新歓期間の1か月は毎週ミニライブを出演バンドだけ週替わりにしておこなっているらしい。大学そばの小さなライブハウスが会場だったが、それなりに新入生らしき人間が集まっていてなかなかの盛況だ。てっきり例の先輩が出演するものだと思っていたが、それらしき人は見えない。新入生向けに盛り上がりを狙った流行り曲のコピーバンドが続く。
活動紹介を含む1時間弱のライブが終わると、さらに説明を聞いたり交流を深めたりしたい人向けのご飯会参加者が募られた。新入生はただで参加できるというのもあり、これ目当てで来ている人間も多いのだろう。例の先輩も見当たらないし探すかまたの機会にするかと迷っていると
「あれっ」
と後ろから声をかけられる。振り向くと柔らかな笑顔を浮かべるあの先輩が立っていた。
「こないだの!きてくれたんだー」
「あっ、若井に教えてもらって……若井ってこの赤いのです」
突然のことにしどろもどろになりながら隣に立つ若井を指さすと、その先輩があははと笑う。
「赤髪目立つもんね~、すぐわかったよ」
なんだ、若井の方で気づいたのか、と心の中で小さく肩を落とす。
「えーと、若井君と……?」
「あっ、大森っていいます。大森元貴」
「大森君ね……覚えた!ガイダンスは間に合った?」
はい、と大きく頷く。
「あの時ほんとすみませんでした。もう一度謝りたくって、今日は来たんです」
えぇ、いいのに!と驚いたように目を見開く。
「僕が目の前見えてなかったからいけないんだよ、よくやらかすから周りにも言われるんだ、りょうちゃんはおっちょこちょいだからーって」
あ、僕はふじさわりょうかっていいます、と首から下げている名札をこちらに掲げて見せた。バランスの悪い文字で「ふじさわ」と書かれている。
「りょうか?」
不思議そうに首を傾げる若井。
「うん、涼しいに虹が架かるの「架」って書くの。たまにスズカって読むのと間違われるんだよね~」
「へ~、かわいいっすね」
あっけらかんと言い放つ若井に心の中で、馬鹿!男に対してかわいいはないだろしかも先輩に!と焦るが、藤澤さんは気にした様子もなく
「そうでしょ、僕自分の名前好きなんだ~」
とにこにこ笑ってみせた。なんだか雰囲気の柔らかい人だ。
「二人ともご飯会参加でいい?」
「あ、いや……」
目的は果たせたし、人が大勢集まる飲み会などは得意ではない。帰ろうと思って断りかけると、藤澤さんはちょっといたずらっぽく笑みを浮かべて内緒話をするように声を潜め、
「今日行くお店、僕がチョイスしたんだけど、ここめちゃくちゃおいしいの。来ないと損だよ?」
なんだか得意げな藤澤さんの様子に思わず吹き出してしまい、俺も若井も行きますと頷いた。
新歓ご飯会において「新入生はノンアルコール」という決まりはあくまで建前で、「自己責任」という形で大体の1年生もお酒を飲んでいる。俺は乗り気がしなかったためコーラにしたが、若井は調子に乗ってビールを手にしていた。
「元貴」
「何」
「あんまおいしくない」
自分で選んだんだろ、黙って飲め、とグラスをこちらに押し付けてこようとする若井を押しのけながら、ちょうどよく向かいに座っている藤澤さんに話しかける。運よく端っこの席を確保できたのもあり、なんとか乗り越えられそうだ。
「それ、なに飲んでるんですか」
「僕?これはただのジンジャーエール。あんま強くないし、後輩の前で醜態はさらせないからね」
へぇ、と頷くと、ビール一口でなぜかハイテンションになっている若井が上機嫌で口を挟んでくる。
「藤澤さんは、いつのミニライブでるんですかっ」
「あ、僕は今回でないんだよ、今組んでるバンド実質活動休止中でさ~」
メンバーが一人今年留学中なんだよね、まぁ僕も夏からは忙しいし、と続ける。なんだ、藤澤さんはライブでないのか、と少し残念に思う。
「え、パートは何ですか」
「キーボードだよ」
なぜか嬉しそうにガッツポーズする若井。なんだこの酔っ払い。
「そしたら俺らとバンドしましょうよ!俺ギター!元貴ギタボなんで!」
はぁ?!と声をあげたのは俺の方だ。
「何勝手に……てか俺入んねぇし!」
「え、入んないの」
明らかに寂しそうな表情でこちらをみてくる藤澤さんに、返答に詰まりながらも
「音楽、あんまやる気なくて」
気まずい空気が流れそうになり、俺はトイレへと逃げた。若井のやつ、勝手なこと言いやがって。てかあんな弱いなら飲むなよ。と心の中でぶつくさ言いながらトイレから戻ってくると、いつの間にか若井が藤澤さんの横に移動している。完全にダル絡みじゃねぇか……と心の中で舌打ちをして、途中だけど先に抜けて早いとこ連れて帰ってしまおうと近づいた時だった。ぱっと顔を上げこちらをみた藤澤さんの頬には涙。えっ、と思わず動揺して若井をみると、酔いで顔が真っ赤な彼はなぜか得意げである。
「藤澤さんに、元貴の曲聴いてもらったんだ」
「は……?」
思わず低い声で返すと、藤澤さんが慌てたように僕と若井の間に割って入った。
「ごめん、僕がどうしても聞いてみたくて、若井君に頼んだんだ。勝手に聴かれたくなかったよね、ごめんなさい……」
「いや、どうせ若井が聴いてみてくれってうるさかったんでしょ。気にしないでください」
そんなつもりはないのに、そっけない言葉しか出てこない。最悪だ、と思いながら若井に飲みすぎ、帰るぞ、と声をかける。店の外まで見送りに出てくれた藤澤さんはずっと申し訳なさそうな顔をしていたが、今日はありがとうございました、と礼を述べて踵を返すと、ぱっと袖をつかんで引き留められる。
「あの」
少し迷ったように目を逸らした後、真剣な面持ちでこちらをまっすぐ見た。
「僕、誰かの作った音楽であんなに心動かされたの初めてなんだ。何か、音楽をしたくないと思うことがあったのかもしれないし僕はそれを知らないから無責任なことしか言えないけど、もし、ちょっと音楽に触れたいななんて思うことがあれば、軽い気持ちで遊びに来てよ」
僕も今はひとりでキーボード弾いてるんだ、と藤澤さんが笑う。なぜか鼻の奥がツンとして涙が出そうになり、気づかれないように目を逸らしながら
「機会があれば」
とそっけなく返した。
また連絡先を聞き損ねたなと気づいたのはすっかり酔いつぶれてしまった若井を家に送り届けてからだった。でも最後にあんな態度で出てきてしまったし、もう会うこともないだろうと、そっとあのとき湧きあがりかけた感情に蓋をした。
※※※
あらすじ欄が2話以上投稿しないと表示されないのでは??と今日気づきました!
あらすじのところに3人の簡単なプロフィールものせてます、よろしくお願いします
コメント
9件
良き 、
最高です(*´˘`*)♡これからが気になります(˶' ᵕ ' ˶)
これからの展開がすごく楽しみです🥹♥️ そしてりょうちゃんが教育学部なのも、納得✨ テレビで見る子どもとの関わりもすごく優しいですもんね💕