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月子親子は、岩崎と迎えの車の運転手──、三田の手を借り、車に乗っているが、始めての体験に、親子は驚き戸惑い、黙り混んでいた。
と、言うよりも……。
「いやぁ、京介様、確かにあの病院は、いただけません!なんですか?!管理代に、暖房代に、布団代にと、支払い項目が、延々と続くときた!あたしは、岩崎男爵家の面目ってやつも考えましたがね、いや待て、これこそ、岩崎男爵家の面目に関わると考え直して、病院代金値切りましたよ!」
「そうか!三田!お前も、おかしいと思ったか!いやな、私も、これはなんだと、あのへちゃむくれに問いただした。しかしだ、規定だなんだと、言って答えになってない!で、私も値切ったぞ!」
「あれ!京介様も、値切られた?!一度値切った、料金を、あたしが、また値切った、言うことで?!」
「なるほど!二度の値切りに応じるとはなぁ。やはり、ろくでもない所。しかし!三田!あの額はなかろう!そもそも、私も持ち合わせがなかったからな、値切れるもなら、値切らねば!と、思ったのだが、やはり、おかしな額だったということか!」
「そうです!京介様!あの、へちゃむくれ看護婦は、岩崎男爵家という響きに目がくらみ、代金を吊り上げたにちがいありません!」
岩崎男爵家お抱え運転手の三田は、助手席に座る岩崎を煽るかのよう喋り続け、岩崎もまたそれに応じ、月子の母の入院代金について、ひたすら文句を言った。
男二人の勢いに、月子親子は、自然と小さくなってしまったのだが、その、二人の剣幕具合の理由が、月子の母の入院代金なのだから、これまた、どうすればと、二人の表情は固くなっている。
さて、そんなにも、入院代は、かかったのだろうか。
親子の考えでは、今だけ立て替えてもらい、返済しようと思っていた。しかし、二人の話を聞くと、自分達で返せる額なのかと、不安に襲われた。
そんな事とは、思ってもいないのだろう。三田が、あれっと、声をあげる。
「京介様!お二方が、おとなし過ぎます!もしや、車に酔われたのかも!聞いてみてください!」
聞いても何も、しっかり聞こえている、と、月子は思いつつ、岩崎男爵夫婦のどこか、おっとり、浮き世離れした所といい、この運転手といい、庶民とはまるで異なる態度に驚いてもいた。
「おお!それは、いかん!御母上!窓をお開けください!少し風を通した方がよろしい!」
岩崎は、振り返り、後部座席を見る。
「あー!京介様、その必要は、ないですねぇ。着きましたから。いやぁ、自動車ってものは、走ると速いですなぁ」
などと、横から三田が、とぼけた事を言ってきた。
「三田!お前、その分かりにくい冗談はよせ!」
「冗談じゃないですよ?!あたしは、本当に、そう思っただけで、そしたら、お屋敷に到着してましたと……」
このおかしな掛け合いに、月子の母は、笑いをこらえつつ、
「ねぇ、岩崎様って、やっぱり、悪い人じゃないね。頼ってよかった。……お金の事は、なんとかなるわよ」
と、月子にこっそり言った。
確かに、物事をハッキリ言う岩崎は、やや、取っ付きにくい所もある。
だが、その言い分と、行いは、理にかなっている。
そもそも、いくら、見合い事で、月子と関わってしまったとはいえ、ここまで、世話を焼く必要もないはずなのに、どうして、手を差しのべてくれるのだろう。
不思議に思いながら、月子は、母へ、そうだねと、言うと、安心している素振りを見せた。
きっと、母も、本当のところは、心細いに違いない。月子の為に、あえて、朗らかにしているのだろう。
取り繕っているとはいえ、西条家にいた時には、ほとんど見せなかった母の笑顔に、月子も自然と微笑んでいた。
が。
「京介様!冗談じゃないですよ!まただ!」
岩崎男爵家を囲っているのだろう延々と続く白壁に沿って車を走らせながら、三田が、先を見るよう促した。
「しかし、しつこいなぁ。あのお嬢さんも。執事さんも、タジタジになってますよ……」
先では、使用人らしき男が、門扉《もんぴ》を閉じようとしているが、それを邪魔するかのように、体を滑り込ませている袴姿の女学生がいる。
その光景を見た岩崎は、大きく息をついた。