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夕方しか来ない世界になってから、数ヶ月。
変わらないようでいて、少しずつ変化は起きていた。
最初に気づいたのは、コメント欄だった。
『最近、そっちの空ちょっと暗くなるの早くない?』
『前より太陽動いてる?』
『気のせいかな』
『夕焼けの色変わった』
悠真はスマホを見ながら眉をひそめる。
「……言われてみれば」
蒼も窓の外を見る。
確かに。
最近、夕日の位置が少しずつ変わっている気がした。
前はずっと同じ場所で止まっていた太陽が、ほんの少しだけ沈むようになっている。
本当に少しだけ。
でも。
“変化している”。
それが大きかった。
「なあ」
悠真が屋上で空を見上げる。
「これさ」
「うん」
「戻ってるんじゃね?」
風が吹く。
夕焼けが街を赤く染めている。
蒼はすぐには答えなかった。
期待するのが少し怖かった。
でも。
「……かもな」
その言葉を口にした瞬間。
胸の奥に、小さな熱みたいなものが灯る。
その日から、二人は空を観察するようになった。
動画にも記録する。
『夕方しか来ない世界、変化してるかもしれません』
毎日同じ場所で撮影。
太陽の位置。
空の色。
影の長さ。
コメント欄には考察が並んだ。
『本当に動いてる』
『戻る前兆?』
『なんか希望出てきた』
『帰れるかも』
その言葉を見ていると、二人も少しだけ信じたくなった。
ある日。
蒼はコンビニ帰りに立ち止まる。
「……悠真」
「ん?」
「見ろ」
空。
夕焼けの端。
ほんの少しだけ。
濃い青が見えていた。
夜の色でも、夕方の色でもない。
“普通の空”。
悠真は目を見開く。
「……うわ」
二人とも、しばらく何も言えなかった。
世界が。
戻ろうとしている。
そんな気がした。
その夜。
いや、“夕方”。
二人は久しぶりに少し興奮していた。
動画の撮影中も、悠真の声が明るい。
「たぶんだけど!」
カメラを持ちながら笑う。
「世界、変わり始めてます!」
蒼も後ろで苦笑していた。
でも。
その顔は少し嬉しそうだった。
コメント欄は今までで一番盛り上がった。
『やばい!!』
『ずっと見てきたから感動する』
『本当に帰れるかも』
『なんか泣きそう』
『終わらないでほしい気持ちもある』
そのコメントを見て、悠真が止まる。
「……終わらないでほしい、か」
蒼は静かにスマホを見る。
不思議だった。
最初は怖かった世界。
静かで、誰もいなくて。
でも。
この世界には、この世界だけの時間があった。
雪の夜。
誰もいない水族館。
山奥の焚き火。
終わらない夕焼け。
二人だけだったからこそ見えた景色。
屋上。
夕風。
空は少しずつ色を変えている。
悠真がフェンスにもたれながら言う。
「もし戻れたらさ」
「うん」
「この世界のこと、夢みたいに感じるのかな」
蒼は街を見る。
静かな道路。
夕焼け。
長い影。
全部、本当に存在していた。
「……忘れたくはないな」
悠真は小さく笑う。
「俺も」
風が吹く。
どこか遠くで看板が揺れた。
その瞬間。
空の端で、小さく星が見えた。
夕方なのに。
夜の星。
そして反対側には、薄く青空。
二つの時間が混ざり始めていた。
悠真が息を飲む。
「……変わってる」
蒼も空を見上げる。
世界が、ゆっくり動き始めている。
止まっていた時間が、少しずつ。
「なあ」
悠真が笑う。
「次の動画タイトル決まった」
「何」
悠真は空を見たまま言った。
『世界が、また進み始めた』
蒼は少し黙ったあと、静かに笑った。
「……いいじゃん」
夕焼けの向こう。
ほんの少しだけ見えた青空が、やけに綺麗だった。
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