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「仲良いねえ、航平と柚」
「……え、いや、あの」
「ねえ、ほら君も。 何そんなに黙って密着させてるの? 妬かせたい?」
カラン、と自分でいれてきたのだろう。 お冷の氷で音を鳴らし。
その手にあるのはお酒ですか? と、思わず問いかけたくなるほどに妖艶でいて、そして不機嫌な笑みを見せた。
そしてもちろん優陽が不機嫌になる理由は、ない。
(え、演技派すぎる……!)
「……ああ、めんどくせぇな。 何キレてんだよ。 了解、わかった、もう口は挟まない。 お前が適当なことしないならな」
「なら初めからそうしててよ」
軽く舌打ちをし、航平はやれやれと肩をすくませ柚から距離を取った。
優陽はと言えば、満足げにまつ毛を伏せて、口元に弧を描く。
「で、柚はもう帰っていいの?」
「ん? ああ、大丈夫だ」
「だってさ。 柚、着替えておいでよ」
そう言って、優陽は奥の事務所兼従業員の休憩スペースを横目でちらりと見た。
早く行け、と。無言の圧を感じる。
「はい。 わかりました」
お尻の上の方で結んである紐をほどき、首からかぶる形で着ているエプロンを脱ぎながら着替えに向かう。
(いや、そこまでしなくても……店長、信じてるじゃんか)
そう、心の中でひっそりと愚痴ってしまうほどには恐ろしい空気だった。
キッチンの奥にある扉に手をかけながら柚は背後を少しだけ振り返った。
何やら話し込んでいる様子の、二人の声は聞こえないのだけれど。
真面目な顔で何かを伝える航平と、聞く耳持たぬ様子ではぐらかすように、視線を逸らす優陽の姿。
弟のようだと言った、航平の、あの時のぼんやりとした表情。
気心知れてる関係のようでいて。
感じる薄い壁のような、この変な感覚は一体なんなのだろう。
本当に近しい存在だというのならば、今自分が置かれている状況。恋人のフリだなんて回りくどいことをせずに、直接本音を語り合えばいいのでは。
とても近いようで、けれど肝心なところで見え隠れする奇妙な二人の距離感。
(……なんてね)
考え込んだところで、彼らの過ごした月日を見れるわけでもなく。
本当のもの。それが理解できるはずもなく。
(余計なお世話ってもんだよね)
小さく息を吐いて、ドアノブを捻ったのだった。