テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
鷹槻れん/鷹槻うなの

35,460
鷹槻れん/鷹槻うなの

21,373
臣桜
51,196
#恋愛
水無月 京
1,300
急いでいる時に限って、色々なものに進路を妨害される。
路線バス、信号、そして帰宅ラッシュ。
「はぁい、コレ領収書ね。ありがとうございました〜」
ずいぶんのんびり屋さんのドライバーが、ゆったりと手渡してくれる領収書を、なかばひったくるようにしてタクシーを降りる。
もうあと5分で開始時間になる。
伊藤さんが今日どのような思惑で我々を招待したのかわからないので、足元を掬われる不利な要素は、なるべく排除しておきたかった。
なのに。
「弓家さん、そんなに焦らなくて大丈夫だよ」
「でも、遅れたらなんて言われるか!」
せかせかとスマホの地図と見比べて店へ向かう私へ、豆さんが腹立たしいほどのゆるやかな声をかけてくる。
「さっき伊藤たちから連絡があって、渋滞に巻き込まれて10分遅刻だって」
「そういうのは先に言ってください!!」
思わず大声で豆さんに文句を言えば、そばを歩いていた人の肩がビクリと震える。
「ごめんごめん」
やっぱり全く謝罪の意思が感じられない、劇的に軽い”ごめん”を返してくる隣の男。うっすら微笑んでいるけど、この笑顔は一体なんなの。
「そんなヘラヘラしながら謝らないでください。謝る気ないのバレますよ」
「割とこれでも引き締めてるんだけどな」
「引き締まってるところが何一つ見えません」
彼らが少し遅れてくるなら、と、緊張で早まっていた足の回転速度を緩める。歓楽街として名を馳せるこの土地には、この時間、多くの人々が引き寄せられてきていて、急いで歩くにしても人波を突破しないといけない。
それならゆっくり歩けるのは結構助かる。
「弓家さん、こんな人混みでチャキチャキ歩かないでよ」
「すみません…遅刻したら失礼かなと思ってたので」
「そうだけど、ここではぐれる方が厄介じゃない?」
優しげ…な中に少しだけ妖しい光を持つ瞳がこちらをじっと見る。
今、歩いているんだからそんな蠱惑的な視線はやめて、なんて。言えるわけもないんだけど。
「そうですね、それはそうかもしれません」
「だからさ」
こんな雑踏の中でも、あまり大きくない彼の声を私の耳はきっちり拾う。
そしてその声をうっとりと脳内で反芻していたがために、私の左手に違和感が生じたことに気づくのは少しだけ遅かった。
「…へ?」
「迷わないように、ね」
指先に絡む緩やかな圧と熱。
視線を落とすまでもなく、それは指先が絡んだ証左だと理解して。
「な、何してるんですかこんなとこで」
「こんなとこも何も、ここそういうエリアじゃん」
ほら、と豆さんが顎で指す先は、ピンクの派手なネオンが煌めいていて、人間の本能の発散を待ち構えるエリアであることは明白だった。
「ちょっと、やめてくださいよ」
上司と手を繋いでラブホ街を見るって、これなんの罰ゲーム!?どんな顔して隣を歩けばいいの?
「やっぱ弓家さん、ちょい初心なとこあるよね」
「はい!?」
「反応がね、初々しいよね」
馬鹿にされているのかと思えば、感心した表情だから拍子抜けしてしまう。
そして、私がまじまじと見つめていることに気づいた彼は「ごめん、さすがにセクハラだわ」と、しゅんとした様子を見せる。
でも手は離してくれないな?
「万が一会社の人に見られたら大変なので手は離しますね」
「こんな場所にこの時間からいる奴なんて、すべからく変態だから気にするだけ無駄だろ」
「それは流石に暴論では」
結局、有耶無耶にされてしまい。
店の看板と入り口を見つけた時、ようやく自然と指先の熱は離れていったのだった。
その場所は、雑居ビルに少し毛が生えたぐらいの建物で。2Fと案内があるので、狭くて薄暗い階段を2人で登っていく。
「伊藤様ですね、お待ちしておりました」
薄汚れた建物の外観とは異なり、モダンで和風な内装の店内は少しテンションが上がる。着物風の制服を身につけた、若い店員さんに案内されたのは、店の奥にある個室だった。
豆さんからの情報通り、伊藤さんと彼の秘書はまだきていない。ほっとしながら下座を陣取る。
「え、弓家さんそこ座るの」
「一応下座ですから」
「今日はあいつらが招待してきてるんだから、俺たちが上座でいいんじゃねーの」
上座に足を進める豆さんのスーツを思わず引っ張る。
「多分ですけど、そういうこと言わずに多少は慎み深く生きていた方が平和な人生送れると思います」
「えー俺はそういうの望んでない」
「私は平和に生きたいんです!」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!