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「ちょ、ちょっと待って下さいよ佳華先輩っ! これってどういう事ですかっ!?」

「どうもこうも、いま言った通りだよ。ファンも納得してくれたし、今日からお前がウチのチャンピオンだ」


あっけらかんとトンデモない事を言う佳華先輩……


「いやだって、オレが勝ったら試合に出るのは今日限りって事じゃ――」

「ああ、そうだな。確かに賭けはお前の勝ちだ。だから、辞めるのも続けるのもお前次第だよ。なっ、詩織」

「ええ。アナタが辞めるつもりなら、別にわたし達は止めませんよ。しかし……これから歴史と伝統を刻んで行くベルトの初代王者が、一度の防衛戦も行わずに王座を返上。そして即引退ですか……? ふうぅ……」


これみよがしに、ため息を吐く木村さん。


「い、いや、でも、だって、そんな……」

「いや、別にいいんだ、佐野……お前の人生はお前のモノ。初代王者に”蔑ろっ!”にされて、ベルトの歴史に”キズッ!!“が付くとか、そんな事は全然気にせずに、選手を辞めたいなら辞めてくれて構わないんだぞ」


なっ……そ、そんな事……

芝居掛かった口調で、優しく語りかける佳華先輩。


「フフ、これは詰みましたわね」

「ええ、さすが佳華さん。わたしなんかより、役者が一枚上手だわ」


言葉を詰まらせるオレを見て、愛理沙とかぐやがニヤリと笑った。そして更に、美幸と舞華が満面の笑みを浮かべた顔を寄せて来る。


「さっ、アニキ」

「バンザイしましょうね、おにぃ~ちゃん♪」

「えっ? いや、ちょっ……」


抵抗するヒマもなく二人に手首を掴まれて、両手を挙げさせられるオレ。そして、いつの間にかリングへと上がっていた荒木さんが、担いでいたベルトをオレの腰へと回した。


「へっへぇ~っ! 近いウチにアタイの腰へ巻かれるベルトだ。大事に扱ってくれよぉ」

「はあぁ? なに言ってんのよアンタ? 次にそのベルトを巻くのはわたしだから! だいたい、その太い腰にチャンピオンベルトなんて似合わないわよ。アンタなんかコンビニの467円で売ってるダイエット腹巻きでも巻いてなさいよ!」

「っんだとコラッ! テメェがいつも着けてる高そうなブラジャーのが、その平べったい胸にはよっぽど似合わねぇよっ! テメェこそ、ちまむら辺りの500円均一で売ってるジュニア用のスポーツブラでも着けてろ!」

「なんですってーっ!?」

「あんだよコラッ!!」


隣でバカなケンカを始める荒木さんとかぐやをスルーして、オレは自分の腰に巻かれたベルトを見下ろした。


確かに、まだ何の歴史も伝統もないチャンピオンベルト……


しかし、これから幾人もの腰に巻かれ、歴史を積み重ねて行く最初の一歩。

仮にも子供の頃からプロレスラーを目指していたオレに、その最初の一歩にケチを付ける事が――ベルトの価値を貶める事が出来るだろうか?


……………………ムリだ。


そんな当たり前の結論を出し、オレは少し恨みがましい目で佳華先輩を見据えた。


「オイオイ……そんな目で睨むなよ。アタシだって、強引なやり方だっていうのは分かってるんだ。ただ――」


マイクを口元から離し、バツの悪そうに苦笑いを浮かべる佳華先輩。そして、少しだけ間を置いて再び口を開いていく。


「それでもあたしは……いや、あたし達は、お前にリングへ上がって欲しいと思ってるんだよ」


佳華先輩は正面からオレの目を見詰め、そう言い切った。

確かにそう言って貰えるのは嬉しいけど……


「はああぁぁぁぁ……」


オレは大きくため息を吐いた。


「オレってバカなんですかね? こんな手に何回も引っ掛かって……しかも、腰にベルトを巻かれて、少しその気になっているし……」

「いまさらナニを言っている? 確認するまでもなく、お前はバカだよ」


無邪気にニッコリと笑う佳華先輩。


「それでも、妥協や打算で生きている小利口でチャラチャラとした男性などより、ずっと好感が持てますわ。お兄様」

「おうっ! 俺ッチもバカな男は嫌いじゃないぜ。なんせ俺ッチもバカだからな。アニキ」

「そうですよ。だからお兄ちゃんは、ずっと今のままのお兄ちゃんでいて下さいね」


笑顔で、ちょっと微妙なフォローを入れてくれる新人三人組。


「何より、男の娘に限らずプロレスラーなんて多かれ少なかれ、みんなバカな生き物なんですよ。苦しい練習を積み重ねて、わざわざ痛い思いをしにリングへと上がるのですから」

「しかしプロレスラーには、その全てが報われる瞬間がある。プロのリングでしか実感できない、喜びと感動の瞬間がな――佐野もさっき、それを感じてたんじゃないのか?」


続く木村さんと佳華先輩の言葉に、オレは少なからず動揺した。


佳華先輩が言うようにオレはついさっき、ファンの声援に喜びと感動を覚え、苦しい練習を積み重ねた努力が報われた気がしていたのだから……


「ほら」


佳華先輩がオレに向かってマイクを差し出した。


「今日の主役はお前だ。締めの挨拶は任せたぞ、ニューチャンプ♪」


またそんないい笑顔で、とんでもないムチャ振りを……

とはいえ、この流れならそうなるよな――てか、何を話せって言うんだよ。


「おい、お前たち。もう締めるから、そんな昭和の不良みたいにガン飛ばし合ってないで大人しく並べ」


かぐやと荒木さんに声を掛けながら、オレへとマイクを手渡す佳華先輩。


「ふんっ! 次の試合じゃあガチで潰してあげるから、せいぜい根性見せてあの世に逝きなさいな」

「はんっ! テメェこそ吐いたツバ飲まんとけよコラッ!」


ホントに昭和の不良みたいな事を言い合う二人を尻目に、オレはマイクを手に一歩前へと進み出た。


てゆうか、どこのビーバップだよお前ら。今の若い人には分かんねぇぞ、そんなネタ。

そんな事を思いながら一度会場を見渡し、オレはゆっくりとマイクを口元へ当てていく。


「えー……暫定ではありますが、WPGの初代王者に指名されました佐野ゆ……優月です。今さっき、ウチの面々から指摘されたのですが――――どうやら自分はバカだという事に気づかされました」


ファン達の間から聞こえる笑い声。しかし、オレは表情を崩すことなく、観客席のファンを見渡しながら話を続けて行く。


「自分はプロレスしか能のない――プロレスを取ったらなにも残らないようなプロレスバカです……でもっ!」


そう、プロレスバカだから、ベルトを貶めるような真似は死んでも出来ない。


だからっ!!


「バカはバカなりに! これから歴史が始まるこのベルトの第一歩を貶める事がないよう、頑張って行きますっ!! だからファンのみんなも、このベルトとアルテミスリングの行く末を見守っていて下さいっ! 今日は本当にありがとうございましたぁーーっ!!」

「「「「「ありがとうございましたっ!!」」」」」」


観客席へ向い、深々と頭を下げるオレ達。そんなオレ達を拍手と歓喜の声が包み込む。


そしてその拍手と歓声は、優しい月の光に照らされた幸楽園ホールに、いつまでも鳴り響いていた。



――第一部 完




【あとがき】


とりあえず、第一部完結。

只今、第二部の構想中ですので、その時にまたお付き合いいただけたら幸いです(*´∀`*)


また、感想などありましたら、お気軽にお寄せください。


ここまでお付き合い下さり、ありがとう御座いましたm(_ _)m

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