう引き込まれました。特に「砂糖菓子の中から針金の腕が出てくる」描写、ゾッとしたけど美しかった……。あと、歌詞がなかったことに気づく人々のところ、心臓がギュッてなりました。 「返品不可」って名札の意味、すごく考えさせられるし、最後の「これでだれも捨てられない」ってセリフが切なくて怖くて。でもどこか救いにも感じるのが、ゆろさんの作品だなあって思います。 続き、すごく気になります。更新、ゆっくり待ってますね🌙