テラーノベル
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部屋に戻された。
扉が閉まる音が、やけに重く響く。
「……」
違和感に、すぐ気づく。
手首に――何もない。
あの鬱陶しい鉄の枷も、鎖も。
「は?」
思わず、両手を見下ろす。
自由だ。
完全に。
試しに、ゆっくり腕を動かす。
痛みも、制限もない。
「……なんだこれ」
罠か。
そう思うのが自然だった。
視線を巡らせる。
部屋の中。
ベッド。机。燭台。
そして――
「……おいおい」
壁に立てかけられていた。
見慣れたシルエット。
ダブルショットガン。
その隣に、ナイフ。
鞘に収まったままの、使い慣れた重み。
一歩、近づく。
手に取る。
「……っ」
指に馴染む。
忘れるはずがない感覚。
何度も何度も、引き金を引いた手。
何度も何度も、命を断ってきた重さ。
「……マジかよ」
小さく呟く。
弾も、装填されている。
ナイフも、刃こぼれはあるが使える。
――全部、揃っている。
逃げろと言っているようなものだ。
「……舐めやがって」
低く、吐き捨てる。
壁にもたれ、ショットガンを握る。
頭の中で、計算が回る。
このまま扉を破るか。
窓は?廊下は?敵の数は?
ノスフェラトゥはどこにいる。
今なら、不意を突ける可能性もある。
「……」
だが。
体が、重い。
風呂で抜けた力。
食事で戻ったとはいえ、まだ完全じゃない。
無理に動けば――死ぬ。
それは、分かる。
「……チッ」
舌打ち。
ベッドに腰を下ろす。
ショットガンを横に置く。
ナイフも、手の届く位置に。
完全に警戒は解かない。
だが。
――さっきの感触が、まだ残っている。
湯の温もり。
満たされた腹。
静かな部屋。
戦場じゃない空気。
「……クソ」
目を閉じる。
こんな場所で。
敵の城で。
武器まで返されて。
それでも――
眠気が、来る。
「……ほんと、舐めてんな」
最後に、そう呟いて。
彼は、ゆっくりと横になる。
ショットガンに、手をかけたまま。
意識が、沈んでいく。
――抗えないほど、深く。
扉の外。
ノスフェラトゥは、静かに立っていた。
中の気配を、感じ取る。
武器に触れたこと。
動かなかったこと。
そして――眠ったこと。
「……」
わずかに、目を細める。
「選ばなかったか」
逃げることも、襲うことも。
今は、しなかった。
その事実に。
低く、呟く。
「それでいい」
まるで。
急がなくていい、とでも言うように。
静かに、背を向ける。
城の闇に、その姿が溶けていった。
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