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もう音楽なんて、一生関わるものかと心に決めていた。付け焼刃の受験勉強で何とか滑り込んだこの大学で、当たり障りのない大学生生活を送り、そこそこの企業に就職すれば、まぁそれなりの人生は送れるだろう。特にしたいことなんてないし、高い望みもない。別に、今時そんな奴めずらしくもないだろ?


「新入生歓迎会やります、よければ来てくださーい」


「バドミントンどうですかー、体験やってまーす」


「本日昼休み、C3教室でパフォーマンスやりまーす」


校門をくぐれば、講義棟に辿り着くまでに押し付けられるチラシの束。右から左からと絶え間なくかけられる勧誘の声。雑踏と雑音の嵐。目の前に差し出されるチラシをすべて無視しながら、人をかき分けて歩みを進めていくと


「元貴、待って!ちょっと待って!」


後ろから追いかけてくる聞き慣れた声に小さく舌打ちをする。無視してそのまま歩を進めたが


「元貴―!待ってってば!元貴―!」


とさらに大きな声で名前を呼ばれ、周りが何かという表情で振り返るので仕方なく立ち止まる。声の方を振り返ると、両手いっぱいにチラシを抱えた派手な赤髪の目立つ男ーー若井滉斗が人込みをかき分けかき分けこちらへやってくるのが見えた。


「はぁ、やっと追いついた……元貴、歩くの早いんだよ」


「お前が遅いんだよ、大体そんなの律義に受け取ったりしてっから」


無視っときゃいいのに、とチラシの方を顎でしゃくると


「えー、だってせっかくの大学生だしな、元貴もなんかサークルはいろーぜ」


楽しそうにチラシの束をばらばらと振って見せる若井。この男とは中学生のころからの腐れ縁だが、気質は全くと言っていいほど正反対で、基本的に個人行動の俺と違い、気づけば誰かとつるんでいるような賑やかな奴だった。


「俺はいいよ、めんどくさいし」


眉根をひそめながらそう返すと


「えー、でもなんか変わったのも面白そうなのもいろいろあるぜ、マジックサークル、ボードゲーム同好会、あ、空手もある。哲学同好会ってなにすんだろ。馬術部?え、馬乗れんの?」


体験会もやってるおもしろそー、と歩きながらいちいちチラシに書かれている内容を報告してくる彼を、前見て歩けとたしなめる。


「あ、元貴、俺これ行きたい、行こうぜ」


目の前に差し出されたA5サイズのチラシには「軽音サークルミニライブ!!!」のポップな手書き文字。俺は不機嫌さを隠そうともせず、若井を思いっきりにらみつけて低い声で吐き捨てる。


「1人で行けよ」


一瞬たじろいだ若井だったが、すぐに真剣な表情になって


「なぁ、本当にもうやらないつもりかよ。もったいないって。俺はお前とまた音楽やりたいよ」


「うるさいな、その音楽サークルとやらに行ったら、楽しーく音楽できるお仲間がいっぱいいらっしゃるだろ。どうしてもギター弾きたいならそいつらとやれよ」


彼はむっとして


「分かってて言ってんだろ、俺は元貴と元貴の作った音楽がやりたいんだよっ」


「うるさい、大きな声出すな!」


しつこく音楽の話をする若井に苛立ちを抑えられず、振り向きながら叫び返したときだった。


「元貴!前!」


「わぁっ」


若井の咄嗟の制止も空しく、目の前の曲がり角から現れた人影に思いっきりぶつかってしまう。バランスを崩した相手が抱えていた大量のプリントがばさばさと音を立てて床に散らばった。


「わっ、ごめんなさい」


慌てて拾い集めようとしゃがむと


「いや!こちらこそごめんなさい!たくさん抱えてたから、目の前がうまく見えてなくって…怪我してませんか?」


焦りが滲んでいるが、よく通る柔らかな声音。


「だ、大丈夫です。そちらは……」


「僕も大丈夫です!あぁ~良かった、ケガさせちゃってたらどうしようかと」


ほっとしたように目の前の男が微笑む。雰囲気からしておそらく先輩だろう。細身の長身で、後ろで軽く束ねられるほどの長さの髪は金髪だったが、その印象はずいぶんと柔らかいものだった。「新入生ですか?」と聞かれて、ハイとうなずくと


「新入生ガイダンス、何時からの回ですか?時間大丈夫?」


はっとして腕時計を見ると、9時58分。俺の所属する経済学部のガイダンスは10時開始だ。


「やばい!」


「俺10時半からだから、俺拾うから元貴は行って!」


若井の言葉に躊躇すると、金髪の先輩にも早くいかなきゃ、ここは大丈夫だから、と促され仕方なくその場を後にする。


「すみません、今度改めてお詫びさせてください、若井ごめん後は頼んだ!」


まくしたてるように叫んで俺はその場を後にした。



ガイダンス終了後、若井が終わるのを待って合流すると、彼は気まずそうな顔で口を開いた。


「さっきはごめんな、ついしつこくしちゃって」


「別にいいよ。てかさっきの大丈夫だった?後任せちゃってごめん」


あぁ、と若井が頷く。


「そんなに大変じゃなかったし、あの人もめちゃくちゃ優しい人だったから」


聞くと、ガイダンスの開催される講義棟を間違えていた若井を教室まで案内してくれたという。


「あの先輩に改めてお詫びさせてくださいって言ったけど連絡先きいてないや。若井聞いた?」


「聞いてない。あ、でも……」


少し躊躇ったように言いよどむ。なに?と促すと


「あのプリント、軽音サークルの新歓チラシだったんだよね。それでちょっと音楽の話もして、今度良かったら見学来てよって」


先ほどの言い合いを思い返しているのだろう。気まずそうに目線を逸らす彼に


「あの先輩に改めて謝りたいし、一度見学だけ行こうかな。若井いつ行くの」


と声をかけると、ぱっと表情が明るくなる。


「説明会は毎週火曜木曜で、ミニライブは金曜だって。あの先輩、今週はミニライブにいるって言ってた」


「金曜ならちょうど講義あるしそのあとは?共通科目だし若井も同じのとってたよね?」



「おう、あの社会となんちゃらってやつだろ。じゃあそれ終わったらどっかで軽く時間つぶしてから行こう」


頑なに音楽関係のものに触れるのを拒んでいたために、俺の反応が予想外だったのだろう。若井は嬉しそうに満面の笑みで頷いてみせる。軽音サークルに入るつもりなどはさらさらなかったが、なぜかあの先輩には謝るという名目なしにしてももう一度会って話してみたかった。



※※※

新連載、よろしくお願いします!

「愛情と矛先」よりもかなり長めのお話になる予定です。

気長にお付き合いいただければ幸いですm(*_ _)m

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コメント

11

ユーザー

ぐ っ は 楽しみ 、

ユーザー

よーし!気合い入れて読みます!!🥰楽しみ〜!

ユーザー

出会い方めっちゃ好きです(*´`)♡ この後の続きが気になります!楽しみにしてます(˶' ᵕ ' ˶)

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