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38
その雨は、突然だった。
屋上で動画を撮っている最中。
悠真がカメラを空へ向けながら笑っていた時だった。
「最近ほんと空変わっ――」
ぽつ。
小さな音。
悠真が止まる。
頬に、冷たい感触。
「……雨?」
次の瞬間。
ざああああ、と音を立てて降り始めた。
激しい雨だった。
夕焼けの空から、一気に水が落ちてくる。
フェンス。
屋上の床。
二人の制服。
全部が一瞬で濡れていく。
「うわっ!」
悠真が笑いながら後ろへ下がる。
蒼も思わず目を細めた。
雨なんて、久しぶりだった。
いや。
この世界では初めてかもしれない。
夜しかなかった頃も。
夕方しかなかった頃も。
空は静かなままだった。
なのに今。
世界が、大きな音を立てている。
二人はしばらく屋上に立ち尽くしていた。
雨が肩を叩く。
風が吹く。
遠くの街が白く霞んで見えた。
「……すご」
悠真が呟く。
蒼は空を見上げる。
夕焼けの中に灰色の雲。
その隙間から、少しだけ青空。
世界が混ざっている。
「なんか」
悠真が笑う。
「世界、生き返ってる感じする」
蒼も少し笑った。
「わかる」
カメラはまだ回っていた。
レンズに雨粒がつく。
映像がぼやける。
でも、その映像が妙に綺麗だった。
悠真が濡れた前髪をかき上げる。
「こんばんは」
笑っている。
本当に楽しそうに。
「急に雨降ってきました」
蒼が後ろで空を見る。
雨音が世界を埋めていた。
静かだった世界に、初めて“賑やかさ”が戻ってきた気がした。
その動画は、投稿してすぐにコメントで埋まった。
『雨の音やばい』
『世界が戻ってる感じする』
『映画みたい』
『このシリーズずっと見てるけど今日の空気感好き』
『二人嬉しそうで泣きそう』
『希望って感じする』
その言葉を見ながら、悠真はベランダに座っていた。
雨はまだ降っている。
街灯が水たまりに映って揺れていた。
「なあ蒼」
「ん?」
「雨の匂い覚えてた?」
蒼は少し考える。
濡れたアスファルト。
湿った風。
昔は当たり前だった匂い。
「……忘れてたかも」
悠真は笑った。
「俺も」
雨音が静かに響く。
昔の世界が、少しずつ戻ってきている。
そんな気がした。
その夜。
二人は傘も差さずに外へ出た。
制服のまま。
雨の道路を歩く。
誰もいない横断歩道。
コンビニの灯り。
水たまりに映る夕焼け。
悠真はくるくる回りながら笑う。
「なんか青春映画すぎるだろこれ」
「主人公二人しかいないけどな」
「終末系青春映画」
蒼も少し笑った。
雨で髪が濡れる。
服が重い。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
川沿いへ着く。
雨で水面が揺れている。
夕焼けと街灯の光が混ざって、川がぼんやり光っていた。
悠真は橋の手すりにもたれる。
「さ」
「ん?」
「本当に戻るかもな」
蒼は空を見る。
雨雲の向こう。
ほんの少しだけ、夜空が見えた。
星が一つ光っている。
「……うん」
その返事は、前より少しだけ確信に近かった。
雨はしばらく降り続けた。
世界を洗い流すみたいに。
止まっていた時間を、また動かすみたいに。
二人は並んで歩く。
雨音の中を。
終わりかけていた世界の、その先へ向かうみたいに。
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