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二人で屋敷を出る。
春の山道。
夕暮れ。
「ふっかたちは?」
「来ない」
「翔太も?」
「来ない」
「館さんも照も?」
「来ない」
阿部が見る。
「二人だけ?」
「うん」
胸が少し跳ねる。
しばらく歩いて。
木々の間で。
目黒が止まった。
「ここ」
「……ここ?」
少し開けた山の一角。
目黒が手を伸ばす。
紺色の神力。
細く。
静かに広がる。
ざわ。
夕暮れだった空が。
その場所だけ。
ゆっくり夜へ変わる。
深い夜。
丸い月。
そして。
目の前には。
大きな桜の木。
まだ蕾。
「ちょっと力貸して」
「俺?」
「うん」
二人で手を繋ぐ。
紺。
緑。
神力がゆっくり混ざる。
目黒が空。
阿部が桜。
夜だったらいいな。
咲いたら綺麗だろうな。
それくらい。
一つ。
また一つ。
蕾が開く。
やがて。
桜は満開になった。
月明かり。
淡い桜。
足元には。
小さな妖怪たちの光。
阿部は息を忘れる。
「……綺麗」
目黒が少し笑う。
「これ、めめがやったの?」
「うん」
「大丈夫?」
「ここだけ」
「夜と昼の境目を少しずらしただけ」
「桜は?」
「あべちゃんの力」
「このくらいなら歪まない」
阿部が目を丸くする。
「ちゃんと考えた?」
「考えた」
そして笑う。
「成長したね」
目黒が不満そう。
「俺、前から神様だけど」
「そういう意味じゃないよ」
本当に。
そう思った。
以前なら。
感情のまま。
大きな力を使っていた。
今は。
阿部を喜ばせるために。
考えて。
小さく。
丁寧に使っている。
「めめ」
「何?」
「これ、俺に見せたかったの?」
「うん」
「なんで?」
目黒は桜を見て。
阿部を見る。
「あべちゃん」
「昨日、桜見てる時」
「嬉しそうだったから」
胸が温かくなる。
「それだけ?」
「あと」
少し考える。
「あべちゃんと」
「二人で見たかった」
阿部の顔が熱くなる。
「……そっか」
二人で桜の下へ座る。
肩が触れる距離。
月。
花びら。
静かな山。
「ねえ」
目黒が言う。
「あべちゃんと最初に会った時」
「うん」
「俺」
「あべちゃん欲しいって思った」
雪。
祭壇。
白い衣。
あの日。
「言ったね」
「今日から俺のものって」
「うん」
「犬まで食べ物だと思ってたし」
「うん」
「冬の部屋に置いていったし」
「……うん」
紺色が少し暗くなる。
後悔。
阿部にはすぐ分かった。
「めめ」
「責めてないよ」
「最初は本当に怖かったけど」
少し止まる。
「今は」
「もう全然違うから」
目黒の神力が柔らかくなる。
「俺」
「分かってなかった」
「何を?」
「欲しいって思うのと」
「好きって思うの」
ゆっくり続ける。
「あの時は」
「俺が欲しかったから」
「俺が一緒にいたかったから」
「全部、俺だった」
「でも今は違う」
「何が?」
「俺が一緒にいたいのは同じ」
「でも」
声が静かになる。
「あべちゃんにも」
「一緒にいたいって思ってほしい」
胸が大きく鳴る。
「俺が側に置くんじゃなくて」
「自分でここに来てほしい」
「自分で」
「俺の隣に座ってほしい」
夜桜の下。
目黒がまっすぐ阿部を見る。
「あべちゃん」
「俺、最初」
「間違ってた」
「ごめん」
阿部が少し目を見開く。
昔の自分を振り返って。
阿部の気持ちを考えて。
自分から言った。
阿部はゆっくり笑う。
「いいよ」
「もうずっと前のことだし」
「それに」
桜を見る。
「めめ」
「ちゃんと変わったから」
「変わった?」
「うん」
「前だったら」
「山ごと桜にしてたでしょ?」
目黒が考える。
「多分」
「その方がいっぱい見れるから」
阿部が吹き出す。
「でしょ?」
少しして。
目黒が小さく言う。
「でも今は」
「あべちゃんが」
「喜ぶ分だけでいい」
胸がまた温かくなる。
気付けば。
阿部は少し目黒へ寄っていた。
肩が触れる。
「あべちゃん」
「何?」
「今日」
「来てくれてありがとう」
阿部が笑う。
「めめが連れてきたんでしょ」
「でも」
「来るって決めたのは」
「あべちゃんだから」
返す言葉がなくなる。
左手。
薬指。
赤。
細い光が。
目黒の薬指へ伸びる。
今日の縁は。
いつもより濃く。
長く。
静かに光っていた。
夜桜。
月明かり。
二人はしばらく。
赤い光を見つめていた。
「あべちゃん」
「何?」
目黒が静かに言う。
「俺」
「最初、あべちゃんのこと」
「俺のものって言ったでしょ」
「うん」
「今は」
言葉を探す。
「あべちゃんは」
「俺のものじゃない」
阿部が目を瞬く。
「……うん」
「俺がここにいろって」
「決めるものじゃない」
「ここにいたいか」
「俺といたいか」
「あべちゃんが決めてほしい」
心臓が強く鳴る。
最初は。
何一つ。
自分で選べなかった。
その神様が今。
選んでほしいと言っている。
「めめ」
「何?」
「それ」
「言えるようになったんだね」
「うん」
少し寂しそうに笑う。
「でも本当は」
「ずっとそばにいてほしい」
「……うん」
「だから」
「あべちゃんが」
「離れたくないって思ってくれたら」
「それが一番嬉しい」
阿部は返す言葉を失った。
赤い光が明るくなる。
「あべちゃん?」
「困った?」
阿部は思わず笑う。
「困った」
紺色が沈む。
「違う」
「嫌って意味じゃない」
「じゃあ何?」
うまく言葉にできなくて。
阿部は少し近付き。
肩へ。
そっと頭を預けた。
目黒が息を止める。
「めめ?」
「……いる」
「知ってる」
「これ」
「何?」
「寄りかかってる」
「なんで?」
「……したかったから」
紺色が一気に柔らかくなる。
「分かりやすすぎ」
「嬉しい」
「見れば分かる」
それでも。
目黒は動かない。
「なんで何もしないの?」
「していいか分からない」
「何を?」
「抱きしめる」
頬が熱くなる。
でも。
離れたくはない。
「聞けばいいじゃん」
目黒は阿部を見る。
「あべちゃん」
「何?」
「抱きしめていい?」
「……いいよ」
目黒の腕が慎重に回る。
強くない。
望めばすぐ離れられる。
優しい抱擁。
阿部は目を閉じる。
安心する。
それだけじゃない。
もっと近くにいたい。
気付けば。
目黒の着物を掴んでいた。
「あべちゃん」
「何?」
「近い」
阿部が笑う。
「めめが抱きしめてるんでしょ」
「でも」
「あべちゃんも近く来た」
「……うん」
その時。
薬指から伸びていた赤が。
手の甲を伝い。
手首まで淡く広がった。
「あ」
「すごい」
目黒が呟く。
「もう縁結ばれたのかな」
「分かんない」
「翔太呼ぶ?」
阿部は少し考えて。
首を振る。
「今はいい」
「なんで?」
無意識に答える。
「二人だけがいいから」
言ってから固まる。
目黒も目を見開いた。
「……今の忘れて」
「嫌」
「めめ」
「忘れない」
「恥ずかしい」
「嬉しい」
阿部は耐えられなくなって。
目黒の胸へ顔を隠した。
しばらく。
そのまま。
風。
桜。
月明かり。
やがて。
目黒が小さく聞く。
「あべちゃん」
「何?」
「今」
「ここにいたい?」
阿部の中が静かになる。
最初は連れてこられた。
でも。
今は違う。
自分から隣へ寄った。
抱きしめられることも。
自分で選んだ。
「うん」
「今は」
「ここにいたい」
目黒が静かに笑う。
少しして。
「今だけ?」
阿部が笑う。
「めめ」
「何?」
「欲張りだね」
「うん」
「今だけじゃ嫌?」
「嫌」
あまりにも素直。
阿部は夜桜を見る。
「じゃあ」
少し言葉を選ぶ。
「明日も」
目黒が息を止める。
「明日も」
「めめの隣にいたい」
赤い光が鮮やかに強まる。
手首まで。
柔らかな赤に包まれる。
目黒は何も言わず。
阿部を抱きしめ直した。
今度は。
阿部も自分から腕を回す。
目黒の身体が強張る。
「そんなに驚かないでよ」
「だって」
「あべちゃんから抱きしめた」
「嫌?」
「絶対嫌じゃない」
阿部も笑う。
「明日も」
小さく続ける。
「その次も」
目黒の腕がかすかに震えた。
「あべちゃん」
「何?」
「俺」
「すごく嬉しい」
「知ってる」
縁は。
まだ完全ではない。
それでも。
今までで一番確かに。
二人を繋いでいた。
村のためでも。
神様になるためでもない。
阿部自身が。
この人の隣にいたいと。
選び始めていた。
夜はまだ静かだった。
目黒が左手を差し出す。
阿部もそっと重ねる。
「あべちゃん」
「俺の力」
「受け取る?」
「神力?」
「うん」
「前ももらってるよ」
目黒は首を振る。
「今日は違う」
「何が?」
「消すためじゃない」
「止めるためでもない」
紺色は落ち着いている。
でも。
少し緊張している。
「あべちゃんに渡したい」
「なんで?」
少し考える。
「分けたいから」
「俺のもの」
「何か」
「あべちゃんの中に置きたい」
でも。
手は握らない。
待つ。
「嫌なら」
「しない」
胸が温かくなる。
最初の目黒なら。
きっと聞かなかった。
「……めめ」
「何?」
「渡したい?」
「うん」
「俺に?」
「うん」
「いっぱい?」
「本当はいっぱい」
阿部が笑う。
「本当はなんだ」
「でも」
「ちゃんと少しにする」
「偉いね」
「俺、神様」
「知ってる」
阿部は。
目黒の手へ指を絡める。
「いいよ」
目黒が目を見開く。
「受け取る?」
「うん」
少し照れながら。
「めめの力なら」
「欲しい」
紺色が大きく揺れた。
「嬉しすぎ」
「嬉しい」
「知ってる」
目黒は慎重に神力を動かす。
紺色の光。
細く。
静かに。
繋いだ手から阿部へ。
温かい。
深い夜みたいな力。
怖くない。
少しずつ。
阿部の中へ溶けていく。
「あべちゃん」
「うん」
「大丈夫?」
「大丈夫」
「嫌じゃない?」
阿部が笑う。
「何回聞くの」
「嫌だったら止めたいから」
その言葉に。
阿部は少し笑って。
「じゃあ」
「俺も」
「何?」
目を閉じる。
緑。
春。
柔らかな神力。
それを。
目黒へほんの少し流す。
目黒が息を呑む。
「あべちゃん?」
「俺だけもらうの」
「なんか嫌だから」
緑が。
紺へ溶ける。
春と夜。
違う色なのに。
自然に混ざっていく。
その境目。
赤。
薬指の縁と同じ光。
「あ」
「めめ」
「見えてる」
「うん」
目黒が小さく言う。
「あべちゃんの力」
「やっぱり好き」
阿部の顔が熱くなる。
「前みたいな言い方しないでよ」
「何が?」
「気持ちよかったとか」
「温かいとか」
「でも温かい」
「言わなくていい」
「柔らかい」
「めめ」
「好き」
阿部が黙る。
言い返せない。
自分も。
目黒の神力が。
自分の中にあることを。
嬉しいと思っている。
やがて。
二人はゆっくり力を止める。
それでも。
赤い光は残った。
今までより。
ずっと鮮明に。
「あべちゃん」
「何?」
目黒が光を見る。
「俺」
「この縁」
「欲しい」
「完成させたいってこと?」
「うん」
迷わない。
「でも」
少し言葉を選ぶ。
「縁があるから」
「あべちゃんが俺といるのは嫌」
「嫌なの?」
「うん」
「なんで?」
目黒は繋いだ手を見る。
「順番が違うから」
「順番?」
「縁があるから一緒にいるんじゃなくて」
「一緒にいたいから」
「縁ができてほしい」
阿部は息を止める。
最初は。
村を救いたかった。
目黒と愛し合えば。
力が手に入るかもしれない。
そう聞いた。
でも。
村はなくなった。
家もない。
救う理由もない。
それなのに。
阿部はまだここにいる。
神様になりたい。
目黒と同じ時間を生きたい。
明日も。
その次も。
隣にいたい。
もう。
答えは分かっていた。
「めめ」
「何?」
阿部が目黒を見る。
「俺も」
「縁があるから」
「ここにいたいわけじゃないよ」
目黒が黙る。
「村のためでもない」
「神様になりたいからでもない」
一つずつ。
昔の理由を手放す。
最後に残ったもの。
「俺が」
「めめのそばにいたい」
目黒の目が大きくなる。
阿部の顔も熱い。
でも。
逸らさない。
「俺が決めた」
赤い光が強く揺れる。
「ここにいたい」
「めめといたい」
紺色の神力。
嬉しい。
安心。
驚き。
大切にしたい。
全部が混ざる。
「あべちゃん」
「何?」
「もう一回」
阿部が笑う。
「聞こえたでしょ」
「聞こえた」
「じゃあいいじゃん」
「もう一回」
「欲張り」
「うん」
阿部は少し目を細める。
そして。
ゆっくり言った。
「めめと」
「一緒にいたい」
目黒が目を閉じる。
それから。
阿部の手を。
大切そうに両手で包む。
「俺も」
「あべちゃんといたい」
赤い光がさらに強くなる。
指。
手の甲。
手首。
そこから腕へ。
紺と緑。
その間を。
赤が行き来する。
「あべちゃん」
「何?」
「俺」
「今」
「すごく幸せ」
阿部が小さく笑う。
「それ」
「俺も」
少し恥ずかしい。
でも。
もう隠さない。
目黒の手を握り返した。
夜桜の下。
誰にも命じられず。
何かを得るためでもなく。
ただ。
二人が。
自分の意思で。
互いを選ぶ。
縁は。
そんな二人を祝うように。
夜の中で。
静かに赤く。
光り続けていた。
コメント
1件
第15話、読了しました。夜桜の下で二人だけの時間を過ごす展開、とても美しかったです。目黒が「俺のもの」から「あべちゃんに選んでほしい」へ変わったのが本当に大きくて。神力の渡し合いも、力の支配じゃなくて「分けたい」「置きたい」っていう気持ちからだったのが心にきました。「明日も隣にいたい」って阿部自身が選んだ瞬間、読んでてじんわり温かくなりました。縁の赤い光が二人を繋ぐ象徴として静かに光ってるのもいいなあ。
kaede🍁
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七瀬⛄️
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