テラーノベル
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アミには少年の放った言葉の意味が理解出来ない。
「それって……どういう?」
“――この子は、一体何を言っているんだろう?”
「ですから、貴女にだけは殺されても良いだけの“義理”が有ります」
確かに聞き間違いでは無い。少年は冗談半分ではなく、本気でそう言っている。
「どうして……簡単にそんな事言うの?」
それがどんな義理だろうと掟だろうと、彼女はこの少年を殺したくはなかった。
何かしら別の方法はあるはず。だから掛け合うつもりだったのに――
“殺されても良いですよ”
どんな思考をすれば、そんな事を言えるのだろうか? 凡そまともな思考回路では、それは導き出されぬ解答。
その場に居た者全てが、少年のその言葉に驚愕する。覚悟を決めた人間の台詞というより寧ろ、まるで他人事。
「何かおかしな事でも?」
少年はさも当然の様に――
「貴女が助けなければ、私はあの時に死んでいた事になる。つまり、あの時に死ぬ事も今死ぬ事も、私にとっては等価値……」
その訳を淡々と語る。説明口調に一切の感情は無い。
「だからこそ、貴女には私を無条件で殺せる権利が有るんです」
本来はあの森で、毒により野垂れ死んでいた。今生き永らえているのは、この少女の力添えによるものだと。少年はそう主張しているのだ。理屈として、おかしい事は何も無い。
ただ人としては、明らかに破綻している事は確かだ。
少年は頭を垂れ、うなじを見せる。
「ではどうぞ。力は入りません。頸椎の隙間に刃を通せば、首は簡単に落とせます」
それは斬り易い配慮だった。理屈としては間違ってはいないが、余りに他人事過ぎる。
「あっ! 拷問死がお好みなら、そちらでも構いません。お好きにどうぞ」
少年は突如、思い出したかの様に、突拍子も無い事を提案する。
“死に変わりはありませんから”
その後に続く言葉の意味に、アミは心底震撼した。
“――狂ってる……”
「……アミよ、掟にも関わらずお主がこの者を此処に連れて来たのじゃ。辛いじゃろうが、せめてお主の手で楽にしてやるのが情けというもの……」
“――此処も皆……皆!”
“ドクン”
心臓の鼓動が早くなる。いっそ、この場から逃げ出してしまいたいと思う程。
どうして助けた命を、また自らの手で奪わなければならないのか。
不条理という理不尽さに、彼女はただただ立ち尽くすしかない。
「私も同意見です。こんな好機、滅多にありませんよ。とにかく、私は貴女以外に殺されるつもりは毛頭ありませんから……」
何時までも行動を起こそうとしないアミへ、少年は振り返り発破を掛ける。
その何も映してない瞳を見て、アミはようやく理解した。
“死を覚悟している?”
否、違う。
彼は自分が死ぬ事を少しも恐れてはいない。
それ処か、何も感じていない。
それは“死が日常的に在るもの”として、受け入れている目。
その事実を感じ取った時、アミはこれまでに無い、言い知れぬ感情に苛まれていた。
「私には……出来ません」
それは、はっきりとした拒否の顕れ。即ち掟に背くと同義。
「何を馬鹿な事を!」
当然の如く批難の声が上がった。
「私にはどうしてもこの子が狂座とも、此処に害成す者とも思えません! どうか今暫くの時間を頂けませんか?」
だがアミはしっかりと周りを見据えて、そう言い放つ。その決意は堅い。
ただ、この少年がユキヤという名である事は、敢えて言わなかった。
彼女はどうしても、この少年を助けたかったのだ。
可哀想でも、ましてや自分の手を汚したくなかったからでも無い。
どんな理由が有ろうとも、命とは尊いものである事。それを簡単に投げ出す様な考えが有って良いはずがないと。
「じゃが掟は掟じゃぞ。狂座の者では無いという証拠もあるまい」
「しかもあの刀といい、あの落ち着き具合といい、どう見ても普通じゃない」
しかし皆、鉄の戒めに縛られている。長老に続き、周りに居る男の一人もそう言い放つのは、疑っているのは勿論、狂座に関係無く外敵排除の一点、それのみか?
「結局どうするんです? 殺らないならそれも構いません。借りは別の形という事で……」
言い争いでは無いが、少年は面倒臭そうに口を挟む。
当事者にも関わらず、上の空なのか話を聞いていないのか、その口振りから心底どちらでも良いのだろう。
「貴様! 何を勝手な事を!」
少年の憮然とした態度に、周りから怒号の声が上がるが、そんな事は彼にとって知った事ではない。
「狂座の者を、というより外敵排除というアナタ方の方針は分かりました。とはいえ……」
周りの声等、まるで無視。
これにて審議は終了、とばかりに話を進めていく。このままでは埒があかない。
少年は思うーー
“それに、いい加減退屈していた処です。この茶番劇に――”
「先程から其処に居るんですが……。無関係という訳でも無さそうですし、折角ですので御登場して貰いましょう」
彼が向けた視線の先。
「突然何を!?」
在るのは木造の壁だけだ。
誰もが皆、“何を馬鹿な”と怪訝の表情を浮かべ、其処に視線を集めるが、やはり何も無い。
だが少年の視線は確かに、何も無い壁へと向けられている。
“何をいい加減な事を!”と口に出そうとした刹那――
「……気配は消していたのだがな」
確かに壁から聞こえた、突然の第一声。
「なっ!?」
「誰だ!?」
壁からの突然の声に、次々と威嚇の怒声が上がる。
そして確かに見た。
まるで木造をすり抜ける様に、壁が壁として機能していないかの様な、自然と違和感無く姿を現した者をーー。