テラーノベル
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「……あれっ、白石さん!?」
飲み会の喧騒のなか、王子谷は強烈な異変に気づいた。さっきまで机の端の方で突っ伏していた白石さんの姿がない。それどころか、部内一の手癖の悪さで有名なチャラ男・木島の姿も消えている。
「王子谷くーん! どこ行くの? まだ飲み足りないよぉ」
立ち上がろうとした瞬間、酔っ払った女子社員の先輩たち──自称「ファンクラブ」の面々に、左右の腕をホールドされた。
「待ってよ王子谷くん。次はあっちの個室で、私たちとじっくり『反省会』しよ? 今夜はもう帰さないんだからぁ♡」
「ちょ、離してください! マジで急用なんすよ!」
「えー、冷たいな。王子谷くんのネクタイ、ちょっと緩めちゃうぞ〜♡」
「やめろ、セクハラっすよ! 離せって!!」
左右から腕を絡められ、背後からは首筋に熱い吐息を吹きかけられる。普段なら「あはは、勘弁してくださいよ〜」と営業スマイルで流せるが、今夜ばかりは心底殺意がわいた。
彼女たちの隙間から、白石さんが木島に引きずられるように、店を出ていくのが見えた。白石さんの意識がないのは明らかだ。
「どけっつってんだろ!!」
本気の怒声で先輩たちを硬直させ、俺は強引に腕を振り払って店を飛び出した。
だが、夜の渋谷は残酷なまでに人が多い。居酒屋のあるエリアから円山町のホテル街までは徒歩約10分。
会社の連中にバレないよう、路地裏に連れ込んだのか?ネオンがギラつく雑踏を、息が上がるくらい必死で走ったけれど、二人の姿はもうどこにもない。
「……あいつ、絶対にあっち(ホテル街)だ……!」
俺はスマホを取り出し、『春川先輩』のボタンを、叩きつけるように押した。
「……先輩! すみません、泥酔した白石さんが……! 木島に連れていかれました! たぶんホテル街方面っす。とにかく早く、一秒でも早く来てください!!」
***
夜22時。その頃、僕は会社で残業を終え、疲れ切った身体で帰路に就こうとしていた。王子谷からの、悲鳴のような電話の内容を理解したとき、僕の脳内からあらゆる疲労が消し飛んだ。
「……白石さんが、連れ去られた……?」
心臓が、胸板を内側からぶち破らんばかりに跳ねる。絶望に飲み込まれそうになったその時、一週間前の出来事を思い出した。
『陽一さん、これお揃いのスマートタグ。……なくしものをしてもこれがあれば見つけやすいし、一緒につけよう?』 彼女がいたずらっぽく笑って、僕のキーケースにつけてくれた小さなタグ。僕は震える指で、即座にタグの管理アプリを起動した。
【管理アプリ:タグを検索中……】
画面の中央、青い点(自分)が現在地を示す。そして、そこから数百メートル離れた場所で、赤い点(白石さん)がホテル街に向かって移動を続けていた。
「……見つけた」
エレベーターを待つ時間さえ惜しい。僕は階段を、三段飛ばしで駆け下りた。夜の街を、かつてない速度で疾走する。ジム通いで極限まで高められたスタミナ。魔王にしごき抜かれた強靭な脚力。
(全部、この瞬間のためにあったのか……!)
タグのアプリ画面では、青い点と赤い点が接近し、一歩、また一歩と近づこうとしていた。
「間に合ってくれ、白石さん……!」
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