テラーノベル
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「……エリス様、お食事でございます」
「ありがとう、今はちょっと気分が優れないから、後で頂くわ」
「……左様でございますか。食欲が無くても、せめて、スープだけは……きちんと召し上がって下さいね」
「ええ、そうさせてもらうわ」
昼間の話を聞いてからというもの何も手につかず、食欲すら湧いてこないエリスはメイドの返事に頷きはしたもののやはり食事をする気にはならず、スープだけでもと言っていたメイドの言葉を思い出し、何か言われる事を面倒に感じた彼女はスープを二度程口にして食事を終えた。
そして、結局何一つ考えが纏まらぬまま深夜を迎え、何だか急な睡魔に襲われたエリスはいつの間にかベッドの上でうたた寝をしてしまう。
皆が寝静まったであろう丑三つ時、ふと、何かの気配を感じたエリスは暗闇の中で、薄ら瞳を開ける。
すると、部屋の中に人が侵入して来ているような気配を感じた彼女は勢い良く身体を起こした。
「だ、誰!?」
恐怖から大声を上げると、すぐ側に居るはずの気配が動きを止める。
月が雲に翳っていたせいで部屋の中が暗かったものの、その翳りが徐々に晴れて薄らと月の光が窓から差し込んで来た次の瞬間、何かが弧を描くようにエリスの視界に映りこんで来ると同時に、
「きゃあ!?」
鋭い痛みが身体中を駆け巡った。
「な、んなの……?」
そして、完全に月の光が部屋の中を照らした事で、全身黒づくめの怪しい男が剣を手にして自分のすぐ目の前に立っている事と、今の痛みが右腕に剣の刃先が掠って切られた事だと知った。
「……だれ、なの……?」
「クソ! 薬で眠らせてるからその間に殺れって言ってたくせに、これじゃあ話と違うじゃねぇか! まあいい、悪く思うなよ? 恨むなら自分の運の悪さを恨みな、姫さんよ」
「……い、いや……」
黒づくめの男は一瞬焦りを見せたものの、すぐに態度を変えると刃先をエリスに向けながら一歩ずつ近づいて行く。
腕の痛みはあるものの、それよりも今この場をどう切り抜ければいいのか、傷口から血が流れ出ている右腕を押さえながらエリスは必死に考える。
(……私、殺されるの? 嫌よ……そんなの……っ)
二人の距離が縮まり男が剣を振り上げた、その時、側の棚に飾ってあった花瓶を手に取ると、エリスは男目掛けて勢い良く投げ付けた。
「うわっ!?」
すると運良く花瓶が男の腕に当たり、その弾みで持っていた剣が床に落ちる。
「このアマ! 何しやがる!」
男が痛がりながら剣を拾いあげようとする隙をついて、エリスは部屋から逃げ出した。
「はぁ……、はぁ……っ」
暫く男が追ってくる気配を感じていたものの、相手はこの辺りの地理をよく知らないのか、エリスを見失ってしまう。
そんなエリスは見つからないよう、上手く身を隠しながら森の中へと入り込んで行く。
気付けば陽は昇り、空は雲ひとつ無い程に澄んでいた。
エリスが逃げ込んだ森はセネルと友好な関係にあるサラビア国へと続く道でもあり、そこから船でどこか遠くへ行こうと考えたけれど、
(……そういえば私、お金なんて持ってない……しかも、こんな格好じゃ、人前にも出られないじゃない……)
森の中腹まで差し掛かり、男が追ってくる気配も無い事からようやく少し心の余裕を保てるようになったエリスは、改めて自分が置かれている状況を知ると絶望的な気持ちになった。
寝起きを襲われ怪我を負いはしたものの、何とか逃げ出す事に成功したエリスは何も持っては来れず、服はレースとフリルの付いた白いネグリジェ姿で、そのネグリジェも腕の傷口から流れ出た血で汚れているし、足元は靴すら履いていない状態。
とてもじゃないけれど、このような格好で人前に出る事など、出来る訳が無かった。
(でも、そんな事を言ってる場合じゃない……このまま森の中に居ても、助からない……)
どうすれば良いのかエリスが途方に暮れていると、草が生い茂る場所が風も無いのにガサガサと音を立てて動き出す。
「な、何?」
嫌な予感と共に音のした方へ顔を向けると、凶暴そうな野犬が姿を現した。
「……や、やだ……誰か、助けて……」
こんな所で助けを求めても誰も現れないと分かっていても、恐怖から思わずそう口にしてしまうエリス。
瞳に涙を溜め、野犬から目を離さぬよう、ゆっくりゆっくりと後退る。
(戻ったら男が仲間を連れて来るかもしれない……でも、前には進めない……)
ふと横に視線を移すと、獣道ではあるもののどこかへ続いていそうな小道を見つけたエリス。
(とにかく、逃げなきゃ……)
足元に落ちていた枝を拾い上げた彼女は野犬の少し横を目掛けて思い切り投げると、反射的に野犬が飛んでいく枝に視線を向けたその瞬間をついて、エリスは一目散に小道へと走り出した。
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