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「そうか。迷惑じゃないようで安心した」


一野瀬部長のそんなセリフに我に返った。

もしかして、これって付き合うことになったの?


「あっ、あの、|一野瀬《いちのせ》部長……」


にこっと一野瀬部長に微笑まれただけなのに、私の言葉はどこかに旅立っていってしまった。

帰ってきて、マイワード。

戻ってきて、平常心。


「二人の時は名前でいい」


名前!?

そんな親密な感じですかっ?

あまりの衝撃に吐血しそうになった。


「それじゃあ、|鈴子《すずこ》。また会社で」


名前呼び。

そして、私の返事をじっと待っている。

たとえるなら、今の私は夜の外灯に引き寄せられる蛾。

もしくは虫。

容易い女よと、普段の私なら高みから笑っていたはず。


「わかりました。た、|貴仁《たかひと》さん」


好みのイケメン、ネタの宝庫、萌えしかない男が目の前にいて拒めようか。

名前で呼ぶと、一野瀬部長はとても嬉しそうな顔をした。

どうやら、私と一野瀬部長は恋人になったようだ……

促されるように名前を呼んでしまったけど、これで本当によかったの?

今ならまだ間に合う。


『私と一野瀬部長じゃ釣り合いません!だから、お付き合いできません!』


自分という人間を考えれば、それがベストな答え。

けれど、私のキャライメージぴったりな彼。

『俺を激しく愛してくれよ!』の|貴瀬《きせ》部長のイメージ通りの狡猾さ。

自然に女性を名前呼びするくらい余裕しゃくしゃく、お茶の子さいさい。

そう彼は|葵葉《あおば》を手に入れるためなら、どんなことも厭わない!

激情に突き動かされて、その本性をさらけだす!

二人の間に障害があろうとも、ひるむ彼ではない。

素敵すぎるー!

なんて、尊い存在だろうか。

ここで、お付き合いを断って私から距離を置かれたら、一野瀬部長と葉山君のツーショットを至近距離で拝めなくなってしまう!

待て待て。

私からお断りしなければいいのでは?

女入れ食い状態の一野瀬部長のことだ。

物珍しさから私と付き合ってみたいなんて気の迷いを見せたのかも。

そのうち、向こうから『好きだと思ったのは勘違いだった』なんて、言ってくるはず。

つまり、現状維持がベスト。

答えは出た。


「ランチ、ごちそうさまでした」


「いいよ、また行こう」


笑って次の約束をさりげなく匂わせる。

そして、手を振る姿も恋人っぽい。

これが、ハイスぺ男の手腕!

ぎこちなく手を振り返しているとはいえ、たぶん私も彼女に見えるはずだ。

一野瀬部長の大きな背中を見送った――ん?

んん!?


「あれは葉山君!?」


一野瀬部長の姿を見つけて微笑む葉山君。

その手にはレジ袋があった。

どうやら、近所の高級スーパーで食材の購入をした後らしい。

主人を見つけた子犬みたいな顔をした葉山君が一野瀬部長と合流した。

絵面は完璧。

私より恋人に見える。

二人でどこへ行くのだろうと目で追う。

後をつけてみるまでもない。

高級ホテルの隣のマンションに二人は入っていった。


「こ、これは―――!?」


ズサァッと高級マンションのエントランス前まで走っていく。

通報ギリギリ、ストーカースレスレ。

『家政婦は見た!』ならぬ鈴子は見た!

エントランスが見える窓から、こっそり覗く。

一野瀬部長が葉山君の持っているレジ袋を受けとる姿が見える。

それが初めてとは思えないくらい自然で、慣れている二人。


『重いだろ? 俺が持ってやるよ』

『一野瀬部長。優しすぎます』


そんな会話が聞こえてきそうだ。

一野瀬部長はレジ袋に入った買った食料をのぞき、葉山君になにか言っている。

レジ袋から一野瀬部長が取り出したのは鍋用のスープの素だった。

その鍋のスープについて、二人は仲良く話をしながらエレベーターに乗っていく――

和食料理人の姿をしたミニ鈴子が現れた。


『どうやら、鍋のようですぜ』

『二人で鍋』

『まだ春先ですからね。夜は肌寒い』

『鍋でアツアツ。二人もアツアツといったところですか』


ミニ鈴子たちは真剣だ。

いや、私も真剣。

二人のアツアツな姿を目撃した彼女(数分前になったばかり)という立場。

ひゅうっーと冷たい春の風が吹いていた。

スプリングコートを着ているから、寒さ対策はバッチリなはずなのに寒く感じた。

きっと、二人のあんな姿を見せつけられたせい。


「やっぱり私って隠れ蓑的な彼女のポジションなんだ……」


少しの時間だったけど、悩んで損した。

さっきのパニック状態な自分を叱ってやりたい。

そんなことあるわけないのよ、落ち着きなさい鈴子と自分に言い聞かせた。

ミニ鈴子がポンッと肩を叩く。


『元気だしなよ』

『今日は一人鍋に日本酒といこうぜ』

『お一人様用の土鍋があるだろ?私たちにはさ』


今の私にはその優しさが身に染みる。

そうだね……

女としては失格かもしれないけど、BL作家としては大収穫だったよ。

それだけが救い。

あの二人のアツアツぶりを間近に見られただけでもありがたいと思おうではないか。

私があんなすごい人に言い寄られるなんてことありえない話だった。

ぐしっと涙を手の甲でぬぐった。

ハイスペック男と一瞬でも『まさか私が告白されちゃうなんて。ドキドキ』という気分を味わえただけでもヨシとしよう。

さあ、帰ろう。

我が城へ。

今夜は鍋だ……一人鍋。

そう思った瞬間、スマホが鳴った。


「ん?メッセージ?」


誰からだろうと画面をのぞくと一野瀬部長からだった。


「えっ!? どうして?」


『鈴子。今日はありがとう。次の休みに二人ででかけないか?』


これはもしや、次の約束の連絡!?


『夜の水族館と食事、どちらがいい?』


――この男、できる!


選択肢をふたつ作ることで、相手の好みを探りつつ、デート相手の負担にならない場所をチョイス。

時間に余裕があれば水族館

ないなら、さらっと食事だけ。

初手、完璧。

夜の水族館、ナイトアクアリウムはムード満点。

恋人同士で行くような場所だ。

家族連れもいるだろうけど、独身の私には縁のない場所。

恋人同士がいくなら、ふさわしいデートスポットだろう。

待って? これはどういうこと?

私はただの隠れ蓑役の恋人でしょ。

それなのにそのデートスポットは、アツアツ鍋に負けていない(こだわる)恋人たちのラブラブスポットじゃないですか?


「へ、返信を――」


慌てすぎて返信の言葉が思い浮かばない。

いや、慌てているのが原因ではない。

あ、あれ?――男女が付き合うってどうすればいいの?

ミニ鈴子達の蔑むような目に気づく。


『男女の恋愛から離れて十年』

『思い出すのは高校時代の甘酸っぱい片想い』

『片想い相手とその親友をネタにBL小説を書く日々よ』

『そして迎えた卒業式』

『結局、伝えられない恋心よ』


やかましい!

黙らないなら、魚みたいに三枚におろすわよ!?

そう。

私の恋愛は学生で止まっている。

それも高校生。


「う、うーん」


返信ってどうすればいいんだろう。


「そうだっ! BLならいける!」


この状況を私の中にあるBL変換機能を駆使すればいいのよ。

さて。BL風に考えてみよう。

ミニ鈴子達が私の脳内を整頓し、セリフを口にした。


『あいつからメッセージがきた。嬉しいけれど、俺は返せない』

『この関係を進めてもいいのかどうか、俺は迷っていた』

『次回に続く』


続くなぁぁぁっ!

……とりあえず、業務連絡風に返しておこう。


『次の土曜日ですね。了解しました』


送信っと。

なにも返さないよりはいいはずだ。

でも、あの二人が恋人同士だとしてもよ?

これはまずい、まずいわよ。

私の恋愛経験が高校生でストップなんて現実を目の当たりにしてしまった。

なにか対策を練らないといけないわよね。

ムードたっぷりな夜の水族館で初心者丸出しになるわけにはいかない。

新織鈴子二十八歳――まさか、ここにきて男女の恋につまずくとは思ってもみなかったのだった。

私はオタクに囲まれて逃げられない!

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