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そう言えば、そんなことがあった。
土蜘蛛に襲われて、熱が出て。姉達に言われた言葉や、顔の傷のことをすっかり忘れていた。
私が答えに詰まっていると杜若様は、長い指先でトントンと軽く机を叩いた。恐ろしく低い声で言った。
「もし、環の顔を傷付けた者がいたら俺が直接、《《話し合い》》をしたいのが?」
──話し合いじゃない。
絶対に拳で語ると顔に書いてあった。
流石に姉と杜若様が揉める姿は見たくないので、私が転けたときに傷が付いたと力説すると、杜若様はやっと、机から指先を離してくれた。
そしてこほんと杜若様は咳払いをした。
「あと……彼女達はなにか変なことを……もしくは、環に良くないことを言って無かったか?」
それは心当たりはある。
姉達に寄ってたかって別れろと言われた。
今思い返しても酷い言葉だと思う。でも、あんな言葉達は信用するに値しない。
だって杜若様は私を助けに来てくれた。
偽りの気持ちで、黒洞なんて大きな力を振るうはずがない。
その後に言ってくれた『俺は環が傷つけば、俺が大丈夫じゃない』あの言葉は今もずっと私の心を温かくしてくれている。
だから、頭をゆっくりと横に振った。
「いいえ。何もありませんでした。出会ってすぐに地震が起きて、それどころじゃなかったから」
杜若様は私を見たあと。お茶を一口ごくりと飲むと「そうか。分かった」と軽く頷いた。
「変なことを聞いて悪かった。俺が聞きたかったのはそれだけだ」
「そうですか、って──そのですね、私に土蜘蛛のことを聞きたいとかは思わないのですか?」
机に身を乗り出して私から聞いてしまった。
あのとき、公会堂の庭で私は葵様に『土蜘蛛は私を狙っている』と宣言した。
葵様はそう言ったことも、包み隠さずに杜若様に報告しているはずだ。
すると今度は杜若様が、ゆっくりと首を横に振った。黒髪がしなやかに揺れる。
「環が話したいなら聞く。しかし、無理して話すことは何もない。今は体と心を休めることが一番だと思っている」
「…………」
その言葉にうつむく。
もどかしい。
私が狙われたと思ったのは私が九尾だから。
確信はないけど、そうとしか思えなかったから。
その他にも土蜘蛛の『声』を聞いたことや、気配がなんと無く分かったこと。そう言った情報を全て伝えたい気持ちがあった。
しかし、そんなことを伝えたら私は不審な人物、しかも土蜘蛛を引きつけてしまう存在。
最悪、前世は九尾だとバレたら、私なんてただの厄介者。
そんな存在──この帝都に居ていいはずがない。
でも、私はここにいたくて。
それが私が抱いていた不安ごとだった。
どうしようもない気持ちになってしまうと、唇にふにっとした柔らかな物が触れた。
びっくりして顔を上げると、杜若様が苦笑しながらキャラメルを摘んで、私の唇に当てていた。
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