「お次はダンスタイムだ!踊れ!お前ら!」
海斗が火を点けたねずみ花火を次々と宙に放り投げる
バチッバチバチッバチ「キャー――――ッ!」
「何だこれはーーー」
あちこちで叫び声が瞬き、会場はパニック状態になった
松明の炎が煙に揺らぎ、スポットライトの光すら白い霧に滲む、隣に立つ人物の顔も見えないほど濃い煙が会場に蔓延し、観客達の興奮したざわめきは一瞬にして混乱の叫び声に変わった
「何だ、これは!」
「煙だ! 誰だ!?」
「空気を吸うな!」
「逃げろ!」
黒いフード達が慌てて右往左往し、マントを翻して逃げ惑う
今やジョンハンの余裕の笑みが消え、彼はステージの脇で咳き込みながら叫んだ
「用心棒!! 何が起こってる! 私を連れ出せ!」
力は煙の中で拘束された両手で口を押えて目を細めた、突然の混乱に戸惑いながらも状況を理解しようと必死だ
用心棒達が力の檻を離れ、雪崩の様に人が殺到している入口にジョンハンを連れて行く
「リキ!」
その時、拓哉の声が煙の向こうから響いた!間違いない!絶対音感を持つ力の心臓が激しく鼓動した
拓哉だ! この混乱は拓哉達が起こしているのか?
「拓哉っ! ここだ!」
煙の中を、拓哉、誠、海斗の三人が檻の前に現れた、みんなマントを着ているが確かにメンバー達だ
「ほら!檻の鍵!盗んで来たよ!」
「誠!」
「こっちだ!」
誠が素早く檻の錠前を開けると、力が飛び出して来た、拓哉が力の腕の結束バンドをナイフで切った、海斗はまだ別の発煙筒をポイポイ投げてさらに混乱を広げていた、煙はますます濃くなり、会場はまるで地獄のようなカオスに包まれていた
その時ジョンハンの冷徹な指示が飛び出す
「リキが逃げるぞ!仲間がいたのだ!絶対逃がすな!」
ジョンハンはマントを翻し、用心棒達に指示を飛ばす
拓哉は力を引っ張り、海斗が用心棒と殴り合いをしている
「みんな! 出口はこっちにもあるんだ!こっちだ!」
誠の誘導でブラックロックのメンバーは煙の中を必死で進むと大きな倉庫があった
「全員入ったか!!」
「倉庫を閉めろ!早く鍵を閉めろ!」
「行き止まりじゃねーか!どこに出口があんだよ!」
「バカ!上を見ろよ!」
絶望の中で一筋の希望を灯すように四人は上を見あげた、そこには人が一人通れるほどの通風孔があり、中には錆びついた梯子が地上へと伸びていた
狭くて暗いトンネルのような通路は、四人の心臓をさらに高鳴らせた
「早く! あいつらにドアを開けられるぞ!」
拓哉が低い声で怒鳴る、誠が唇を噛みしめながら梯子に手をかけた、その後に海斗が続いた
「力!先に行け!」
拓哉が決意に満ちた声で言った、力の先に梯子を登る誠と海斗がたちまち口喧嘩をしている
「お前、遅えんだよ! さっさと登れ!」
「うるさい! こんな狭いとこで急かされてもムリだろ!」
「いいから、集中しろ、捕まったら終わりだぞ」
力も歯を食いしばって錆びた梯子を必死で登る、梯子は彼らの重みで不気味にガタガタ揺れ、金属の擦れる音が闇に響いた
しかしずっと手首を縛られていた力の指は力が入らず、梯子の錆に滑り落ちそうになる
ズルッ・・・「くそっ・・・」
力が歯を食いしばってつぶやく、その時拓哉が下から言った
「疲れたら俺の肩に座れ!俺がお前を押し上げる!」
「拓哉・・・・」
「屁をこくなよ!」
ブハッ
「こかねーよ!」
その軽口に力は久しぶりに笑顔を浮かべた、本当に久しぶりに笑ったので頬の筋肉が痛かった、しかしすぐに表情を引き締めた、背後では、倉庫の扉を叩く鈍い音が遠く聞こえる、追っ手が迫っている
やっとの思いで梯子を登りきった先頭の誠が、頭上のマンホールに手を伸ばした、しかし重い鉄の蓋はびくともしない
「海斗!お前も殴れ!」
誠の叫びに海斗が素早く登り、二人で力を合わせてマンホールを押し上げた、海斗と誠の拳が蓋を叩き、ゴンッと鈍い音が響く
「どうして前もって開けとかないんだよ!」
「まさかここから出るなんて思ってなかったんだよ!」
ギャーギャー言い合う海斗と誠が、もう一度力を込めて汗と泥にまみれた手で蓋を突き上げると、突然夜の冷たい風が流れ込み、星が輝く夜空が現れた
「よっしゃ!!」
「出ろ!急げ!」
順番にマンホールから顔を出すと全員が地上の新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んだ、地上の澄んだ空気は、倉庫の閉塞感から解放された安堵を彼らに与えた
「力さん! みんな! 早く乗って!」
草むらの向こうからジフンの声が鋭く響いた
そこには彼が運転する黒いバンがヘッドライトを消して待ち構えていた、エンジンの低いうなりが夜の草原の静寂をわずかに破る
力は草に足を取られて転けそうになった、その時誠が後ろから力の腕を肩に担ぎ上げて再び走った
「ありがとう・・・誠・・・ごめんな」
疲労困憊の力は誠に微笑んだ、しかし誠は力の視線をフイッと反らして言った
「お願いだから僕に謝らないで・・・」
力はバンのスライドドアに飛びつき、転がるように車内に滑り込んだ
海斗は助手席に、拓哉が続けて乗り込み、誠がドアを引っ張って閉めた瞬間、それぞれが叫んだ
「全員乗ったぞ!」
「ジフン、出せ!」
「飛ばせ!」
ジフンの足がアクセルを力いっぱい踏み込み、バンは草むらを跳ねるように発進した、タイヤが地面を削り、土と小石が夜空に舞う
後方では、倉庫の扉が蹴破られる音が響いていた
力は車のシートにしがみつき、ハァハァと息を荒げていた、眩暈がして息が苦しい・・・
ハァ・・・「沙羅に・・・連絡を・・・」
力はその一言を言うのが精一杯の様だった
「力!大丈夫か!!」
「何かされたのかな?」
海斗が真っ青で脂汗をかいている力を心配そうに眺めている、拓哉がポケットからスマホを取り出して電話をかけはじめた
「もしもし!!真由美?力を助けた!沙羅そこに一緒にいる?」
電話の向こうでどうしてもっと早く連絡してこなかったと怒鳴る真由美の声がする、そして次の瞬間拓哉の声がひっくり返った
「なんだって?沙羅が韓国にいるって?」
「なんだと?」
ガバッと力が荒い息を吐いて起き上がった、しかしその顔は真っ青だった、全員がお互いの顔を見合った
「お前を探しにソウルに来てるって!それで俺達の社ビルの前で出待ちしているらしい!」
「沙羅さんを拾いに向かいます!!」
「あそこは今危険だ!」
ジフンの運転するバンは夜の国道を猛スピードで飛ばし、平昌の田園地帯からソウルの喧騒へと向かった
星空が車窓の外で流れ、車の振動がみんなの疲れ切った体を揺らす、力はシートに体を沈め、沙羅の名前を小さく呟いた
「沙羅・・・」
ソウルの江南区・・・
ファイブの社ビル前にある夜更けのバス停に沙羅はポツンと一人座っていた
後ろの大きな看板には等身大の力が映っている、沙羅は大きな参戦バッグを肩に下げてしょんぼりとしている
バッグには仲良くなったブラックロックのオタクの彼女達から貰った力のキーホルダーが風に揺れて、またまた貰った力の団扇の持ち手がバックからはみ出ている、沙羅が着ているTシャツは、これまた仲良くなった他の追っかけガール達から貰ったもので、黒地に力の顔が大きくプリントされている
バスの運行時間はとうに過ぎ、車通りがすっかり少なった通りのバス停にポツンと彼女だけがそこに座っていた、もうすぐここの電気も消えるだろう
その時、けたたましく沙羅のスマホの着信が鳴ったブラックロックの曲だった、画面を見ると真由美からだった
「もしも~し!」
『ちょっと!どうして電話に出ないのよ!何回かけたと思っているの?気が狂いそうだったわ!今どこにいるのよ?』
沙羅が笑って言う
ペラペラ・・・
「ファイブの社ビルの前よ、それがね~充電が切れたんだけど、日本の充電器が使えなくて盲点だったわ~、でも便利なのよ~、韓国のダイソーにモバイルバッテリーが売っててね、あっ、教えてくれたのは仲良くなった追っかけ高校生の女の子達なんだけどね、みんなとっても純粋でいい子なのよ〜♪で、いろいろブラックロックのグッズ貰っちゃったぁ~、彼女達は未成年だから帰っちゃったけど、私はもう少し出待ちしようかなって思って、もしかしたら拓哉君は社ビルに戻って来るかもしれないって、Xでブラックロックの追っかけコミニュティの投稿で・・・あっ、これも彼女達が認証して入れてくれた情報なんだけど――」
『バカバカバカ!沙羅のバカ!いい?そこを絶対動いちゃダメよ!!』
「バカってなによぉ~」
ムッとして沙羅は唇を尖らせた
『今拓哉達があなたを拾いにそっちに向かってるのよ!!』
パパ―――――ッパ―――――ッ「え?」
その時反対側にいる黒いバンが派手にクラクションを鳴らした
「さらーーー!」
ハッとして自分の名前を呼んでいる目の前の反対車線に停まっている黒のバンを沙羅は見た
誰かが窓から顔を出してこっちに手を振っている
拓哉が窓から身を乗り出し手を振っている、その隣から顔を出した人物を見て沙羅は目を疑った
「え?力?りきーーーーーっっ?」
「沙羅!」
力の声はかすれていたが、愛する人の名前を呼ぶ力強さが込められていた、沙羅は弾けるように立ちあがった
「きゃーーー! うそっ! 力!?」
沙羅の目から涙が溢れ、驚きと喜びで顔がくしゃくしゃになったと思ったら危険も顧みず、6車線の道路を全速力で横切った、クラクションが鳴り響き、車が急ブレーキを踏むが、彼女は構わず走って横断する
―パパ――ッ!―
「力!力!」
沙羅の叫びが夜空に響き、海斗がバンの扉を勢い良く開けた、沙羅はバンに飛び込み、目の前に座っている力に抱きついた
「力! 力! ああっ!力!やっと会えた!」
沙羅の声は涙で震え、愛しい力の胸に顔を埋める、力も沙羅を強く抱きしめてボロボロの体で沙羅の温もりを感じた
二人の涙が混じり合い、車内に静かな嗚咽が響く・・・
拓哉、誠、海斗、ジフンは黙ってしばらくその光景を見守った
グスッ・・・「これからはあなたにもGPSつけるから!」
沙羅はゴツンと自分のおでこで、力のおでこを頭突きした
力はハハッと笑ったが、自分を探しにここまできた沙羅に内心は感動していた、やっと巡り合えた二人は再会の喜びに涙した
クスッ「そのTシャツ・・・何?」
力は沙羅の着ている、自分の顔がプリントされたブラックロック公式Tシャツを指差した
グスッ・・・「ああ・・・これ?話せば長いの」
「飛ばせっ!ジフン!」
「行きますよ!!」
ジフンはハンドルを握り、アクセルを全開に踏んでバンを再び走らせた
力と沙羅・・・そしてブラックロックの仲間達は、今まさにどんな困難にも立ち向かえる絆で結ばれていた
韓国の曇り空の下、星は見えないが、確かに彼らの希望の一番星が静かに輝いていた