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福岡に着いたのは20時半前で、当たり前だけど外は真っ暗だった。
知らない土地にひとり。新幹線の中、荷物を手に通路を歩いている時はそんな不安でソワソワしたけれど、いざホームに降り立ってみると、なおちゃんが迎えに来てくれていて。
「え、うそ。なおちゃん……?」
何故ホームまで彼が?と瞳を見開いたら、「入場券でな」って何でもなみたいに言ってくれるの。
もちろん乗り込む前に何時に博多駅へ着く便かはLINEしていたけれど、きっと改札を出たところで待ってくれているんだろうと思っていたから、私、本当にビッっくりして。それと同時にすごく嬉しかったの。
「ほら、菜乃香は方向音痴だからな。どこの出口で待ってるって言っても、ちゃんとたどり着けるか心配だろ? だったらここで捕まえる方が得策だなって思っただけ」
言いながらくしゃりと頭を撫でられて。
「それに……デカイ荷物を持って構内をうろつくの、しんどいだろ」
って当然のように荷物を持ってくれるの。
出立の駅でえっちらおっちら荷物を運びながら、なおちゃんがいつも私を助けてくれていることを意識して切なくなったのを思い出した私は、胸がキュンと甘く疼いた。
「ありがとう、なおちゃん」
ギュッと彼の服のすそを掴んだら「菜乃香、会いたかった……」ってなおちゃんがつぶやいて。
ここまでずっとひとり、なおちゃんのご家族への罪悪感と闘いながら新幹線に揺られてきた私は、その瞬間プツッと緊張の糸が緩んでしまって、鼻の奥がツンとするのを感じた。
毎日のように逢瀬を重ねていたなおちゃんと、たった数日間とはいえ会えずにいた寂しさも、涙腺の決壊に拍車をかける。
「馬鹿。何で泣くんだよ」
私の目が潤んで、ポロリと一粒涙がこぼれ落ちたのに気が付いたなおちゃんが、驚いたみたいに荷物を足元におろして私をギュッと抱きしめてくれて。
「ひとりで新幹線乗んのが怖かった……ってわけじゃねぇよな?」
ってオロオロするの。なおちゃんのそう言うところが、堪らなく大好きだって実感させられる。
「そんなわけな、いっ」
グスグス鼻をすすりながら反論したら、「だったら何なんだよ」って困ったみたいな声音が頭上から降ってきて――。
そろそろと労るように背中を撫でられた私は、ますます涙が止められなくなって困ってしまう。
「ごめっ、自分でもよ、く、分かんな、……」
ヒクヒク呼吸を乱しながら言葉を紡いだら、「分かったからもう喋んな」って背中をトントンと優しく撫でられた。
***
なおちゃんと一緒にタクシーに乗って着いた先は、ビジネスホテルの一室で。
「さすがにさ、役所が取ってくれた部屋にお前連れ込むわけにゃいかねぇから……別に部屋取った」
研修自体は今日の夕刻までだったから、研修の終了と同時にその足で地元に帰る人間と、今夜もう一晩だけ過ごして観光を楽しんでから帰る面々とに別れたみたい。
私を呼び寄せるために直帰組に加わらなかった手前、ホテルの部屋はチェックアウトせずにそのまま残したなおちゃんだったけれど、厳密にいうと帰らないことを選択した職員の今夜以降の宿泊費自体は個人負担だからそんなには気にしなくていいらしい。
まぁ、だからといって、そのままその部屋に私を連れ込むのは、さすがになおちゃんでも憚られたらしい。
私のためになおちゃんが新しく取ってくれた部屋は、同じホテル内でも階が違うから、なおちゃんが私の部屋を訪ねても、居残り組の人たちと鉢合わせる可能性は低いみたい。
エレベーターなどで一緒になる危険性もないわけじゃいけれど、幸い残った面々は他部署の人ばかり。
かつて束の間市役所にいた私の顔を知らない人たちだから、出会ったとしても何とかなるだろって言われて。
なおちゃんの、そういう物怖じしない、どこか堂々とした言動の端々に〝浮気慣れ〟の様なものを感じて、私はふと切なくなるの。
だけど、そんな私だって奥様やお子さんからしたら〝浮気相手〟以外の何ものでもないから。
こんな風に妬きもちを妬く資格すら、きっとないんだと思う。
***
「菜乃香?」
いつの間にか部屋に着いていたみたいで、なおちゃんがフロントで受け取ったカードキーで部屋の扉を開錠して、怪訝そうな様子で私を振り返る。
「あっ、ご、ごめんなさいっ」
考え事をしていたせいで、気付かないうちになおちゃんから数歩分遅れを取ってしまっていた私は、急いで彼の横に並んで。
なおちゃんにそっと背中を押される様にして部屋に入った。
それと同時――。
荷物を床に置いたなおちゃんに、我慢できないみたいにギュッと抱きしめられた。
まだ背後の扉が閉まり切っていないのに、ってドキドキする気持ちを掻き消すみたいに、なおちゃんが私に深く口付けてくる。
「あ、んっ、……な、おちゃ――」
なおちゃんの腕にギュッとしがみつくようにして、私は懸命に自分の身体を支えながら彼のキスに応えて。
「ねぇお願い。部屋に入ったばっかで悪いけど……先に菜乃香を補充させて?」
唇を離すと同時、甘く切ない声音で耳元にそうささやかれた私は、小さくコクンと頷いた。
仕事から帰宅してすぐ、シャワーを浴びて着替えたのは、私自身彼と再会したらすぐ、こういうことになるかも?って期待していたんだと思う。
私となおちゃんは、どこまでも身体と身体で繋がった関係なのだと。
下腹部に燻りはじめた身を焦がすような熱に溺れながら、嫌と言うほど実感させられる。
私は、彼を誘うように情欲に潤んだ瞳でなおちゃんを見上げた。
「ピアス、外さないとな」
私の耳に髪の毛をかけながらなおちゃんが吐息を落として。
今日はいつも利用するラブホテルや私の部屋ではないから、アクセサリーを保管するための小皿は準備されていない。
なおちゃんがわざと剥き出しにした私の耳を食むようにしながら器用に外してくれたお気に入りのチェーンピアスは、結局裸のままテレビの前に並べ置かれた。
それをぼんやり見るとはなしに眺める私を、なおちゃんがそっとベッドに組み敷く。
――お腹、空いた……。
そろそろ21時になろうという頃。
そういえば夕飯がまだだけど、食べられるのは何時になるかなぁ。
なおちゃんの指先がブラのホックを外したのを感じながら、ふとそんなことを思う。
なおちゃんはご飯、食べたのかな?
それとも――。
彼も夕飯がまだなのに、食べ物よりも私を先に食べたいと思ってくれたんだとしたら……すっごく嬉しい。
「あ、ぁんっ」
敏感な果実ごと胸の膨らみを大きく開けた熱い口の中に含まれて、私は自分でも分かるぐらい甘ったるい声を上げる。
そうしながら、私はなおちゃんの昂りを確認するように、そっと彼の下腹部に触れた。
――お願い、なおちゃん。食欲よりも強く貪欲に私を求めて……身のうちに巣食う罪もろとも痴情の炎で焼き尽くして?
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