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第8話「掘られた記憶」
> 「誰が、ここに掘り跡を?」
その言葉を口にした瞬間、カンナは思わず息を呑んだ。
崩れかけた斜面の奥にぽっかりと空いた空洞。
その内壁には、明らかに“人の手”で掘られた痕跡があった。
素早く、でも焦っていない。ゆっくり、何かを感じながら掘ったような、そんな痕。
カンナはそっとその壁に触れる。
金属の粉が指先にふれ、かすかに“冷たくない”ことに気づいた。
「……最近じゃない。けど、誰かがずっと触れてた感じがする」
今日はキイロもミレもいない。
ギアノートを一人で運転していたカンナは、偶然見つけたこの地層の裂け目に引き寄せられた。
赤茶の三つ編みを首元でまとめ直し、ゴーグルを目に下ろす。
「よし。掘ってみるか」
背負っていた小型ドリル《音縫い(おとぬい)》を構える。
回転を上げると、金属を撫でるような“柔らかい音”が出る設計だ。
キュルルルル……ココ……カン……
音が軽く跳ね返ってくる。
普通なら“金属が薄い”と判断して止めるところだが、
カンナはその跳ね返る“感触”の優しさに違和感を覚えた。
――ズズン……!
ドリルが奥を突き、空間が開く。
目の前に現れたのは、直径4メートルほどの手掘りの空間だった。
中は崩れかけの鉄骨がむき出しで、危うい構造だ。
しかし、その壁面に――刻まれていた。
小さな手の跡。
そして、子どものような線で描かれた落書き。
丸い生き物、星、ドリル……そして、笑っている誰か。
カンナは黙ってしゃがみ込み、金属の破片に反射する光を見つめた。
> ……掘ったのは、誰かの“暮らし”だったのかもしれない。
“資源”でも、“武器”でもなく、“居場所”を掘ってたのかも。
誰も戦っていないのに、ここには確かに“生きてた形”がある。
カンナはもう一度ドリルを構える。
「じゃあ、ちょっとだけ。続きを手伝うよ」
ドリルがゆっくりと回転を始める。
“音を掘る”ように、壁を滑らせながら先へ進む。
その先には、なにかがあるとは限らない。
けれど、確かに“誰かがここで立ち止まってた”。
その足跡を追いかけることも、掘削のひとつなんだと思えた。
外へ出ると、夕焼けが鉄粉で朱くにじんでいた。
ギアノートの影が長く伸びる。
カンナはドリルを背負い直し、
そっと手のひらをポケットに入れたまま、ぽつりとつぶやいた。
「……あったよ。確かに、いた」
そして、また進み始めた。
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