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【韓国・釜山港】
霧の釜山港のライトは滲む様にぼんやりと辺りを照らし、海面に揺れるオレンジ色の月が今は静かに反射している
巨大なコンテナ船やフェリーが並ぶ埠頭の喧騒は、夜の帳が下りると供に静まり、遠くで船の汽笛が低く響く・・・
力達を乗せた豪華フェリー船「パンスターミラクル号」が釜山港から大阪南港に向けて約19時間の旅路を進むため、 静かに港を出発した
深夜便のこの船が進むにつれ、外海は荒波がうねり、船体が時折大きく上下に揺れる、甲板に立つと、黒い海面が白い波頭を立てて唸り、船は荒々しく揺れ動きながら突き進む
ここではイジュンの荷物からあらかじめ力のパスポートを抜いて持ってきた、ジフンが大活躍をした
夜の港の税関は飛行機ほど厳重ではない、もっと平たく言えば出国手続きなど無きに等しく、チェックを素早く済ませた一行はなるべく人目に付かぬ様、急いで船室に身を隠した
力は重体で、意識が朦朧とした状態で拓哉と海斗に支えられながらベッドに横たわっていた、彼の顔は青白く、額には汗が滲み、今は意識不明で、時折うわ言を呟く・・・沙羅は力のそばに寄り添ってずっと彼の手を握りしめていた
船室は簡素だが清潔で、白い壁と小さな丸窓からは闇の海しか見えない、船の揺れがベッドを微妙に揺らし、まるでこの逃避行の不安定さを象徴している様だった
ガチャ
「沙羅さん・・・力さんの様子、どうですか?」
ジフンがミネラルウォーターのボトルを手にドアを開け、息を切らせて入ってきた、彼の表情も疲れが見え、頬は冷や汗で光っていた
沙羅は力の額に手を当てて震える声で答えた
「熱がすごく高いわ!それでさっきから―」
彼女の言葉が途切れた瞬間、力が突然ベッドの上で身を起こそうとした
「沙羅!!」
力の声は、こん睡状態とは思えないほど鋭く響いた
「どこにいる!沙羅っっ!」
「ああ・・・まただわ!」
沙羅は涙をこらえきれず力の肩にしがみついた
「力! 力! 私よ! 沙羅よ! あなたの傍にいるのよ!」
沙羅の涙声は切実で船室の狭い空間にこだました、しかし、力はまるで傍にいる彼女に気付かず、ずっと叫んでいる
「やめろ! ここから出せっ!」
力の目は焦点を失って虚空を見つめていた、まるで今だにジョンハンの地下要塞の暗い檻にまだ閉じ込められているかのように、沙羅は必死で力を抱きしめる
「ああ! 力! しっかりして!お願いだから横になって、起き上がらないで!」
「僕に触るなっ!!」
ジフンが青ざめた顔で割り込んだ
「と・・・とにかく大阪港に着いたらすぐにお医者様に診せましょう!」
ジフンは力の状態に動揺しながらも泣きじゃくる沙羅を落ち着かせようと必死だった、力の顔は真っ青で唇は乾き、頬はこけているのに目だけはギラギラと獣の様に血走っている
車で逃げていた時はまだ力は意識がしっかりしていたのに、船に乗ってベッドに横になった途端、高熱にうなされ始めたのだ、沙羅は力の頭を掻き抱きながら涙を流す
「ああっ! かわいそうに! 何日も閉じ込められて、すっかり痩せてしまったわ! 何か大変な病気にかかったのかしら? 力! かわいそうな力! どうしようっ! どうしたらいいの? いったい力は何をされたのっっ?」
その時、船室の隅で静かに立っていた誠が口を開いた
「薬物を打たれた事による一時的な意識障害だよ・・・」
誠の声は低くどこか冷ややかだった、沙羅とジフンがハッと振り返ると、誠は力の様子をじっと見つめていた
「ジョンハンが良く使う手なんだ・・・大丈夫、一日もしたら薬は体から抜けるから、水を沢山飲ませて・・・トイレに頻繁に行かせて」
沙羅は誠を見て目を丸くした
グスッ・・・「誠君・・・それは本当なの?力は大丈夫なの?」
誠は苦しげに唇を噛んで目を逸らした
「うん・・・僕も打たれた事あるから・・・大丈夫だよ」
誠の言葉はまるで過去の傷を抉る様に悲しみに満ちていた、彼はそれ以上何も言わず、静かに船室を出て行った、沙羅は訳が分からず混乱した
「沙羅」
その時入口のドア枠に腕を組んで立っていた拓哉が鋭く呼びかけた、彼の目はどこか深い悲しみを湛えていた
「全て話すからちょっと来てくれ」
沙羅はゴクリと唾を飲んだ、彼女の心臓は不安で早鐘のように鳴り、船の揺れと相まって、まるで世界全体が不安定に揺れているようだった
それでも力の傍を離れるのは心配で、ジフンを見ると彼は温かい目でコクンと頷いた
「力さんのパスポートをあんな偽物に使わせたくなくて・・・僕が持っていてよかったです、大丈夫・・・力さんは僕が診てますよ、目が覚めたら呼びに行きます」
・:.。.・:.。.
「パンスターミラクル号」の甲板には、冷たく鋭い海風が吹きつけているので誰も人はいなかった
拓哉のロン毛と海斗のTシャツが風になびいている、三人は展望スペースの青いプラスチックの椅子に座り、沙羅は拓哉と海斗から全てを聞かされた
ジョンハンの悪事、力の監禁、ブラックロックの危機・・・
時折信じられない話の展開に、沙羅の心が折れそうになって気弱になる瞬間もあったが、力を理解したい一心で口を挟まず、ただ無言で彼女は二人の話に耳を傾けた
拓哉が言った
「誠は・・・ブラックロックを抜けると言ってる」
「そんな!」
沙羅はハッと口を押さえ、目を見開いた、風が彼女の声を奪いそうだったが、驚愕は隠せなかった、拓哉は目を細め、荒れる海を見据えた
「ジョンハンの地下要塞・・・あそこはただの別荘やパーティー会場じゃない、人身売買、違法な実験・・・ジョンハンは裏でそんなビジネスを動かしてた、力はそこに閉じ込められて売られそうになってた、俺達が助け出した時はもうボロボロだったんだ、誠はずっと、何年も前からジョンハンの悪事を知ってたんだ・・・」
海斗が拳を握り、風に負けじと声を上げた
「でも! 誠も当時16歳だったんだぞ!誰も味方はいなくて抵抗したら殺されてたかもしれない! 黙ってジョンハンに従うしか道がなかったんだよ!」
拓哉が首を振って続けた
「俺も誠に同じ事を言ったさ、たとえ芸能界を辞めたとしてもジョンハンは口封じに誠に何かしたはずだ、でもアイツは言うんだ、黙認は犯罪に加担したも同然だって、ケジメをつけたいそうだ・・・」
拓哉の声は低く・・・苦しげだった、海斗の眉間に刻まれた深い皺は、誠の重荷を共有する痛みを映していた、沙羅は言葉を失った・・・
誠が長年背負ってきた苦しみを想像すると、胸が締め付けられて息をするのすら苦しくなった
沙羅は思い出していた・・・
力の家で過ごしている誠は良く笑っていた、メンバーで一番楽しそうにしていたのは彼だった、心から幸せそうに見えた、音々にもとても優しくしてくれて、音々がメンバーで一番好きなのは誠だと言っていた
ワールドツアー前のあの1か月、力の家で沙羅達と過ごした日々・・・脅威から解放された幸せな時間は誠にとって宝物だったのかもしれない
それを思うと沙羅の心は切なくなった、話が終わり、船内のロビーに戻ると、誠がソファーに座っているのを見つけた
蛍光灯の光が彼の青白い顔を照らし、俯いた誠の姿は小さく・・・打ちひしがれた小さな少年のようだった
「誠君・・・こんな所にいたのね・・・」
誠は顔を上げて沙羅を見上げ、か細い声で言った
「ぼ・・・僕・・・日本に着いたら自分で警察に行くから・・・」
誠の目は潤み、言葉を続けるのがやっとの様だった
「君達に・・・絶対迷惑はかけないから・・・」
沙羅の心が締め付けられた
もし音々が・・・幼くして誠君の様な境遇に置かれたら私はどうしていただろう・・・
善悪を教えてもらえる大人は周りにいなく・・・歪んだ常識だけを叩きこまれて、洗脳されて行く・・・
それでも彼は何とか不遇の境遇でも自分なりに一番良いと思う選択をして生き延びてきたのだ・・・
沙羅は無意識に一歩踏み出し、誠をそっと抱きしめた
「今まで辛かったね・・・もう自分を責めないで・・・」
沙羅の声は優しく、まるで母のような包容力で誠を包んだ、誠はしばらく何をされているのか分からないような感じだったが、やがて誠は沙羅の腕をぎゅっと握って嗚咽を漏らした
ヒック・・・「ウッ・・・ウ~・・・」
誠の泣き声は、長い間抑え込んできた痛みが解放される音だった、沙羅は彼の背を優しく撫で、ただ寄り添った・・・
沙羅の心は、誠の苦しみを癒したいという強い願いで満ちていた、その時ジフンがロビーの隅から近づき、目に涙を浮かべながら言った
「これから大きな犯罪を暴露することになるでしょう・・・でも・・・全て明るみにしましょう・・・辛い事実だからこそ、真実に勝るものはありません・・・告げ方やタイミングは僕達で慎重に考えましょう・・・これ以上犠牲者を出さないために、誠さん・・・出来る事は全部やりましょう」
「ジフン・・・」
彼の声は力強く、誠への深い信頼を込めていた、その時海斗がやってきて言った
「俺達は仲間だろ!誠!」
海斗の横で拓哉が頷き、力強く付け加えた
「やっぱり ブラックロックを抜けるなんて許されねぇな!」
彼らの目は誠を見つめて仲間を失いたくないという熱い思いが溢れていた
ヒック・・・「拓哉・・・海斗・・・ジフン・・・こんな僕でも・・・いいの?」
ハラハラと流れ落ちる誠の涙は・・・彼の心の重荷を洗い流す様だった
沙羅は思った、そんな状態の隷属された時代を彼は生き残ったのだ・・・誠は本当は強い人間かもしれない・・・
どんな闇に縛られても・・・誠が仲間や力を大切に思う心は折れなかった
沙羅の寄り添う心、拓哉とジフンと海斗の誠への深い絆が、彼に告白の勇気を与えていた
グスッ・・・「やり直しましょう・・・今度こそ・・・明るいお天道様を見上げて、堂々と生きて行きましょう!」
ジフンが銀縁眼鏡を外して、ぐいっと涙を拭いて言った
誠は流した涙を拭きもせず、眩しく輝く仲間達を見つめた・・・ロビーの光が彼らの顔を照らし、まるで希望の灯りのようだった
船室の窓から明け方の光が部屋に差し込む頃・・・
荒波を往く船が船室を上下に揺らす、沙羅は力の手を握ったままベッドの端に突っ伏し、疲れ果てて眠りに落ちていた
「・・ら・・・沙羅・・・」
誰かの優しい囁きが沙羅の耳に届いた、ハッと目を開けるとすぐ傍で力がじっと彼女を見つめていた
青白かった顔にわずかな血色が戻り、瞳には再び優しいいつもの力の光が宿っている、沙羅は息を呑んでガバッと飛び起きた
「リッ・・・力!」
声が震えて喜びと驚きが混じる
「目が覚めたのね? 大丈夫? どこか痛いところない?」
力は弱々しく微笑み「うん」と小さく答えた、沙羅は慌てて彼の額に手を当て熱を確かめた
「まぁ! 力! 熱が下がってるわ!」
沙羅の声は弾み感動が胸を熱くした
「私がわかる? 今までの事覚えてる?」
思わず力を見る視界が涙で歪む、力はニッコリと笑い、再び「うん」と頷いた
その笑顔はたしかに沙羅の愛した力の笑顔だった、沙羅は感動の波に飲み込まれ、力に抱きついた
「ああ! 力! 力! よかった! よかったわ!」
沙羅の声は嗚咽に変わり涙が頬を伝った、力もまた沙羅を強く抱きしめた
「沙羅・・・」
二人はベッドの上でしばらく抱き合った、関西空港での別れから長い空白を埋めるように、互いの温もりを感じ合った、沙羅の心にドッと幸福感が溢れる
力がそっと顔を引いて涙に濡れた沙羅の額の髪を優しくかき分けた
「君は・・・僕を探しに・・・海を越えて韓国に来た・・・」
力の声は低く・・・感嘆に満ちていた、沙羅は涙を拭って笑顔で応えた
「だって! だって・・・私達は夫婦ですもの・・・」
そこで言いかけて、沙羅が頬を染めてほらっとばかりに『エターナルプロミスリング』を力に見せた
「八年前はあなたに捨てられたってただ泣いてただけだったけど・・・今度はあなたがどこに行っても追いかけるつもりだったの!」
ポロポロ涙を流す
ヒック・・・「嫌われても・・・嫌がられても、もう一度好きになってもらおうって・・・努力しようって・・・」
沙羅の顔は笑顔で愛と決意が溢れていた、力はもう一度沙羅を強く抱きしめた、感動で心が震える
「ああっ沙羅ッ!君ほど貴重な女性はいない!」
「力!力!」
グス・・・「何度も・・・もう二度と君に会えないかと諦めかけた・・・諦めなくてよかった・・・」
力の目にも涙が光っている
「力! 力! 私達は夫婦よ! もう絶対離れないわ!」
「僕もだよ!沙羅!力がまだ入らないんだ、もっと強く抱きしめてくれ」
力の声は力強く、生きて再び会えた奇跡を確かめるように、二人は長い間ぴったりとひっついて、このまま溶けてひとつになってしまうほど、互いの体を抱きしめて幸せに浸った
・:.。.・:.。.
【日本・大阪南港】
「パンスターミラクル号」が翌日、夜の大阪南港に滑り込んだ頃、港は穏やかな波が岸壁に寄せる静かな風景を映していた
巨大なフェリーが停泊する埠頭には、コンテナやクレーンが港のライトを浴びて輝き、遠くでカモメが鳴いている
港の空気は塩気と清涼感に満ち、夜でも到着した旅人や貨物を迎える賑わいが感じられた
埠頭には特別な再会を待つ人々が集まっていた
健一、音々、真由美、陽子が、力と沙羅達を待ちわびていた、船が接岸してタラップが降ろされると、拓哉が先に降り立った、真由美が彼を見つけるやいなや、駆け寄って声を張り上げた
「もうっ! 全然連絡なくてどれだけ心配したと思ってるの? 何考えてんのよっっ!」
彼女の声は怒りに震えていたが目は心配と安堵で潤んでいた
ムカッ「なんだよ・・・俺だって君に心配かけたくなかったんだ! 何かキチンと証拠を掴むまで連絡は最小限にだなぁ・・・」
彼の声は言い訳がましく、しかしどこか照れくさそうだった、突然真由美がグスッと鼻をすすり、口を押えて泣き出した
グスッ・・・「もうっ・・・!」
俯いて泣いている真由美の肩が震えている、ショートカットの真由美の綺麗なうなじが丸見えだ
以前から拓哉はこの真由美の色っぽいうなじを盗み見するのが好きだった、今拓哉は目を丸くして彼女の泣き顔にただ驚いていた
一瞬で拓哉の頬がピンクに染まり、照れ隠しにポリポリと頭を掻いた
「あ~・・・なんだ・・・その・・・」
言葉に詰まりながら、拓哉は意を決したように真由美を抱きしめた
「泣くなよ・・・」
真由美は素直に拓哉の胸に顔を埋め、両手が彼の腰に回された、拓哉は真由美の頭のてっぺんに軽くキスをした
二人の姿にブラックロックのメンバーたちはニヤニヤしながら見て見ぬふりをした、まったく真由美に相手にされていなかった拓哉の恋心が少し前進した様で、ジフンと海斗が肩をすくめ、ずっと笑顔がなかった誠もこれには小さくフフフと笑う
港のライトが彼らの絆を温かく照らしていた、その時甲高い声が響いた
「パパーー!」
健一と車から降りて来た音々が、小さな足で笑顔を振りまいて駆け寄って来る
力がしゃがんで両腕を広げると、音々はピョンと彼の胸に飛び込んだ
暖かい小さな手足が力にぎゅっと巻きつく、力は放心したように必死で娘を抱き上げた
音々の小さな心臓と力の心臓がぴったり重なり合う、音々の体温に、鼓動に、今までにない安心感と信頼が絵の具の様に広がっていく、離れてからずっとこわばっていた力の心がやっと今軽くなった
沙羅は後ろで涙を拭って微笑んでいる、音々が少し顔を離して力に優しく囁いた
「おかえりなさい、おうち帰る?」
その無垢な声に瞳がぎゅっと閉じられ、一層強く音々を抱きしめ、力は一粒美しい涙を流した
そしてそっと音々の耳元で囁いた
「ああ・・・うちへ帰ろう」
・:.。.・:.。.
港の一筋のスポットライトが彼らの背を照らし、長い試練を乗り越えた家族の絆を祝福するようだった