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夜。
城の窓から、月明かりが差し込んでいた。
『……お呼びでしょうか、葛葉』
「来たか」
玉座の前に立つローレンは、少し緊張した面持ちだった。
『……本日は、血を……?』
「……あぁ」
ローレンは一瞬、指先を握りしめる。
『……承知しました』
そう言って、ゆっくり首元を差し出した。
「……震えてる」
『……怖くないと言えば、嘘になります』
「やめるか」
『……いえ』
『あなたに、差し出すと決めましたので』
葛葉は小さく息を吐いた。
「……無理すんな」
『命令でしたら、従います』
「命令じゃねぇ」
『……では』
「……頼む」
ローレンの目が少し見開かれる。
『……“頼む”、ですか』
「そう」
『……光栄です』
葛葉は近づき、ローレンの肩にそっと手を置いた。
「痛くしねぇ」
『……お願いします』
葛葉はゆっくりと牙を立てる。
ほんの一瞬、ローレンの体が強張る。
『……っ』
「……大丈夫か」
『……はい……少し、冷たいだけです』
葛葉は必要な分だけ吸い、すぐに離れた。
「……終わり」
『……え』
「取りすぎたらよくないから」
『……もっと、必要なのでは』
「お前が倒れたら意味ねぇだろ」
ローレンは首元を押さえながら、少し笑った。
『……お優しいのですね』
「優しくねぇ」
『……では、なぜ』
「……お前が嫌な顔するの、見たくない」
ローレンの目が揺れる。
『……私は、血を与えるための存在では』
「それだけじゃねぇって言っただろ」
『……』
「お前は、ここにいていい」
「……俺のそばに」
ローレンは思わず、胸に手を当てた。
『……そのお言葉』
『……生きていていい、と言われているようで……』
声が少し震える。
『……ありがとうございます、葛葉』
「礼言われるようなことしてねぇ」
『……それでも』
『……私は、あなたのそばにいたいです』
葛葉は少し黙ってから言った。
「……なら」
「俺が守る」
『……吸血鬼が、人を守るのですか』
「悪いか」
『……いえ』
『……とても、嬉しいです』
ローレンの目に、うっすら涙が浮かぶ。
「……泣くな」
『……失礼します』
涙を拭おうとしたローレンの手を、葛葉が止めた。
「……逃げんな」
『……?』
「そのままでいい」
ローレンは戸惑いながらも、動きを止める。
『……葛葉』
「ん」
『……私、ここに来て……』
『……初めて、怖くない夜です』
葛葉は少し照れたように目を逸らした。
「……大げさ」
『……ですが、本当です』
二人の距離は、先ほどよりも少し近かった。
『……次に血を与える時も』
『……あなたになら、構いません』
「……当然だろ」
『……はい』
月明かりの中、
主と“買われた存在”だったはずの二人は、
静かに同じ夜を過ごしていた。