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「そ、それにしても征樹兄ちゃんがそんな親切に奨学金の世話をしてくれるなんてね。小野くん、君やっぱり見どころがあるんだよ。兄ちゃん、推し以外には何も興味のない人だから」
「見どころなんて。たまたまタイミングが良くて。それよりも歴史についての先生の考え方、素敵だなって思います……ん? 推しって何ですか?」
梗一郎も、これはきっと照れがあるのだ。
考えがとっ散らかっているのが分かる。
「いやぁ、君は見どころだらけだよ。いやいやぁ、俺なんて……ん? 征樹兄ちゃんの推しっていうのは、地元で活動してる地下アイドルトナリン☆トナリンのセンターのスター☆キラリンちゃんだよ」
「………………は?」
「トナリン☆トナリンのセンターのスター☆キラリンちゃんだよ」
「………………はぁ」
二回言った。
しかし梗一郎はポカンとしている。
「トナリン☆トナリ……」
「わあっ、もういいです!」
地下アイドルグループで活躍している「スター☆キラリン」ちゃんの熱心なファンであるという征樹は、元よりキャンプなどに来てはいない。
本日は大切なライブがあるのだ。
何でもこれまで推しに八百万円は課金したと豪語しているとか。
「はっぴゃ……?」
梗一郎が息を呑むのも頷けよう。
つまり、蓮の従兄は重度のドルオタなのだ。
オタクが講じて妙なプロデュース欲が生じ、蓮に服を買って押し付けてくるのが困りものだという。
「せ、先生の周り、変な人ばかりですね」
不思議そうに小首を傾げる蓮。
「そうかい? それを言うなら、君が一番変だけどね」
懐中電灯の灯かりが揺らぐ。
梗一郎が笑っているのだ。
「わっ、わっ! 何をするんだい」
長い指先が、蓮の頭をくしゃくしゃとかき回した。
「実はドルオタ変人中年従兄が、先生の頭をこうやって撫でるのにムカついてたんです。でも、何かもう一気に気が晴れました」
「ん? そうなのかい? 気が晴れたならよかったよ」
「……分かってないし」
「んん?」
「いいえ、何でも」
ところで先生、と梗一郎。
心配事がひとつなくなったためか、その声は爽やかに聞こえる。
「僕を見てムラムラするって本当ですか」
「わっ、わわっ!」
くいと腕をつかまれ、蓮はうろたえる。
星明かりに照らされた耳たぶは赤い。
「ち、違うよ。ムラムラなんてしてやしないよ。君もキャンプに参加するって聞いて、うれしいなって思っただけだよ。ほんとだよ」
「うれしいって思ってくれたんですね」
「そりゃ思うよ。うれしいなって思ってたら、この数日、君にキ……スされる夢ばっかりみて。だから」
「僕にキスされる夢なんてみてたんですか?」
「あうっ……」
墓穴である。
頬を真っ赤にそめながら、アワアワとうろたえるだけ。
声を詰まらせ、それから大きく息を吸う。吐く。
「だって……君が、その……何て言うか、その……強引にするから?」
「すみません……」
「あ、謝らなくていいから! その、俺もムラ……じゃなくてドキドキしたし。うれしかっ……たし?」
チラと見上げたものの、星明りを背負うかたちになるため梗一郎の表情は分からなかった。
「それなら、先生……」
「な、何だい?」
額にふわりと柔らかな感触が。
少しこそばゆい。
髪の毛が触れたのだと気付く。
もちろん、自分のものではない。
「それならもう一度、キスしてもいいですか?」