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◻︎急接近!
壇上では、あの夜に会った男性が話している。
スポットライトは、半分くらい。壇上のスクリーンに映された写真に沿って話が進んでいく。
なにやら、ジャーナリズムとヒューマニズムと、なんだっけ?
_____聞きやすい声だよなぁ
講演会が始まる前に、一言だけメッセージを送った。
〈楽しみにしています〉
《美和子さんが見ていると思うと、少し緊張しますね》
なんだろう?
もうこの返しだけで、ドキンとする。
きっと特別な意味なんてないのに。
客席を見渡すと、大学生や主婦や会社員らしき人、いろんな人がいた。
8割くらいの席が埋まっている。
1時間ほどで、講演は終わった。
「雪平さーん、これ!」
「雪平さん、これも!」
客席から何人かの主婦らしきグループが、花束や差し入れのようなものを雪平に渡しているのが見えた。
_____なんだか、タレントさんみたい
私はそのまま席を立って帰ろうとした。
「田中さん!田中美和子さん!ちょっと待ってください」
大きな声で私を呼ぶ雪平さん、、それもフルネームで。
「え?私ですか?」
振り返ったら壇上から降りてこちらにくる雪平さんが見えた。
雪平さんのファンらしきグループは、遠巻きにこちらを見ている。
刺すような視線が痛い。
「よかった、見つけられて」
「あの…」
「これから少しお時間ありますか?」
「え?」
それよりも私は雪平さんの後ろからの視線が気になってしまう。
「すぐにメッセージを送るので、じゃあ」
それだけ言うと、雪平は戻って行った。
「なんなの、あの人、雪平さんに呼び止められるなんて!」
「知らないんじゃない?雪平さんには私たちみたいなファンがいることを。あんなふうに抜けがけされるとちょっとね…」
聞こえている。
芸能人でもあるまいし。
それに声をかけてきたのはあっちからだ。
グループの声を無視して出口に向かった。
ぴこん🎶
《これから少し、お時間、ありませんか?》
雪平さんからだった。
続けてもう一通届く。
《お食事でもどうですか?》
〈はい、行きます〉
まだ時間は早い。
晩ご飯だけ食べよう、家族のご飯はお惣菜かテイクアウトにしようと瞬時に決めた。
裏口にまわって、雪平さんが運転する大きなSUVに乗せてもらう。
「なんだか緊張します」
「そうですか?そんなに緊張しないでくださいね。何か食べたいものはありますか?」
雪平が連れて行ってくれたのは、個室がある和食屋さんだった。
「あの、よかったんですか?たくさんの人たちが雪平さんを待ってたようですけど」
さっきのファンらしき人たちのことを聞いてみた。
「あー、あの方たちは10年くらい前から僕を応援してくれてる方々なんですよ。昔は保護者会などでも講演をさせていただく機会がありましてね。そこからですね」
「まるでタレントさんのようでした」
「キャスターをしてた頃からですからね、少しだけ顔が売れたので、その名残りですね」
雪平さんが注文したのは、京懐石料理のコースだった。
色とりどりに盛り付けられた料理は、食べるのがもったいないくらいだ。
個室なので、音も遮られてゆっくりできる。
「綺麗!いただきます」
「いただきましょう」
家庭用よりは、少し長いお箸を器用に使って丁寧に食べていく雪平さん。
「食べ方もスマートですね?」
「そうですか?ありがとうございます。たまーに、食レポもありましたからね。少しは練習しましたよ」
「誰かに見られるというのは、自分を磨くキッカケにもなるんですね」
「そうですね、それは身だしなみや所作だけではなく、たとえば作品とかもですよ。どうですか?進んでますか?執筆は」
「あ、おぼえてました?書き出しが決まらなくて。ゴールはなんとなく決めてあるんですけど」
「そうですか。でも、そんなに急いで執筆しなくてもいいですよ。それを理由にして、こんなふうに食事に誘えなくなってしまいますから」
_____理由?
「そうだ、食事に誘ってくださったのは、小説の話があったからですか?」
「そういうことにしておきましょうか。何か理由がなければ女性を食事に誘うのは至難の業ですからね」
どきん、と胸の奥で何かが小さく爆ぜた。
「では反対にお聞きしますが、美和子さんは何故、食事の誘いを受けてくださったんですか?」
「え?あ!えっと…興味です、雪平さんに対する」
「興味、ですか?僕に?」
「はい。変な意味ではありません、興味は好意の始まりだと友達も言ってましたから」
「そうですか、好意の始まり…いいですね。では、僕も正直に言いましょう。僕も美和子さんに興味があったからお誘いしたんですよ。この前話して、それから少しメッセージをやり取りして、もっと話してみたくなりました。それが正直なところです」
_____うわ、ヤバい、これはもしかして…
顔が熱くなってくるのがわかる。
真っ赤になってるんじゃないだろうか?
「どうでしょうか、これからも個人的にこんなふうにお付き合いしていただけませんか?もちろん、美和子さんが迷惑でなければの話ですが」
「はい!もちろんです、お願いします」
思いもかけない成り行きに、心の中でポップコーンが弾けるように拍動した。