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「まぁ、甘い物でも食べながら少し俺の話を聞いて欲しい」
鼻先に甘い香りを感じて微かに口を開くと、キャラメルがくっと入り込んで来て、そのまま受け入れた。
「んっ」
甘い。舌の上にキャラメルの濃厚でまろやかな味わいが広がる。
そしてほんの少しだけ、杜若様の指先を舐めてしまったような気がして恥ずかしくもあった。
杜若様は落ち着いた様子で喋りはじめた。
「何故、環だけが土蜘蛛に襲われたか。何故、土蜘蛛が環を追ったか。興味はある。環が何か知っているなら知りたい。けど」
杜若様は一呼吸置いてから。
長いまつ毛を伏せた。
「妖に襲われた本人が話したくないなら、聞かないようにしている。これは父の代からやっている取り組みだ。それまでは妖に襲われたり、その場に生き残った人達に情報を求めて、強く追求する場面が多くあった」
それは普通のことではと思った。
しかし甘いキャラメルの味わいでも隠せないような、杜若様の苦々しい言葉が返ってきた。
「妖に襲われ、心にも体にも傷を負った人達にどんな妖だったか聞くなんて、傷口を抉るようなもの。もちろん、その中には率先して協力をしてくれる人もいた。しかし全員がそうじゃない。助けても俺達が傷付けてしまっては、意味がないんじゃないかと言うことで、ただ妖を祓うだけの者に成り下がらないようにしている」
ふっと杜若様は笑い。梔子家には手緩いといつも嫌味を言われると言葉を付け加えた。
「だから、私に何があったか聞かないということですか?」
「あぁ。怖いことを思い出さなくてもいい。それだけだ」
優しく微笑む杜若様に心が騒めく。
こんな優しい人を偽りたくないと、こくっと小さくなった甘いキャラメルを飲み込み、
口の中は甘いのに、自ら苦い言葉を吐き出す。
「じゃ、じゃあ。もし。私がすっごく悪者だから、土蜘蛛に狙われたとしたら、杜若様はどうしますか?」
「環は悪者じゃないだろう。悪者はそんな言葉を言わない」
やっぱりもどかしい。
九尾だと打ち明けられない臆病な私が情けない。
「だったら、前世……前世が悪者だから。土蜘蛛と前世の悪い者同士。だから惹かれあって、私が狙われた。それだったら、私を先に倒した方が土蜘蛛が来なくてすむ。その方が正しいと思いませんか?」
そこまで言うと杜若様が立ち上がって、私のそばに腰をおろして私の頬に触れた。
「環。何を怯えているか俺にはわからない。もしの可能性で人を成敗していたら、この世には誰も居なくなってしまうんじゃないのか。俺だって、いつか誤ってしまうことがあるかもしれない」
「杜若様はそんなことありませんっ。杜若様は私と違って優しいから……」
阿倍野晴命様を前世に持つ人が道を間違うなんて、思えなかった。
杜若様は「そんなことはない」と首を振る。
「環は土蜘蛛が現れたとき。逃げることをせずに、俺の妻だと声を挙げて戦うと言ったのだろう?」
「!」
「それは戦う勇気だ。その勇気は人を守ろうとする優しい気持ちから来ているに決まっている。だから──環は優しい人間だ」
そのまま杜若様は私を抱き寄せた。
「無理をするな」と杜若様が囁いたとき。
私の瞳からポロポロと涙が溢れてしまった。