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“殺せ”
“殺せ殺せ”
“殺せ殺せ殺せ殺せ”
“殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せーー”
“――どうしてここまで? 皆どうかしてる!”
暴動寸前の喧騒の中、アミはただ一人立ち竦んでいる。
彼女に、この暴動を止める術は無い。
確かに此処での掟は絶対だった。
三年前のあの時から。
“絶対不可侵の定め”
どんな些細な事でも“アレ”だけは漏れてはいけない。守り抜かなければならない。
その為に、殺したくなくても殺さねばならない時もあった。
これは此処だけの問題では無い。
この国全体の命運を左右する程の。
「長老!」
「ご決断を!」
「情けは不要!」
周りは既にこの少年を殺す事だけに、全ての焦点が定まっている。
彼が何者か等、もはや関係無い。
それでも尚この喧騒の中、この少年は異常な迄に落ち着いて見えた。
正座したまま動かないのは、ひりつく怒気を一身に受ける恐怖によるものではなく、一切の感情の乱れも無い平常心。
そう。それはまるで他人事。
『私を殺す? ふ……ふふふ』
その微笑は余裕の顕れなのか?
彼は可笑しくて堪らなかった。この陳腐な茶番劇に。
ただ瞳は笑っておらず、口許だけが歪んでいる。
少年が呟いた小さなその微笑は、その場の喧騒に掻き消され、誰の耳にも止まる事は無かった。
「静かに!!」
長老の一言により、それまでざわめきだった流れが沈黙する。
「……ぎょ、御意」
それ程までに、此処での長老の言葉は絶対らしい。
その証拠に先程まで騒いでいた屈強なる者達全員が、腰を降ろし次なる言葉を待つ。
アミはこの場の、一先ずの収拾にほっと胸を撫で下ろした。
「まだ話は終わっておらぬ」
だが審議が終わった訳では無い。長老は今一度少年を見据え直した。
「お主が四死刀のユキヤとは人違いである事は分かった。じゃが、もう一つ重要な事がある」
確かに無理があるのは明らかだが、この少年がアミにだけはユキヤと名乗っている事に変わりは無い。
「ほう……それは?」
今度は少年にすぐの反応があった。むしろ本題としてそれを待っていたかの様に。
「先程言った様に、この国は四死刀が掌握していた事じゃろう……。だがっ!」
そう。現在は徳川の世が継続中。
では四死刀は何処へ? どうなったのか?
「四死刀の天下掌握が目前だった三年前。それ以上の、この世にとって未曾有の危機……」
この世にとって未曾有の危機。
しかしながら四死刀の存在も、この国にとって未曾有の危機の筈だ。
長老の語るそれは、三年前にそれ以上の何かが起きた事を意味する。
四死刀とも異なる脅威――
「……“狂座”についてじゃ」
その未曾有の危機なる存在の事を。
長老の発した狂座という聞き慣れぬ名称。
「三年前に突如とした現れた。この国の者とも違う、異国の者とも違う軍団が……」
誰もがその存在を知っている。痛感していた。
「何故この国に来たのか、目的も正体も分からぬ。じゃが四死刀の目的が天下取りとはっきりしていたのに対し、狂座はまるで違った……」
思い返す様に述べていく過去。
「狂座は訳も無く、この国で虐殺を始めたのじゃ。国全体がその犠牲となった。四死刀と同じく、その人知を超えた力を以て……な」
その力の前に、人々は無力だったのだろう。
長老の表情が悲痛に歪む。
「じゃが狂座が天下取りの邪魔となった四死刀は、ある境に狂座と真っ向から激突。天下を治めても、民が居ないのじゃ意味を成さないからな……」
つまりは四死刀と狂座が潰し合ったと。
「狂座の当主で冥王と呼ばれた者が四死刀に破れ、狂座は敗北。四死刀も全員が死亡したとされ、結果両者の共倒れで、この国に再び泰平の世が戻ったのじゃ」
それがこの国で起こった悲劇。そして真実。
ならば二つの脅威が同時に去って、現在の泰平の世、万々歳だろう。
なら何故、此処ではそこまでの危機を感じているのか?
この年場も無い少年にさえ。
「じゃが!」
その訳、重要な本題を語り始める。
「冥王は……狂座は決して滅んだ訳じゃないのじゃ」
そう。今の泰平の世は苟(かりそめ)だという事。
「そして我々は、冥王復活の鍵となる物を守り抜く一族。狂座の手からな……」
長老の言う事は事実。此処の者達は皆、常人とは異なる雰囲気を身に纏っていた。
「その為なら、あらゆる外敵を排除する。例外は無い」
とどのつまり、この少年を狂座の者と疑っている?
四死刀でも無いのなら、考えられる事は――
「お主は狂座の者……なのじゃろう?」
死亡したとされる四死刀のユキヤから、雪一文字の刀を奪った。
そう考えるのが妥当だろう。只の少年が持ち得る筈は無いからだ。
少年が肯定、否どちらにせよ処断は免れまい。外敵排除が此処の掟ならば。
長老の理に適った指摘に、場に暫し沈黙が訪れる。
誰もが少年の返答を静かに待つ。
場の空気が、抑えられた内なる殺気で痛くなる程の――
「……零点。余りの的外れさに、笑いを堪える此方の身にもなってください」
沈黙した空気を破る、少年の一言。それは、はっきりとした否定の顕れ。
我慢の限界にきたのか、少年はクスクスと笑みの声を漏らしていたのだった。
周りが少年の否定を皮切りに、ざわめき始めた。
“狂座ですらない?”
この期に及んで、嘘を言っている訳でもなかろう。
「四死刀でも狂座でもない。しかし何者であるのかは、語らぬのじゃろう?」
「…………」
長老の問いに、沈黙がその答え。
「どちらにせよ同じ事。此処の秘密を守る為、僅かな憂いも消し去らねばならぬ……」
それは徹底した秘密保守、即ち外敵排除。
「掟に従い、可哀想じゃがお主には死んで貰う」
執行の刻。周りの者達が立ち上がり、少年を取り囲む様に。
しかし少年は、少しも動揺の素振りを見せない。
「フフフ」
それ処か、笑みさえ漏らしていた。
「何が可笑しいのじゃ?」
それが長老の癇に障った。
流石に不謹慎だ。これから殺されるというのに、笑うその余裕。
もしかして、少しも死ぬ事を恐れていないのか?
それとも――
「いえ。まあ大体の事は分かりました。正直、アナタ方に殺されてやる義理は無いのですが……」
“殺されない自信が有る?”
少年は余裕を以てそう言い放ち、辺りを伺う。
その瞳はある一点へと止まった。
「そうですね……」
見据えるその先にあるのは、アミの姿。
「貴女になら“殺されて”も良いですよ」
聞き間違えでは無い。
“殺されても良い”
そうはっきりと少年はアミへ指差しながら、その理解を越えた提案を口に乗せていたのだ。