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周囲がガヤガヤとうるさい。煙草の匂いも至るところから漂ってきて、非喫煙者の朝陽にはやや辛い場所だ。
しかし案内された場所は、多くの席が並ぶ大部屋ではなく、壁で仕切られた個室だった。どうやら隼士が予約時に個室を指定してくれたらしい。煙塗れにならずに済んだ朝陽は、ホッと安心して席に着いた。
「今日は集めてくれてサンキューな」
「しっかし、事故に遭って記憶喪失とは災難だったな」
「まぁ、でも命に関わるような怪我しなくてよかったよ」
隼士によって集められた友人達が、揃うや否や思い思いの言葉を口にする。そんな彼等――――大川、中西、小久保は高校時代のクラスメートで、よく隼士を含めた五人で遊んだり、試験勉強をしていた仲間だ。
心配していた記憶のほうも大丈夫だったようで、全員覚えているとの話に朝陽は再度、安堵の息をつく。
しかし。
「オイオイ、忘れたのがよりによって朝陽のことかよ」
「それって俺達のこと忘れるより重大じゃね?」
「ってか、わざわざソコ選ぶ? ってぐらいピンポイントなところが、隼士の残念なところだよなぁ」
小久保達は、隼士が忘れてしまったのが朝陽のことだと知ると、早々に光太と同じように眉間を揉んで、盛大な溜息を吐いた。
「また、それか……」
二十日ほど前に見たものと全く同じ反応に、隼士が項垂れる。それを見た朝陽は慌てて助け船を出した。
「まぁまぁ! 記憶なくしてもこうして一緒にいるんだし、結果オーライでいいじゃん。それよりもさ、聞きたいこと山ほどあるんだから、こんなところで落ちこんでる暇ねぇぞ」
「そ、そうだな……それで、皆に聞きたいのは俺の高校時代の話と、もう一つは俺には恋人がいるらしいんだが、それについて何かしてたら教えて欲しい」
朝陽に促された隼士が、三人に二つのことを問う。
「高校時代の話? まぁ、うちの高校は二年から文系と理系のコースに分かれるところで、そのまま三年まで持ち上がりだったから、俺等五人は二年間同じクラスだったってことは覚えてるか?」
「ああ大丈夫だ、覚えてる」
五人の中で一人だけ薬指に指輪を嵌める、少々幸せ太りの大川が語ると、残りの二人も次々に過去の話を始めた。
「印象的だったのは、やっぱ秋の球技大会じゃね。ほら、うちの学校って部活の強豪校だったから、大会はいつも部活やってる奴が有利でさ。いつもアイツ等ドヤ顔するから、俺等帰宅部で打ち負かそうって話になって」
専門学校を経てプログラマーになった中西が、度が合わなくなったというメガネのブリッジを指で上げながら、一番記憶に残る話題を口にする。と、他の二人も高校生に戻ったような顔で、声を上げた。
「あー、そうだった! で、俺等五人にもう一人帰宅部入れて、バレーボールに参加したんだよな!」
「そうそう、あれ練習きつかったけど、今思うと楽しかったよな!」
仕事が内勤で運動不足を感じ始めたため、一年前からフットサルを始めたという小久保が、日に焼けた頬を天に上げて笑う。
話題に登った三年次の球技大会は、朝陽もよく覚えていた。
放課後、毎日のように皆で残って練習して挑んだ大会では、朝陽がセッターを、隼士がアタッカーを務め、バレー部の人間が入るチームを次々倒した。勿論、宣言どおり優勝も勝ち取った。
あの時の隼士は、本当に格好良かった。長身の身体で軽々と跳び、勢いのいいスパイクを何本も打ち込んでは相手のチームを翻弄していた。点が決まる度に湧く歓声は、全て隼士に向かっていたと言っても過言ではない。
「ああ、大会に優勝して、バレーボール部の悔しがる顔見て……その後だったっけ、隼士への告白ラッシュが始まったの」
中西の言葉で嫌な記憶を思い出し、朝陽は思わず押し黙ってしまう。
そういえばあの大会の後、隼士は多くの女子生徒から呼び出されるようになった。その多くが球技大会の勇姿に惚れたというもので、朝陽は幾度となく隼士との時間を奪われたことを覚えている。
当時は受験を控えた時期で、しかも二人の関係はただの友人同士。その時既に隼士への恋心を抱いていた朝陽は、呼ばれて出ていく思い人の背中を見ては、激しい嫉妬心を覚えていたのを鮮明に覚えている。
「その中に、俺と付き合うようになった人間はいたか?」
「いや、受験だからってことで、全部断ってたと思う。だよな、小久保」
「ああ。彼女ができたなんて一言も聞かなかった」
大川と小久保が確認しあう。けれど隼士は、その話だけでは引き下がらなかった。
「本当か? もしかして皆に隠してただけで、何か変わったことがあったりしなかったか?」
「なかったよ。それよりさぁ……なぁ、中西」
「うん、というよりも……なぁ、大川」
「あー……うん」
三人が顔を合わせながら、口を濁す。どうやら三人の中には、別の部分に思い浮かぶことがあるようだ。
「どうした? 何か他に思い当たることがあるなら、教えてくれ」
ほんの少しでも情報が欲しいと、隼士が身を乗り出す。と、その切実さが伝わったのか、大川が恐る恐る口を開いた。
「あのさ、俺等多分同じ考えだと思うけど、隼士の恋人って――――朝陽じゃねぇの?」