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ケレステス島にあるハロン神殿。政務局で行われていた会議に乗り込んで周囲の反対を無理矢理黙らせたティアンナは、怒り心頭のまま神殿最奥を目指して歩いていた。
普段は隠している二対の翼を隠そうともしないその様子に近衛兵達もただ事ではないと判断し、制止すること無くむしろ最奥への道を開いた。この状態のティアンナを鎮めることが出来る存在は限られている。
最愛の夫ティドルは医療局にて治療を受けており、里長のティリスはティナ達と地球へ旅立ったので不在。アリアもまた然りである。となれば、もはや止められる存在は一人だけである。
ならば出来るだけ早く怒りを鎮めて貰うためにも邪魔をしない方がいい。それが近衛兵や神官達の判断であり、皆が息を潜めて様子を窺っている。
ハロン神殿最奥にある女王のプライベート空間。セレスティナ女王はいつものように様々な花が咲き乱れる花畑で静かに星空を見上げていた。当然の事ではあるが、彼女は事態の一部始終を全て見ていたのだから。悲しい事件の顛末を見ていた彼女は深い哀しみに浸っていたが。
「姉様!!!」
怒れる妹を前にして、溜め息をグッと堪えたのは姉としての矜持である。彼女は慈愛に満ちた笑みを歳の離れた妹へ向ける。
「そう大きな声を挙げるものではありませんよ、ティアンナ。皆を驚かせてしまいます」
優しげに語りかけるが、どうやら妹の怒りは静まる様子が見えなかった。
「私がリストを作るから、そこに名前があるリーフ人を今すぐ処断するように勅許を出して欲しいの!リーフ人の中でも極端な思想を持っている危険分子よ!」
予想通り妹の要求は苛烈を極めたが、事の顛末を知るセレスティナとしては無下にも出来なかった。
「落ち着きなさい、私の可愛いティアンナ。それは些か乱暴ではありませんか?私達は政に口を挟むべきではありません」
「そんな悠長なことを!私の娘が狙われて、ティドルが大怪我をしたのよ!あいつら、絶対に許さない!」
「私怨であるならば、尚更口を挟むべきではありませんよ。政務局長が宜しく取り計らってくれます」
「ふんっ、ナアナアで済ませようとしていたからここに来たのよ!!!」
「では、勅を出したとしましょう。その結果何が起きるか、考えましたか?」
「ミドリムシ狩りよ」
「そして夥しい血が流れるでしょう。それを貴女は是とするのですか?」
ここでティアンナはセレスティナの視線が強くなったのを感じ、勢いを弱めた。
「それは……」
「私にとっての義弟、姪達が危険に晒されたのです。私個人としても思うところはあります。しかし、これは種族全体の問題となりかねません。だからこそ、口を噤むのです。私達の言葉はアードの民にとって重要な意味を持つのです」
「だからって、泣き寝入りをしろと言うの?ティナがフェルを助け出して連れ帰ってから、明らかにリーフ人は怪しいわ。姉様が介入して解決したかと思えばこの有り様、明らかに異常よ。姉様、なにか知らない?」
「……ティアンナ、それを言葉にすることは出来ません」
「なにか事情があるの?」
妹の問いに、セレスティナは静かに口を開く。
「全てはアードのより良い未来のためです、ティアンナ」
「それを言われたら……何も言えないわね。でも姉様、何らかの形で釘を刺してくれない?じゃないと私の怒りが収まらないわ」
「既に御前会議を招集するようにパトラウス政務局長へ伝えています。先ほども言ったように、私個人としても思うところはあります。ティアンナ、貴女も当事者として参加してください」
「勿論よ、文句くらい言わせてよね。ああ、もちろんただのティアンナとしてね」
白衣を再び身に纏い翼を隠したティアンナが意気揚々と踵を返す。その背にセレスティナが言葉を掛ける。
「ティナは、元気ですか?」
「ええ、一生懸命頑張っているわ。もしかしたら、近いうちに姉様にお願いすることがあるかもしれない。その時はあの娘と会ってあげてね?」
ティアンナは笑みを姉に向け、セレスティナもまた優しげな笑みを返した。
それから一時間後、ハロン神殿にある大会議室にて緊急御前会議が開催された。質の良い長テーブルには純白のクロスが張られ、上座に位置する場所には神秘的なベールで仕切られた小部屋があり、そこに玉座がある。
「女王陛下、ご臨席です」
参加者全員が起立し、上座へ向けて胸に手を当て深々と一礼。ベールの向こう側、人影が席に座るのを確認して席に座る。
「先ずはお歴々、急な招集にも関わらず参加してくれたこと感謝申し上げる。早速だが、此度の案件をお伝えする」
パトラウスが起立し事の経緯を簡潔にではあるが説明する。アード側の重鎮達は皆表情を険しくし、逆にリーフ側は青ざめた。ただ一人、一族を率いるフリーストのみは目を閉じて話を聞き入っていた。
「以上が事の顛末である。先ず我々としては、此度の件を大事として扱うつもりはないことを断言させていただく」
パトラウスの言葉を聞き、フリーストも目を開いて起立し、小部屋へ一礼した後口を開く。
「アード側の御慈悲に感謝する。此度の事件は決してあってはならないこと。先ずは、我が一族よりこの様な不埒者を出してしまったことを謝罪させていただく」
フリーストを始めリーフ側の参加者達は深々と頭を下げた。
「件の少女については既に女王陛下より御裁可が下っているのです。我々としては改めてこの件の周知を再発防止を強く求めるものである。アードとリーフの問題となるのは明白、我等としてはそれは望まぬ」
「重ね重ね、感謝申し上げる。二度とこのような事態にならぬよう、目を光らせていただく。
ティアンナ女史、リーフを代表して改めて謝罪に伺わせていただく。また治癒術を得手とする者を治癒局へ派遣しよう」
「私としては関係者全員に厳罰を下して欲しいけれど、それはティドルが望まないみたいだし……我慢するわ。治癒術師は不要よ。リーフ人を近付けたくないし」
「そう思われるのも無理はない。今後の行動にて誠意を示し女史の信頼回復を果たしてみせよう」
ここで異例の事が起きた。口を挟むことがない女王セレスティナが口を開いたのである。鈴の音が鳴り、参加者一同が起立して小部屋へ深々と頭を下げ。
「フェラルーシアはティアンナが娘として受け入れました。すなわち、アードの民となります。彼女にこれ以上害意が向かないことを、切に願います」
セレスティナの言葉が室内に響き更に深々と頭を下げた。
「御意のままに。畏れ多くも、女王陛下より玉音を賜った。御一同、女王陛下のご意志、しかと胸に刻め」
アード人達は最大限の敬意と崇拝の念を示した。異例と言える御前会議での発言。これによりセレスティナは改めてフェルに手を出すなと釘を刺した。
そして彼女の言葉や意思を何よりも優先するアード人の性質をよく理解しているリーフ側は、この事態を苦々しく思うのだった。
「姉様……ありがとう」
厳粛な空気の中、ティアンナの呟きは隣に座るパトラウスにのみ聞こえた。予定に無かった発言に戸惑っていた彼は、これが姉妹での密談による結果であると知って事前に知らせて欲しかったと内心愚痴を溢し密かに胃を痛めたのは言うまでもない。