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第9話「ドリルの音が止まる時」
> 「……音が、止まった……?」
それはドリルが砕けたわけでも、燃料が切れたわけでもなかった。
確かに回っているのに、“音”がしなかった。
カンナは操縦席で、凍ったように身を固めた。
《吠える爪》は全速で回転している。振動もある。火花も出ている。
なのに、“掘る音”がしない。
数分前――
砂煙の向こうから、**陸海賊団《ザラド部隊》**の重戦車群が現れた。
無人機を先行させ、斜面の金属層ごと制圧しようとしていた。
キイロは髪を風になびかせ、背後から叫ぶ。
「前、三両!後ろにも回ってる!挟まれる!」
ミレが急いでスパナを投げ、ギアノートの後輪に火花を走らせた。
焦げ茶の一つ結びが、油と熱風でばらける。
「駆動に負荷が集中してる!このままじゃ軸が砕ける!」
「じゃあ、抜ける!下に掘って、逃げる!」
カンナは迷わずドリルを起動。
火花と轟音をまとって、ギアノートごと地面を斜めに削るように突っ込む。
重戦車の砲撃が、尾を引いて後ろから爆ぜる。
「うたってよ、吠える爪……あたしたちを通せって!」
だが――
斜面に突き立てたドリルが、突然“黙った”。
「……なにこれ。動いてるのに、掘れてない……?」
キイロが走ってきて、地面に耳を当てる。
そして、ゾクリと背筋を伸ばした。
「地面の中が、音を拒んでる。振動が、返ってこない……」
「音が、吸い込まれてる……?」
ミレは目を見開き、ギアノートの足元へ飛び降りる。
「反響ゼロ。こんな地層、ありえない!」
敵の砲撃が迫ってくる。
金属片が空を裂き、火と風が交錯するなか、
カンナはドリルの回転を止めた。
静寂。
爆発音、金属の軋み、仲間の叫びがあっても、心の中心だけが凪いでいた。
> ……なにも言わない。
地の奥が、黙ってる。
なら、こっちも……黙るしかない。
「ミレ、キイロ。今すぐ全機能、停止して」
「は?」
「ドリルも、電源も。全部止めて、動かない」
「でもそれじゃ……!」
「この“無音”の中にしか、抜け道はない。音を出したら、潰される」
機能停止。沈黙。息をひそめる三人と一匹。
敵の重戦車群が崖の上に到達した時、地中のギアノートはまるで岩の一部のように沈黙していた。
──爆音が遠ざかる。
──機械の気配が離れていく。
──静けさの中、ふいに“ぬるり”と風が吹いた。
ヤスミンが尾を立て、空間の奥をじっと見つめている。
カンナは目を開ける。
> ……通れって、言われた気がした。
「ここ、ある。通れる道。沈黙の下に、ひとつだけ……通してくれる気配がある」
彼女はドリルに触れたが、まだ起動しない。
代わりに、手で地面をなぞりながら前進した。
無音のなか、ほんの少しだけ、“聴こえない何か”が確かにあった。
地中から抜け出したとき、カンナは深く息を吐いた。
背中のドリルはまだ冷たい。
キイロがぽつりとつぶやいた。
「掘らなかったのに、掘った気がするな」
ミレは笑って、地面に寝転がった。
「こういうのもあるんだね……掘るって」
カンナは何も言わず、沈黙のまま空を見上げた。
そこに、なにもないけど、
“さっきの無音”がまだ残っている気がした。