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顔の割れた人形を持って、人形供養をしてくれる神社に翔太と持って行った。
不思議なことに、翔太は行方不明の間のことをまったく覚えていなかった。
仕事にもプライベートにもまるまるひと月も穴を空けたのに、この不条理な出来事については考えないようにしているみたいだ。
俺はと言えば、すっかり元気を取り戻して翔太を余すことなく愛することに専念している。翔太から、最近の阿部ちゃん、しつこいゾと言われるくらいには隣りにいる。それを見ているメンバーの目は優しい。
『それは不思議なご経験をされましたね』
神社の神主は、半信半疑のような顔で、それでも重々しく頷いて、人形を受け取った。
顔の割れた人形は見るからに不気味な代物だったが、俺にはなんだかそれはとても愛おしいものに見えて、別れ難かった。ほんの短い間だけ、翔太の依代になったもの。
愛らしい顔は、俺の目に焼き付いている。
💙「最近阿部ちゃん冷たいなぁって思ってたんだ」
クリームソーダをつつきながら、適当に入ったカフェで翔太が口を尖らせる。
💚「え?そう?」
💙「ん。忙しそうだしさ、あんまり構ってくれなかったろ」
まったく自覚が無かった。
ちょっとした言い合いはいつものことだし、週に1、2度は会っていたし、翔太に不満があるなんて思ってもみなかった。
💙「だけど、最近すごーく優しいよな。何かあった?」
翔太にはここ1ヶ月の記憶がない。
俺がどれだけ君に会いたかったか、どれだけ君を好きだと再確認したかを知らない。でもそれを口で説明するのはなんだか違う気がした。
捨てられて行く人形が、持ち主を失う時の寂しさに、翔太の寂しい気持ちが共鳴したのかもしれない。
考えれば考えるほど、それがこの不思議な体験の答えである気がした。
あの頃の翔太は、何にも言わずに、でも何か言いたそうに、俺をじっと見ていることが多かった。
失ってみて初めてその存在の大きさに気づき、毎日当たり前に愛せることの素晴らしさを知った。そう、それは決して当たり前じゃないのだと。
💚「俺、翔太がいちばん大事だよ」
テーブルの上に何気なく置かれた翔太の手に、自分の手を重ねる。翔太の手の方が、一回り小さかった。翔太はびっくりして俺を見たけど、その手を動かそうとはしなかった。
💙「阿部ちゃん」
💚「出ようか」
恥ずかしそうに頷く翔太の頭を撫でて、店を出た。