ツンと据えた匂いが鼻をかすめる。
目の前には名も分からぬ少女が鎮座している。
 一体この子はいつどこから来たのか。
 質問を投げかけようとした時だった。
 「お風呂…貸して…?」
 キョトンとした表情でそう少女は言った。
 
 
 少し思考がストップした。
 ストップせざるおえなかったのだ。
 「あ、あぁお風呂ね…」
 「お風呂沸かすから少し待ってて貰えます?」
 
 そう言って立ち上がると浴槽を掃除するために立ち上がる。
 そりゃまぁ女の子だしお風呂に入りたいよな、うん。
 
 何やってるんだ僕は。
 早く通報すれば終わるじゃないか。
 というか役所に連絡しないといけないのではないだろうか。
 分からない。
 なんせ野生?と言っていいのか分からないが見世物以外でERRORと遭遇したことなんてありもしないのだ。
 傍観し、見物客を面白がらせる存在。
 それがERRORなのである。
 ご飯を食べさせてお風呂も貸すなんて言語道断。
 今なら幸い近くに彼女はいない。
 今警察にでも電話をかけたらすぐにでも来てくれるだろう。
 そして彼女はどうなるのか。
 
 
 
 カシャーン!!!
 
 
 なにか陶器のような物が割れる音がしてふと我に返る。
 そして浴槽を掃除しているせいで滑りかけつつ浴室を飛び出す。
 もしかして家に入るのを村の誰かに見られたのだろうか。
 そんな不安が何故か心に押し寄せる。
 不安?どうして不安なのか。
 考えている場合では無い。
 思い切りリビングの戸を開く。
 
 
 いない。
 
 
 サァっと血の気が引いたのを感じた。
 
 
 「うぅ…。」
 呻き声のような物がキッチンの方から聞こえた気がしてそちらを振り返る。
 
 そこには割れた皿の破片。
 そして俯き、今にも泣きそうな表情の少女がいた。
 「な、なにがあったんですか…?」
 震えながら僕はそう問いかける。
 「お皿…洗おうとして…。」
 こう消え入りそうな声で彼女は答える。
 そうか。
 この割れた陶器はさっき少女が食べていたお皿では無いか。
 少女はモジモジと申し訳なさそうにこちらを見ている。
 「怪我とか、大丈夫ですか?」
 そう聞くとふるふると頭を左右に振る。
 「洗ってくれようとしたんですね。ありがとうございます。でも危ないのでリビングのソファに座っておいてください。」
 「もうすぐお風呂沸かしますから待ってて下さいね。」
 そう僕が言うとさっきまでの泣きそうな顔とは裏腹に溢れんばかりの笑顔で
 「うん!!」
 と眩しい表情をみせる。
 とっとっとっ
 軽やかにリビングの方に小走りしていき、ちょこんと座って両の拳を握り口元に当てている。
 きっと目元から察するに笑顔なのは間違いない。
 僕の言葉が嬉しかったのであろうか。
 頬も紅潮したようにも思える。
 足元に散らばった元お皿の破片を拾い上げながら思わず僕も笑みがこぼれてしまう。
 
 不覚にも安心してしまったのだ。
 
 少女のことがバレていなかったこと。
 少女がお皿を洗おうとしてくれたこと。
 少女に怪我がなかったこと。
 
 
 
 
 
 ああ神様、僕の日常が音を立てて崩れていきます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 今、件の少女はお風呂に浸かっているのだろう。
 服を用意してあげたいが女性物の服なんてあるはずもなく、彼女には少し大きいであろう服で我慢してもらおう。
 そっと脱衣所の籠に置いておく。
 深いため息をつき、倒れ込むようにリビングのソファに座る。
 「上がってきたらちゃんと聞かなきゃ。」
 そう、僕は彼女のことを何も知らない。
 彼女のことを知る決心をし、刻一刻と時間が過ぎていくのを待つ。
 数時間前から色々な事が起きた。
 ゆっくりと瞼が降りてくるのに逆らえず微睡みに落ちてゆく。
 ゆっくりと。
 
 ゆっくりと。
 
 
 
 
 
 
 
 
 浴室では少女が口元まで湯船に浸かっている。
 じっとゆらゆらと揺れる水面を見つめながら。
 
 
 
 
 
 
 ザバァァ
 覚悟を決めたように少女は浴室のドアノブに手をかけた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 Part4へ。。。
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