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凪川 彩絵
#独占欲
(――あ、出汁がない)
一瞬だけ迷ってから、遠慮がちに口を開く。
「あの……ちょっとだけ、調整してもいいですか?」
晴永は黙ってうなずくと、横へ避けた。
そうして瑠璃香が味噌汁の中へ棚から取り出した出汁パックを放り込むのを見て、きょとんとする。
「それ、なんだ?」
「鰹節と昆布の出汁パックです」
「出汁?」
「はい。私が用意している味噌は出汁入りじゃないので、これを入れないと美味しい味噌汁になりません」
「そうなのか……」
「はい」
しばらくして、味を見た瑠璃香が、先ほど晴永がしたのと同様、小皿を彼に差し出した。
「本当はちゃんと昆布や削り節から出汁を取る方が美味しいんでしょうけど……ごめんなさい。私、ちょっと手抜きしちゃってます」
出汁パックを指さしながら申し訳なさそうに言えば、晴永が味をみるなり「美味い……」とつぶやいて、付け加えるように「仕事してるんだ。手、抜けるところは抜くの、正解だろ」とフォローしてくれる。
瑠璃香は晴永の前で出汁パックを使ったとき、ちょっぴり「出汁くらい取れ」と言われるかも? と覚悟していたから、存外寛大な様子で出汁パックを受け入れてもらえたことにホッとした。
「晴永さんは……優しいですね」
何の気なしにつぶやいたら、「いや、出汁も知らなかった俺がとやかく言うとか……逆にありえないだろ」と苦笑されてしまう。
「卵焼きもうまく巻けなかったし、鮭も綺麗に焼けなかった。で、改めて思った。瑠璃香はすごい」
それだけで瑠璃香には十分すぎたのに、晴永は自分がやってみて、瑠璃香のありがたみが骨身にしみたと言ってくれる。
瑠璃香は胸の奥がほわりと温かくなるのを感じながら、照れを隠すみたいに「晴永さんもすごいです……」とつぶやいた。
***
「……いただきます」
「おう」
少しだけ距離のある空気。
向かい合って朝食を食べる。
いつもと同じはずなのに、どこか違う。晴永が朝食を作ってくれたことを差し引いても違和感を覚えてしまうのは、昨晩の情事を瑠璃香が記憶しているからだろうか。
「なあ、瑠璃香」
箸を置いた晴永が、ふっと息を吐く。
「今更なんだが、……もう一度言っていいか?」
「……?」
視線が合う。
なんだか恥ずかしいけれど、瑠璃香は目を逸らさなかった。
「その……昨夜のこと、ちゃんと覚えてる、よ……な?」
改めて言われるとは思っていなかったから、ぶわりと頬が熱を持つのが分かった。
でも、覚えていたいと無理を言ったのは、ほかでもない自分だ。
「……はい」
ここで逃げてはいけないと思った。
晴永の目をまっすぐ見て、はっきりとうなずく。
安堵したように、晴永が小さく息を吐いた。
「それで……ってのもおかしな話だが……その、結婚の話。そろそろちゃんと進めないか?」
「え……?」
「俺としては昨日のアレは……お前の気持ちが俺に追いついたって判断なんだが……違うのか?」
問われて、じっと晴永を見つめる。
不安そうな晴永の様子に、きゅうっと胸が締めつけられた。
(……私、この人を、手放したくない)
その気持ちを確かめるように、
「……大丈夫です。違いません」
瑠璃香は小さく笑うと、はっきりとうなずいた。
コメント
1件
はるながさん、ホント良い旦那さんになりそう!