ごきげんよう、シャーリィ=アーキハクトです。ベル、シスターからの説得を受けて楽しみを放棄してから一日が経過しました。
……失敗しましたね。私はどうにも常識に疎い。確かにあの趣味が公になれば『暁』にとって致命的なことになっていた可能性が高い。
わざわざ指摘してくれたお二人には感謝しなければ……いや、多分もう一人居る。セレスティンです。
「セレスティン」
「お嬢様、如何なさいましたか」
私は領主の館で政務に励んでいるセレスティンを見付けて声をかけました。
「昨晩地下室の扱いについてベルとシスターから諭されました。多分、セレスティンも同じ気持ちだったのではと思いまして」
セレスティンは少しばかり驚いた表情をしましたが、直ぐに右手を胸に添えて軽く一礼をしました。
「臣下でありながら、お嬢様の為されることに異を唱える不敬をお許しくださいませ。お嬢様のご心中はお察し申し上げておりますが、それでもあの行いを為さっていることを旦那様、奥さまがご覧に為ればどの様に思われるかと愚考し、お二人を止めませんでした」
……確かに。
「お父様が知れば苦々しく思われ、お母様がご覧に為れば鉄拳が飛んできますね」
下手しなくても死んじゃいそうです。諭してくれた二人に感謝ですね。
「お嬢様にもご不満はございましょう。どうか、お気を紛らわせるお手伝いをさせてくだされ」
「セレスティンは良くやってくれています。それに、今回の件は私の落ち度です。考えてみれば、気を紛らわせる手段はいくらでもあります」
ルイと過ごしたりレイミと過ごしたりアスカを愛でたり。『黄昏』の町をブラブラするだけでも違います。
……つくづく、今回の指摘は助かりました。
「左様でございましたか」
「セレスティン、今後も気になる点があれば気軽に指摘してください。私はまだまだ未熟者ですから」
「御意。お嬢様が未熟などと思いませぬが、万が一道を誤られた際はお諌めさせていただきます」
~帝都 『ライデン社』港湾事務所~
「ほほう、南方へ。まさに大冒険であるな」
帝都港湾にある事務所で、見事なカイゼル髭の老人ハヤト=ライデンとレイミ=アーキハクトが密会を行っていた。
「私としては是非ともお姉さまに同行したいのですが、それも出来ません。誰かさんが大規模な鉄道施設工事なんかを始めたから」
恨むようにライデンを睨むレイミ。
「怖い怖い。しかしこれは双方にとって有益な話である。そちらの支配人は諸手を挙げて歓迎してくれているが?」
シェルドハーフェンは中心部に一番街が存在し、それを囲むように二番街から八番街が存在。更に外側に九番街から十六番街がある円形の都市。
『ライデン社』は六番街まで通している鉄道を外郭の十六番街にまで延伸する工事に着手。
これは協力関係にある『オータムリゾート』が十六番街を支配して再開発を行っていることに便乗したものである。
「確かに十六番街を通せば港湾エリアまで鉄道が繋がりますから、物流はより活発になるでしょう。『海狼の牙』にも話を付けてるとか。けれど、本音は違いますよね?」
「やはり分かるかね?」
「分かりますよ。十六番街を通して最終的には『黄昏』まで延伸するつもりでしょう?」
「である。君の姉君は中々の人物。我輩にとって有益であるからな。それに、石油などの輸送も容易くなる」
「『ラドン平原』を突っ切ることになりますよ」
「線路には高い塀をはじめとした対策を施すつもりである。それに……シャーリィ嬢は最終的に帝都まで進出する必要があると思ったのだがね?」
「……ええ、それは間違いなく。私達姉妹にとって帝都は因縁の場所ですから」
『マンダイン公爵家』を初めとした怪しい貴族勢力は全て帝都に存在しているため、シャーリィの目的を果たすには帝都へ乗り込むことを避けられないのである。
「これは先行投資である。我輩がこの世界でやりたいことを存分にやるためにもな。君もそれは変わるまい?」
「そうですよ。地球では決して経験することが出来なかった幸せを満喫しています。あの日に一旦破壊されましたが、お姉さまは生きていた。今はそれだけでも幸せです」
「うむ。だが、レイミ嬢。残念ながら転生したのは我輩達だけではない。それに、他の転生者が友好的とは限らん」
ライデンはソファーに深々と座り、ため息混じりに話す。
「心当たりがあるのですか?」
「何人かはな。全て友好的な接触はあり得まい。特に……そうだな、『ハンス=ハースペクター』を知っているかね?」
「あの時代を生きている人間で知らない者は居ないでしょう。狂気のマッドサイエンティスト。ヨーロッパを中心に数百件の人体実験を繰り返した人類史上有数の極悪人です。犠牲者は千を越えるとか……まさか」
レイミは何かに思い至り、ライデンを見る。
「そのまさかである。我輩の知る限り、ハンス=ハースペクターはこの世界に、しかも帝国政府に保護されている。『ドール』、或いは『フロイライン』と呼ばれる改造人間を生み出しているのだ」
「聞いたことがあります。幼い子供を改造した痛みを知らぬ殺戮兵器が存在すると。単なる噂だと思っていましたが」
「奴の作品である」
「しかし、この世界の科学技術でサイボーグなど不可能ですよ?貴方が技術革新を促しているとは言っても、帝国では良くて一次大戦レベル。まだまだマスケット銃が現役の世界です」
「機械化は無理である。が、この世界には一度飲めばあらゆる感覚を遮断して、リミッターすら外してしまうような植物がある」
「……どれも、毒に分類されるものばかりですよ」
「が、奴はそれらを組み合わせて痛みを知らずリミッターを外した戦闘マシーンを生み出したのである」
「……外道め」
レイミは蔑みと一緒に吐き捨てる。
「まさに外道である。そして、ここからが本題である。シャーリィ嬢の親友ルミ嬢に手を出したのは、奴だ」
「……!それを何処で!?」
「企業秘密である。だが、今回の取引の対価としてどうだね?」
「……分かりました。十六番街に土地を用意します。貴方が工場を作る件も合わせてリースさんを説得します」
「うむうむ、有意義な話が出来て満足である」
「ハンス=ハースペクターについての情報は期待しても良いのでしょうね?」
「無論、シャーリィ嬢や君とは今後とも良い関係を維持していきたいのでね。今回は対価としたが、以後は無償で提供しよう。同じ転生者として、あんな外道は許せんのでな」
「ふっ、技術革新を促して高性能な兵器を生み出している貴方が言えることですか?もちろん、『オータムリゾート』の一員である私もですが」
「我々は周囲にちゃんと利益を与えている。それが奴との違いだよ、レイミ嬢」
「詭弁ですね。ですが、嫌いではありません。私もお姉さまのためならいくらでも外道になれますから」
「異世界ライフを満喫しているようで何よりである。また頼もう」
「ええ、ではまた」
姉のため影から動くレイミ、そして判明したルミの仇。それをシャーリィが知るのは南方から帰還してからとなる。