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「こんなことになるなんて、夢にも思ってなかった」
「こんなこと?」
「ここに来たのは、実は3度めなんだ。2度めはマンションまで行ったんだが……。振られることがわかっていたせいで、おまえに逢わずに帰ってた」
「じゃあこれで、3度目の正直なんですね」
何度もここに足を運んだ高橋を見て、敦士は労う感じで微笑んだというのに、目の前にある顔はずっと冴えないままだった。
「3度目の正直か。いい加減に腹をくくらなければ」
「そんな、大げさな」
「そう言うが、実際に付き合うことになったら、いろいろ大変なんだぞ。特におまえの相手をするとなったら、躰がいくつあっても足りない」
さきほどよりも頬を染めてじと目で睨む高橋に、敦士は腑に落ちないというふうに小首を傾げた。
「どういう意味ですか?」
「おまえは顔に似合わず、絶倫だからな。生身の躰で相手をしたら、俺は壊れてしまうと思ったんだ」
「ぜっ!? ちょっと待ってください。僕はそんなんじゃないですって!」
「空が白んできても、アソコをまったく衰えさせることなく、俺をここぞとばかりに突きまくったくせして、よく否定できるな」
呆れた表情をありありと浮かべて告げた高橋の言葉に、今度は敦士が顔を真っ赤にした。
「僕、そんなに……いや、それ嘘ですよね」
「記憶のないおまえに説明しても、まったく説得力のない話になるが、そのお蔭で俺は余裕をもって、夢の番人の仕事に従事することができた」
あらぬほうを見て、想いを馳せるように言いきった高橋を、頬に熱を感じながら黙って見下ろすしかなかった。
「安心しろ。ただ性欲が強いだけじゃない。おまえの想いの強さが、そっちに変換された形になっただけだろう」
「想いの強さ?」
「そういうことにしておいたほうが、気が楽なんじゃないのか?」
してやったりな顔で微笑む高橋を見て、敦士はどうしていいかわからなくなる。さっきまで主導権を握っていたはずだったのに、大人の余裕を見せつけられながら、見事に奪還されてしまった。
(高橋さんと付き合うことになったら、僕はきっとこうして、翻弄させられっぱなしなんだろうな――)
「やっぱりおまえの困った顔を見るのが、二番目に安心できる」
「そんなぁ……」
言いながら両腕の力を緩めると、高橋の躰がくるりと反転して、しがみつくように抱きついた。
「一番安心できるのは、こうしておまえの熱を直に感じることだ」
「僕も同じです」
「だがこのままでいても、なにもはじまらない。とりあえず飯を食いに行こう」
高橋は敦士の胸を押して抜け出そうと試みたが、その動きに反発するように両腕に力を入れた。
「敦士、反抗するな」
胸の中からじろりと鋭く睨まれて、一瞬だじろいだが、しっかり確約させなければと口火を切る。
「高橋さんお願いですから、僕を捨てないでください」
「それは、俺からのお願いになると思うがな」
「僕は貴方を捨てません。絶対に!」
きっぱりと断言した敦士に、高橋は満面の笑みを浮かべた。その笑顔に、例のプラチナブロンドの外国人の顔が重なる。
それを見た刹那、胸の中にじんわりとしたものと切なくなる感情が入り混じり、複雑な心境に陥った。だが自分の胸の中にいる高橋のぬくもりを肌に感じた途端に、愛しさがひしひしと湧き上がり、マイナスな感情が瞬く間に消え去っていった。
夢の中じゃない、現実の出来事を改めて感じて、自分の選択が間違っていないことを知る。
「おまえが俺に逢うために悪夢を見ようと、頑張っていたのを知ってる」
「そうなんですか?」
「一瞬だったが、おまえが調べ物をしていたネットの履歴で、それを知った。すごく嬉しかった。その頑張りに報いたいと思って、この躰に戻ってから、必死にリハビリに励んだ。3ヶ月も時間はかかってしまったが、それでもこうして出逢えただけじゃなく、おまえは俺を受け入れてくれた」
敦士はしんみり語る高橋の右手を取り、通りに沿って歩き出した。