テラーノベル
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窓を叩く激しい雨音が、部屋にこもる緊張をより一層際立たせていた。
「だからさ、俺は――別に、無神経なつもりじゃなかったんだよ」
言い訳がましい自分の声に、桃は歯を食いしばる。青はソファに背を向け、何も言わない。張り詰めた空気が二人を包み込んでいた。
「じゃあ、どうしてあんな言い方するの……? 僕が悪いって、また全部僕が我慢すればいいってこと?」
低く絞り出すような青の声。その声ににじむ痛みに、桃は言葉を失った。どうしてこんな些細なことから、ここまで傷つけてしまったんだろう。
次の瞬間、青は立ち上がって玄関へ向かった。
「待って、どこ行くの! こんな雨の中!」
「……一人にさせてよッ、!」
ドアがバタンと音を立てて閉まる。桃が追いかける前に、青の姿は雨の中に消えていた。
雨脚は強く、風も吹き荒れている。桃は靴を履きかけたが、青の怒った顔と、震える声が頭をよぎり、思わずその場に立ち尽くした。
「青ちゃん、大丈夫!? うわっ、びしょ濡れですよ!」
玄関のインターホンが鳴った時、黄はちょうどソファで赤と映画を見ていた。モニターに映ったのは、髪から水を滴らせた青の姿だった。
「ごめん……ちょっとだけ、…居させて、。」
今にも倒れそうなくらい弱々しい。
「とにかく中入ってください! 風邪ひきます!」
青は無言で頷き、震える指で傘をたたんだ。赤がすぐにタオルと替えの服を用意し、青をバスルームに案内する。
数十分後、ソファに座った青の顔は真っ赤だった。タオルにくるまっているのに、体が小さく震えている。
「青ちゃん……これ、熱あるよね。測ってみよう?」
黄が額に手を当てると、明らかに体温が異常だった。赤が体温計を取りに走り、測ると38.9度。
「やば、完全に風邪。いや、インフルじゃないこれ?」
赤が驚いた顔をして言った。
黄は一瞬迷ったが、スマホを手に取った。
こっそりリビングを抜け、キッチンの隅で通話画面を開く。
「……桃くん。今、青ちゃんがうちに来てます。……ずぶ濡れで、熱もあります。たぶん、喧嘩したんですよね」
沈黙の後、桃のかすれた声が返ってきた。
「……迎えに行く。すぐ行く。ごめん、本当にありがとう」
インターホンが鳴った時、青は目を閉じていた。高熱で意識はぼんやりしていて、呼びかけにもすぐには反応できなかった。
「青ちゃん、桃くん来たよ。……会いたくない?」
黄がやさしく問いかける。青はわずかに首を振った。
玄関のドアが開く音。青はゆっくりと顔を向けた。
そこにいたのは、息を切らし、髪も少し濡れている桃だった。青の姿を見た瞬間、表情が歪んだ。
「青……ごめん。俺が悪かった。本当に……ひとりにさせてごめん」
その声を聞いた瞬間、青の目からぽろぽろと涙がこぼれた。
「……なんで……なんで、ちゃんと向き合ってくれなかったの……っ」
「バカだからだよ。お前の気持ちも分かってたのに、向き合うのが怖かった。喧嘩になりそうで……でも、ちゃんと話さなきゃいけなかったのに」
桃は青の前に膝をつき、そっと手を伸ばした。
「帰ろう、青。一緒に帰ろう。……それで、もう一回ちゃんと話そう。逃げないから」
青は迷いながらも、その手を取った。
「……うん。……でも、まだちょっと……だるい」
桃はふっと笑って、青をそっと抱きしめた。
「じゃあ、少しだけ休んでいこう。ここで。黄と赤に……もうちょっとだけ、甘えさせてもらおうな」
「うん……」
背中を撫でられながら、青は目を閉じた。高熱の中でも、桃の体温だけははっきり感じられた。
数時間後、青の熱は少し下がった。
着替えと飲み物を受け取った桃は、玄関で黄と赤に深々と頭を下げる。
「本当にありがとう。……助けてもらってばっかりで、情けないけど……」
「気にしないでください。僕らも前、同じことありましたし。」
黄が笑い、赤が頷いた。
「これで借り一つね~。また今度、鍋パでもしよ!」
そう言って手を振る赤に、青も笑顔を返した。
玄関を出ると、雨はもうすっかり上がっていた。アスファルトに残る雨の匂いが、夜風とともに二人を包む。
桃は青の手を握った。青も、ぎゅっと握り返す。
「これからは、喧嘩しても……ちゃんと逃げずに話そう」
「うん。でも、たまには黄と赤んとこに泊まるのもアリかもね。二人、優しかったし」
「……やめろ、嫉妬する」
照れ臭そうに言った桃に、青がくすりと笑う。
雨上がりの夜道を、二人はゆっくりと歩き出した。握り合った手の温もりは、もう手放すことはなかった。
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