テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
その光景はおぼろづきから二キロ離れた脱出用ボートの上からもはっきりと見て取れた。おぼろづきはその艦首を深くクラーケンの本体に食い込ませたまま、甲板上の構造物をほぼ全て跡形もなく失い、ブリッジのあった場所からもうもうと真っ黒い煙を上げていた。
乗員たちはショックで口もきけず、それぞれのボートの上で呆然と座り込んでいた。女性乗員の多くは周りをはばかろうともせず、声を上げて泣いた。
クラーケンの大和型砲塔はさらに一度火を噴いて、おぼろづきの艦体後部を破壊したが、コアに突き刺さった艦首部分を取り除く事は出来ずにいるようだった。
おぼろづきの艦首が突き刺さったまま、クラーケン本体はゆっくりと海面上を再び移動し始めた。上空に残ったプテラノドン級翼竜が十数体、雄平たち脱出した乗員が乗っているボートの方へ向かって来た。
彼らが一瞬死を覚悟した時、低く垂れこめた雲の中からジェット戦闘機が二十機、次々と姿を現した。一見F-35に似た形の機体の表面は黒っぽい塗装で覆われ、二本の垂直尾翼の外側には、鮮やかな紅色の星が一つずつ描かれていた。
「中国の戦闘機か?」
ボートの上で腰をかがめて立ち上がりながら雄平は空を見上げた。
「どうしてこんな所に?」
その戦闘機群は四方八方に散開すると、高速でアクロバット飛行のような動きをし、迫ってくる翼竜を次々とミサイルで撃ち落とした。あれではパイロットが失神してしまうのではないか、と雄平が心配した時、隣で双眼鏡で空を見ていた女性乗員が驚愕の声を上げた。
「何? あの戦闘機、コクピットが無い!」
「え? そんな馬鹿な」
そう言った雄平にその女性乗員は双眼鏡を差し出す。雄平は両目にあてて空を見上げた。最初は動きが早くてよく見えなかったが、たまたま正面からまっすぐ雄平たちの方へ飛んで来た一機の形状を観察する事が出来た。
細長い台形の水平主翼と水平尾翼、外側に斜めに傾斜した二本の垂直尾翼。機体は小ぶりだが、F-35と違ってエンジンの噴射ノズルは横に並んで二基、いわゆる双発だ。
そして本当に、その機体にはコクピットらしき部分が無かった。本来なら操縦席の窓がある辺りはそのまま円錐型に尖っていて、パイロットの体を収容する構造が無い。雄平は驚きの声を上げた。
「まさか。プロペラ機や偵察機ならともかく、ジェット戦闘機を無人化なんて、どこの国が成功していたんだ?」
翼竜を一掃した戦闘機群は陸の方へ進路を変え、次々と雨雲の中へ飛び去って行った。入れ替わるように、重々しいプロペラの回転音が響き、四発のプロペラを備えた大型の飛行艇が五機、雄平たちのボートに向かって飛来した。雄平の後ろのボートから誰かが叫んだ。
「US2だ! 海自の救難部隊だ。助かった!」
US2飛行艇はボートから少し離れた海面に着水し、主翼下のフロートでそのまま水上に浮き、プロペラを回してボートにゆっくりと接近した。
飛行艇の側面の扉が開き、中の乗員が円筒形の銛撃ち銃のような物から長いロープを各ボートに向けて飛ばした。ボートの上の乗員がロープを掴むと、そのままロープを引き寄せてボートごと機体に引っ張る。
雄平のボートもUS2の一機に手繰り寄せられ、乗員は全長、全幅ともに三十三メートルの大きな機体の中に一人、また一人と収容されて行った。やがて小型の救難ヘリ三機も現場上空に到着した。
「おぼろづきの副長はいらっしゃいませんか? この中に副長の日野三佐はいらっしゃいますか?」
US2の乗員の一人が、おぼろづきの乗員を機内に引っ張り上げながら大声で問いかけ続けていた。雄平は機内に足を踏み入れると同時に答えた。
「自分が副長の日野三佐だ。何か?」
US2のまだ若い乗員は急いで敬礼して雄平に告げた。
「ペンドルトン提督からの伝言です。守山艦長もしくは日野副長のどちらかに、自分の所へ来てほしい、との事です」
「空母エヴィータに?」
「いえ、提督は現在、日本近海にいる万能艦隊八号艦に乗艦なさっています。お疲れでしょうが、もし負傷しておられなければ……」
「分かった。こっちに支障はない」
雄平はUS2の乗員の言葉を遮ってうなずいた。それから小型のゴムボートに再び乗り移り、救難ヘリの一機にワイヤーで吊り上げられて収容され、そのヘリで沿岸の方向へ空輸された。
ずぶ濡れになった制服を用意されていた代わりと着替えながら、雄平はヘリの窓越しにその艦を見た。斜め上から見える艦体は、奇妙な形をしていた。
飛行甲板らしき部分が左右に離れて二つあり、ブリッジらしき構造物が真ん中でそれらをつなぐ様にまたがって存在している。どうやら船体を二つ並べてその上だけをつないだ、ダブルハルという構造の様だ。
飛行甲板の一つは先端がスキージャンプの滑走台のように途中から斜め上に傾斜している。もう一方の飛行甲板の端っこにF-35が一機駐機していた。雄平はその機体に見覚えがあった。駆逐艦メコンの搭載機だ。おそらくペンドルトン提督をここまで運んで来たのだろう。
雄平の乗ったヘリが着艦のため旋回を始めた。雄平は窓のガラスに顔をへばりつける様にして艦体を見つめた。右舷横腹に「HIMIKO」という白い文字。
「ヒミコ……邪馬台国の女王卑弥呼の事か? じゃあ、あの艦は日本の?」
ヘリが方角を変え今度は左舷の文字が目に入る。「UNN-08」。間違いなく万能艦隊の構成艦だ。やがて救難ヘリは片方の飛行甲板に着艦、雄平をその艦のクルーに引き継いですぐに飛び立った。
雄平を迎えたのは面識こそなかったが、確かに海上自衛隊の隊員たちだった。ブリッジらしい真ん中の構造物の中に入ると、廊下でペンドルトン提督が待っていた。
「ミスター・ヒノ!」
大声でそう言って駆け寄ってくる提督に雄平は反射的に敬礼した。提督はおざなりな敬礼を返して、雄平の肩を両手で掴んだ。
「あなたが来たという事は、キャプテン・モリヤマは負傷したのですか? 容体はどうなのです?」
「は! 守山艦長は、艦と……」
そこまで言って雄平は、思わず声が詰まった。頭を軽く振って迷いを振り払い、言葉を続けた。
「艦と運命を共にされました!」
一瞬何が起きたのか分からなかった。雄平の頭全体が何か温かく柔らかい物にすっぽりと包まれた。提督が自分の体を抱きしめたのだという事にやっと気づいた。こんな時だというのに、女性特有の甘ったるい香りがした。
「よくがんばってくれました……よくやってくれました」
提督はそう繰り返し、体を離して早口で雄平に言った。
「とにかくブリッジへ。クラーケンの現状を出来るだけ詳しく教えて下さい」
操舵室へ向かう途中、雄平はクラーケンとの遭遇からおぼろづきの最期までの経緯を提督に説明した。操舵室のドアを開け中に入ると、艦長席にいた長身の上官が椅子から立ち上がって迎えた。雄平はその人物を知っていた。敬礼をしながら艦長らしき人物にあいさつする。
「日野三佐、提督の命令により出頭しました。失礼ですが、富岡一佐でいらっしゃいますか?」
「ほう、俺を知っているのか?」
「お顔とお名前だけは。確か守山艦長の同期の方かと」
「ああ、惜しい男を失くした。俺に一杯おごるという約束果たせないまま行っちまいやがって」
「ですが一佐は数年前退官されたと聞いておりましたが」
「表向きはそういう事にしたのさ。なにしろこの艦は政治的に一番厄介な代物だからな。それもあって万能艦隊への合流が予定より大幅に遅れていたんだが、今回はそれが幸いした。上海に向けて横須賀基地を出た直後に、おぼろづきからの緊急信号を受信して駆けつけたというわけだ」
「この艦は空母でありますか?」
「それについては私から説明しましょう」
流暢な日本語で雄平の後ろから声をかけてきた軍人は中国軍の制服を着ていた。
「人民解放軍空軍から派遣された楊学良大佐であります」
プロレスラーのようながっしりとした体格のその人物は雄平を艦内モニターのスクリーンの一つの側に行くよう促した。そこはこの艦のハンガーベイらしく、さっき見た黒っぽい戦闘機が並んで整備を受けている場面が映し出された。
「殲撃三十二型、あなた方西側諸国がJ-31と呼んでいた、わが国独自開発のステルス戦闘機を空母搭載用に改良した機体だ。今はJ-32と呼ばれている。そして日本のロボット技術で無人化した最新型だ」
「し、しかし」
雄平は信じられないという表情で問い返した。
「哨戒機や偵察機ならともかく、ジェット戦闘機を無人で遠隔操作するなんて、可能なのですか?」
「それについては、こちらにお世話になった」
楊大佐が右手の親指で後ろを指差す。いつの間にか、雄平を同じ年頃らしい士官が近づいていた。そして少しおどけた口調で敬礼しながら雄平に言った。
「アンニョンハセヨ」
その時雄平は彼が来ているのが韓国軍の士官用制服である事に気づいた。
「大韓民国海軍、作戦司令部付、金津宇少佐です。わが国のコンピューター技術でJ-32をコントロールしています。無人、遠隔操作での、超音速でのドッグファイトも可能にしました」
提督と話し終わった富岡艦長が雄平に再び声をかけた。
「中国が空母の基本設計を提供し、艦体は三国で共同して建造。中国のステルス戦闘機を日本のロボット技術で無人化し、韓国のIT技術でコントロール。この艦は日本、中国、韓国が協力して造り上げた、世界初の無人戦闘機専用空母。国連海軍東アジア・ブロック代表、日本国海上自衛隊所属、空母ヒミコ。日野三佐、戦場から戻ったばかりで悪いが、クラーケンの状況を詳しく知るために、このままこの艦で任務に就け」
「了解です。守山艦長と玉置一尉の仇を取るお手伝いをさせて下さい!」
「キャプテン・トミオカ。この艦に私用の席はありますか?」
不意にペンドルトン提督が話に割って入った。富岡艦長は一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに姿勢を正して返答した。
「もちろん用意してあります。本隊には戻られないのですか?」
「本隊に戻っている時間が惜しいのです。私を乗せてきたメコンの搭載機はすぐに帰還させて下さい。この艦を臨時の旗艦として、私がここから指揮します」
「了解しました。誰か! 提督の席を用意しろ」
富岡艦長が野太い声で命じると、ブリッジの手の空いている乗員が数人、壁に駆け寄って座席と様々な小型モニターやパソコンのキーボードが埋め込まれた半月型のコンソールをセットした。
「ミスター・ヒノ。あなたは私の横にいて下さい。クラーケンに関する情報を直接私に」
提督が自分の席に座り、様々な装置を起動させる。飛行甲板からF-35Bがコクピットの後ろの機体表面の一部を上に開き、垂直離着陸用のファンを吹かして飛び去った。
やがて万能艦隊本隊との通信が整えられ、空母ヒミコのブリッジ内の大型スクリーンの画面が八等分され、そのうち七つに各艦長の上半身が映し出された。提督は席のコンソールから細いマイクを引き出し、軍人らしい冷徹な口調で、英語で話し始めた。
「これより隊列を指示します。空母ヒミコはこのまま当海域に待機。艦載機でクラーケンに波状攻撃をかけます」
提督は富岡艦長に直接顔を向けて続けた。
「貴艦の最優先事項はクラーケンの日本沿岸へのこれ以上の接近を阻止する事」
富岡艦長がすかさず応じる。
「了解です!」
提督は大型スクリーンに映る各艦長に続けて命令を発した。
「艦隊第一列は潜水艦ピョートル大帝号。海中より先行。魚竜を排除しつつクラーケンの底面を攻撃。貴艦の最優先事項はクラーケンが水中に逃げるのを阻止する事」
スクリーンの中でソラリス艦長が答えた。
「命令、了解しました」
「艦隊第二列は巡洋艦アンザック・スピリット。レーザー主砲の射程距離までクラーケンに接近、おぼろづきが露出させた奴のコアを攻撃。貴艦の最優先事項はクラーケン本体の撃滅!」
「お任せ下さい!」
スクリーンの中でザンビー艦長が力強く答えた。
「艦隊第三列は、進行方向から見て右に空母エヴィータ、左に空母クレオパトラ。艦載機を順次出動させて魚竜、翼竜、そしてクラーケン本体の戦艦型砲塔を排除。貴艦の最優先事項は、アンザック・スピリットの進路を確保する事」
「了解しました」
「了解」
フィツジェラルド艦長とマフムード艦長が同時に答えた。
「艦隊第四列には後方支援艦マザー・テレサ。必要に応じて各艦に補給。万一の時は消火、救命作業。貴艦の最優先事項は艦隊の人的損失を可能な限り防ぐ事」
「了解いたしました」
ミルザ艦長は女ながらも度胸の据わった、落ち着いた口調で答えた。
「艦隊第五列にはヘリ空母ジャンヌ・ダルク。常時搭載ヘリを艦隊外縁部に展開。貴艦の最優先事項は艦隊各艦の防御」
「必ず、遂行します」
ポルナレフ艦長が静かな口調で答えた。
「駆逐艦メコンは隊列から離脱。全速力でクラーケンの東側に回り込み必要に応じて攻撃。貴艦の最優先事項はクラーケンを太平洋に逃走させない事」
「命令、拝領しました」
テオ艦長は少し緊張した口調で答えた。ペンドルトン提督は数秒目を閉じ、椅子から立ち上がってマイクを握りしめ、凛とした声で命令を締めくくった。
「国連海軍、万能艦隊、全艦出撃! 作戦行動を開始せよ!」
富岡艦長はその場で、他の艦長たちはスクリーン越しに、一斉に背筋を伸ばして敬礼し、まるでタイミングを計ったかのように、声をそろえて叫んだ。
「イエス、マム!」
上海港を急遽出航した万能艦隊の姿は、その夜何度も繰り返し世界中のテレビ放送で映し出された。上海の病院のエルゼとラーニアも病室のテレビで何度も何度も飽きることなくその映像を見つめた。
彼女たちが不安に陥っているのではないかと心配して側についていたミューラー中佐と美奈に、ラーニアは英語でこう問いかけた。
「本当にあの怪物に勝てるの?」
ミューラー中佐は拳で自分の胸板を音がするほど強く叩いて言った。
「ああ、大丈夫だ。なにしろ、世界中の国が力を合わせているんだからね」
エルゼは美奈の手をぎゅっと握りしめて訊いた。
「じゃあ、ジンルイは一つになったの? ダンケツしているの?」
美奈は出来るだけ優しく微笑みながら言った。
「人類、団結か。あなたたちも難しい言葉を使うようになったわね。でも、その通りよ。人類が一つに団結したんだから、きっと勝てるわ」
全艦そろった万能艦隊とクラーケンの戦いは二十六時間に亘って続いた。
大和型砲塔を三基とも破壊しないとアンザック・スピリットがクラーケン本体に接近できないため、まず空母クレオパトラのユーロファイターⅡが八機ずつ編隊を組んで突入。
翼竜を迎撃しつつ、第一隊が正面に見えていた大和型砲塔を対艦ミサイルで攻撃。ほとんどが命中したが、クラーケンの大和型砲塔は一度破壊されても溶けた金属が再び固まるように、短時間で再生された。
第一隊はそのままクラーケン上空を横切り翼竜を排除、そこへユーロファイターⅡの第二隊が低空で突入。デルタ翼機特有の空中機動性を存分に発揮して横へ移動する同一の大和型砲塔を追撃。持てるミサイルを全て叩き込んだ。
それでも完全に破壊されず再生を始めた大和型砲塔に、第三隊が高高度から接近、翼竜の群れのはるか上空へ一旦ほとんど垂直に上昇し、宙返りしてこれもほとんど垂直に降下。最初の位置から見てほとんど真後ろに移動していた大和型砲塔に上空からミサイルを放った。
再生中だった大和型砲塔は、根元から吹き飛んでクラーケン本体の上を転がり、海面に落下して沈んだ。戦闘開始から二時間後、三基のうち一基の砲塔はこれで完全に破壊された。
十分後、F-22とユーロファイターⅡの後続部隊に護衛された、空母エヴィータのB-3爆撃機が十機一斉に襲来。精密誘導爆弾と誘導ミサイルで二基目の大和型砲塔の破壊を試みたが、砲塔がクラーケンの表面を回転するように移動したため、なかなか命中させられず、一旦空爆を中止。
戦闘開始から約三時間後、帰還し始めたB-3爆撃機隊をケツァル級翼竜が追撃。ユーロファイターⅡが全力でこれを迎撃したが、一体だけ弾幕をすり抜け、B-3三号機に接近した。
その翼竜は三号機の主翼部分に激突して墜落させた。パイロットと爆撃手は自動脱出装置で機外に飛び出した。
ただちに後方支援艦マザー・テレサが救急ヘリを派遣。他の艦も救難に使えるヘリを全機飛ばして二名を捜索。既に日が暮れていたため捜索は困難を極めたが、作戦開始から四時間後、爆撃手を海上で救出、彼はただちにマザー・テレサの手術室に運ばれた。全身に打撲を負っていたが素早い治療のおかげで命に別状は無かった。
それから二十分後、撃墜されたB-3のパイロットが発見されたが、脱出時か海面着水時に首に強い衝撃を受けたらしく、脊髄損傷で救難ヘリに収容された時は既に心肺停止状態だった。一時間後、マザー・テレサの医師団は蘇生措置を断念、死亡確認を宣告した。
万能艦隊の正式な構成艦ではなかったおぼろづきの乗員を除けば、彼が国連海軍創設以来初の名誉ある戦死者となった。
作戦開始から五時間三十分後、死亡したB-3のパイロットの遺体がエヴィータにヘリで搬送されてきた。遺体が入れられた簡易棺をフィツジェラルド艦長は甲板上で出迎えた。
艦内に棺を運んだところで、フィツジェラルド艦長は自らその上に星条旗をかけ、拳を握りしめた右腕を振り上げて兵士たちに叫んだ。
「よく聞け。ロドリゲス少尉がその命を捧げたのは、単に我らが祖国、アメリカ合衆国に対してではない。彼はその命を人類全体のために捧げたのだ。今は涙を取っておけ。戦友の死を悲しむのは、あの化物を倒した後だ。お前たち!」
フィツジェラルド艦長はその場に集まった大勢の兵士たちの顔をぐるりと眺めまわしながら大声で言葉を続けた。
「世界で最も勇敢な国家はどこだ? 人類全体のために命を投げ出してでも戦える崇高な国家はどこだ?」
兵士たちの中から一人の小さな声がした。
「U……S……A」
「ナチを倒して世界を救った国家はどこだ?」
答える声の主は徐々に増えていった。
「USA!」
「USA!」
「共産主義の脅威から世界を守った国家はどこだ?」
兵士たちは全員が両手を頭の上まで振り上げて「USA!」と叫び返した。
「クラーケンを倒して人類を救う国家はどこだ? その名前は?」
空母エヴィータの巨体をも揺るがすような声が延々と響いた。USA,USA,と。フィツジェラルド艦長もひとしきりUSAと叫んだ後、両手を振り回して兵士たちを落ち着かせた。
「よし、任務を続行しろ。あの化物に教えてやれ。アメリカのフロンティア・スピリットはまだ健在だと!」
戦闘開始から六時間後、駆逐艦メコンはクラーケン本体の東方約百キロの海域に到達。対艦ミサイルを発射して外洋に逃げようとするような動きを見せたクラーケンをけん制。
搭載したF-35Bを飛ばし、クラーケンの大和型砲塔を破壊しきれていない状況を知ったテオ艦長はCICの中で、光学誘導式トマホーク巡航ミサイルの発射準備を命じた。メコンの砲雷長があわてて進言した。
「光学誘導式は三十キロ以内まで接近しないと使えません。単独行動中にそれは……」
だがテオ艦長はその進言を押し切った。
「アンザック・スピリットはもっと近くまで行くんだぞ! あの日本の駆逐艦のサムライを見習え。命ではなく、名を惜しめ!」
夜陰の中、メコンから二基の巡航ミサイルが発射され主翼を広げて海面すれすれの低空を滑るようにクラーケンめがけて飛び立った。その先端には高解像度のCCDカメラが取り付けられており、メコンのCICの中のスクリーンに、ミサイルの先端の光景がリアルタイムで映し出されていた。
搭載機のデータリンクを中継しないとリアルタイムでの映像転送は出来ないのが難点で、そのため巡航ミサイルとしては短距離からしか操作出来ない。
しかしメコンの艦長は賭けに出た。あらかじめ着弾地点を入力する通常の巡航ミサイルと違って、光学誘導式は目標に充分接近したら、その光景を人間の目で見ながら進路を数十センチ単位で修正する事が可能だ。
この頃になるとクラーケンも大和型砲塔の扱いに慣れてきたようで、高速で飛来する二基の巡航ミサイルめがけて金属弾をかなり正確に撃ち出してきた。
二基の巡航ミサイルは狙いをつけた大和型砲塔一基の左右に分かれ、さらに距離を詰めた。メコンのCICでは二人の砲術士が小型スクリーンに映るミサイル先端の光景を見ながら、テレビゲーム機のジョイスティックのようなコントローラーを指で細かく動かしながらミサイルの進路を微修正した。
左から砲塔に接近した巡航ミサイルに大和型砲門が一斉に向き火を噴いた。直撃はしなかったが、その風圧に負けて巡航ミサイルの一基は狙いを外してクラーケン本体表面に激突、爆発した。
だが右側から接近していたもう一基の巡航ミサイルは、大和型砲塔を射程に捉えた。その砲塔は大急ぎで回転し、砲門の向きを変えようとしたがわずかに遅すぎた。
巡航ミサイルは大和型砲塔の真横に命中し、すさまじい爆発は砲塔を根元から破壊。いくつかの破片に分かれた砲塔はそのまま再生出来ず、海に転げ落ちて行った。これで大和型砲塔三基中二基が撃破された。
戦闘開始から八時間後、暗闇に紛れてクラーケンは何度か海中に潜ろうとする動きを見せ始めた。ピョートル大帝号は海中、クラーケンから十キロの位置でその度に魚雷を発射。水中からクラーケンの真下に回り込んだ魚雷が次々にクラーケン本体の底部に炸裂し、クラーケンは海面上に押し戻された。
戦闘開始から十時間後、雄平は楊大佐に呼ばれて空母ヒミコの下層部へ降りて行った。ふと窓の外を見ると、偵察飛行から戻ったらしいJ-32型が一機、着艦するのが見えた。
空母ヒミコは二つの飛行甲板が左右に分かれていて、ブリッジは艦体のかなり前の方にある。最初雄平は艦が後ろ向きに航行しているのかと勘違いしたほどだ。
進行方向から見て左側の飛行甲板が着艦専用らしく、今降りてきたJ-32は艦の後方から接近してフックを甲板上のワイヤーロープに引っ掛けて、機体を強制的に停止させた。
その機体は甲板上のクルーが操る牽引車によって直ちに前方へ運ばれて行く。飛行甲板の前方は半球型のドームのようになっていて、その中に機体は運び込まれた。
どうやらそのまま甲板下の階にあるハンガーベイに運ばれて、点検と補給が行われるらしい。作業が終わった機体は、艦体右側の飛行甲板の前方に運ばれる。
入れ違いに、別のJ-32が右側の飛行甲板の前方にある半球型ドームの開口部から出てきた。通常の空母と違い、発艦時には艦首から艦尾方向へ飛び立つ。発艦専用の飛行甲板の後部はスキーのジャンプ台のように斜め上に傾斜していて、無人戦闘機ゆえの軽量さのため、全長二百六十メートルの中型空母であるにも関わらずカタパルトなしで発艦する事が可能らしい。
発艦用、着艦用二つの飛行甲板を完全に分離した別構造にする事で艦載機の着艦、発艦をより素早く行え、かつ二つの船体を平行に繋いだ構造にする事で、艦全体のバランスを良くしてある。
J-32の操縦施設は二つのハルを繋ぐ真ん中の構造物の下層にあった。防音性がかなり高そうな分厚い観音開きの扉を開いて中に入った雄平は、一瞬その場で立ち尽くして固まってしまった。
それは体感型のゲームセンターにしか見えない光景だった。人ひとりの体をすっぽり覆う程度の大きさの箱型の機械が数十個、数列にずらりと並んでいて、その中は飛行機の操縦訓練に使うシミュレーターのような造りになっていた。
ペンドルトン提督が夜の暗闇の中での作戦行動を避けるという判断をしたため、各空母から哨戒に最低限必要な数の艦載機が交代でクラーケンの近くを飛行している状況だった。
ヒミコの艦載機も十機だけが哨戒任務に就いており、その箱型の装置にも十人が座っているだけだった。残りのパイロット、と言うより遠隔操作要員というべきなのだろうか、は大半が部屋の隅の長椅子にもたれかかって休んでいた。
その遠隔操作要員の全員が、どう見てもせいぜい十代後半の若者だったため、雄平はまた度肝を抜かれた。楊大佐が雄平の姿に気づいて大股で歩み寄って来た。
「ご苦労さまです、日野三佐。念のため貴官に確認して欲しい事がありましてね」
雄平は落ち着きなく周りを見回しながら楊大佐に訊いた。
「あの、これは一体どういう……」
楊大佐は雄平の質問を予期していたらしく、最後まで聞かずに答えた。
「世界初の試みですので、日本、中国、韓国全土でデモンストレーション用のシミュレーターを設置して一般から候補生を選抜したのです。得点の高い順に選んだら、ご覧の通り若者ばかり、しかも三分の一は女の子という事になってしまいました」
「これは少年兵にならないのですか?」
「その点に関しては国連から特別に許可は得てあります。それにこれでも満十六歳に満たない志願者には辞退させたんですよ」
「ま、確かにゲームみたいなシステムですから、中高生ぐらいの連中の方が腕は上でしょうね」
「実際に搭乗するわけではありませんから、飛行中のGの負担もない。それなら未成年でも体に負担はないだろうという事で。ただ、神経の疲労は予想以上だったようです。遠隔操縦要員は一時間おきで交代させています」
言っているそばから、操縦装置に座っているうちの一人の息が荒くなり体が微妙にふらつき始めた。それに気づいた少女がすぐさま駆け寄り、韓国語で何か話しかけた。座っている少年は、意味は分からないながらも相手の意図を察したらしく、「悪い、頼む」と日本語で答えた。
少女がまず操縦桿に手を伸ばし、素早く少年と手を入れ替える。そして少年は席の右側に体を滑らせるように椅子から離れ、少女が左側から操縦装置の椅子に座った。
少年は自分が被っていた、バイザーがそのままスクリーンにもなっているヘルメットを外して後ろから少女の頭に被せた。席の正面にはデスクトップパソコンのモニター程の大きさのスクリーンがあり、そこにJ-32の機首に取り付けられた光学カメラが捉えている映像がリアルタイムで映し出されていた。
よく見ると、日本、中国、韓国の若い男女が、それぞれ片言の相手の国の言葉と身振り手振りで一生懸命意思疎通を試みていた。彼らの顔は緊張と、同時に何か高揚感のような感情で活き活きと輝いているように見えた。雄平は感心して思わず口にした。
「自分が子供の頃、竹島や尖閣諸島や、あと従軍慰安婦問題でいがみ合っていたのが夢のようですね」
楊大佐も大きくうなずいて同意した。
「まったくだ。まさかこんな風に日本人と協力し合う日が来るとは。さて日野三佐。クラーケンのコアが露出しているという位置を確認しておきたいのです。そこの遠隔操縦要員に、詳しい事を教えてやって下さい」
戦闘開始から十二時間後、クラーケンの最期に残った大和型砲塔が突然連射を始めた。射程約四十二キロの四十六センチ砲から吐き出される、金属の塊が万能艦隊の周辺に着弾し、次々と巨大な水柱を上げ、夜の闇の中ですらはっきりと見えるほど高く空中に舞い上がった。
クラーケンは艦隊の各艦の位置を正確に把握しているわけではないようで、着弾地点はでたらめだった。だが、歴史上最大の艦砲の威力はすさまじく、着弾地点からの微かな衝撃波は時として近くにいる艦の甲板上でも感じられた。
大和型砲塔から発射された一発がたまたま後方支援艦マザー・テレサからわずか千メートルの位置の海面に着弾した。水しぶきがわずかにマザー・テレサの艦体を濡らし、衝撃波でブリッジの窓が一瞬びりびりと震えた。
「艦長!」
顔面蒼白になったブリッジ要員の一人がミルザ艦長に大声で言った。
「こんな距離まで届くなんて! 後退するべきではありませんか?」
だがミルザ艦長は決然として首を横に振った。
「これ以上僚艦との距離を開けたら救急活動に支障が出ます。今の位置を保持」
「し、しかし、たとえまぐれ当たりでも直撃したら」
するとミルザ艦長は椅子から立ち上がり、ブリッジの隅まで轟きわたる力強い声で怒鳴った。
「流れ弾が飛んで来て危ないからと言って、かのナイチンゲールが戦場から逃げ出しましたか? マザー・テレサがスラムから逃げ出しましたか? あなたたちもインドの男なら、この艦の名前に負けない覚悟を持ちなさい!」
戦闘開始から十三時間後、日の出を合図にペンドルトン提督は各空母に空爆再開を命じた。天候は一変して雲一つない快晴。残った大和型砲塔を破壊すべく、まず空母ヒミコが艦載機三十六機中二十四機を一斉に投入。クラーケン周囲上空に展開し翼竜を対空ミサイルで排除、航空制圧を行った。
空母エヴィータはB-3爆撃機を九機全て投入。B-3一機につき四機、空母クレオパトラからのユーロファイターⅡが護衛についた。クラーケン至近に接近したB‐3は機体下部のウェポンベイを開き、最初の六機が次々とクラスター爆弾を弾頭に搭載した精密誘導爆弾を投下。
翼を開きグライダーのように滑空してクラーケン直上に到達した誘導爆弾は空中で弾頭部を開き、そこから各十個の子爆弾をクラーケンの表面にまき散らした。
クラーケン本体から今まさに分離しようとしていた翼竜の上に子爆弾は雨の様に降り注ぎ、翼竜はそのまま砕け散った。迎撃の懸念がなくなったところで、残り三機のB‐3が突入。
大和型砲塔もクラスター爆弾でダメージを受け自己修復中だった。そこへB‐3は各二発ずつ、バンカーバスターを弾頭に装備した精密誘導爆弾を投下。地面から地下深くまで貫通して、地下にある要塞やミサイル格納基地を破壊するために開発された特殊爆弾が六発、大和型砲塔めがけて殺到した。
どれも砲塔そのものを直撃は出来なかったが、砲塔の周囲のクラーケン本体の表面を深くえぐり取るように破壊したため、大和型砲塔は根元からクラーケン本体と切り離され、自重に耐えきれず倒壊、そのまま海に転げ落ちて行った。これでクラーケンの大和型砲塔は三基全てが破壊された。
戦闘開始から十四時間後、最大の武器を失ったクラーケンはケツァル級二十、プテラノドン級無数、モササウルス級十、ユーリノサウルス級無数の翼竜、魚竜を一斉に分離。
ペンドルトン提督は攻撃行動を一旦停止し、防戦に専念するよう各艦に通達した。潜水艦ピョートル大帝号は艦隊に向かう魚竜のうち、大型のモササウルス級のみを前部からの誘導魚雷で撃破。小型のユーリノサウルス級の迎撃は僚艦に任せた。
空母クレオパトラは残りの艦載機を全機迎撃のため発進させ、B‐3の護衛から戻った艦載機も補給が済み次第とんぼ返りで発進した。
ユーロファイターⅡは大型のケツァル級の迎撃を優先。艦隊に接近する前に全て撃墜に成功。さらに艦隊に接近したプテラノドン級はヘリ空母ジャンヌ・ダルクのワルキューレ型ガンシップが至近距離まで引き付けて順次撃墜。
水中から艦隊に接近したユーリノサウルス級魚竜は、巡洋艦アンザック・スピリットの対潜ミサイルで大半が撃破され、残った物も補給を終えて再展開したワルキューレ型ガンシップの対潜装備によって一掃された。
撃ち漏らした翼竜、魚竜がいないかどうか、念のため上空、海中を捜索し、それが完了したところで戦闘開始から二十時間が経過していた。ペンドルトン提督は再び航空攻撃を命じた。
空母ヒミコから発信したJ‐32無人戦闘機がクラーケン上空に展開し航空制圧の体制に入った。空母エヴィータのB‐3爆撃機は翼竜の離脱を防ぐためクラーケン本体の表面をクラスター爆弾で絨毯爆撃。
空母クレオパトラのユーロファイターⅡは、六機で一編隊となって波状攻撃を行い、おぼろづきの艦首がめり込んでいる部分の周囲を集中的に誘導ミサイルで攻撃した。
クラーケンのコアの周囲は一旦金属の膜で覆われ再生し始めていたが、ユーロファイターⅡ編隊による集中攻撃で再び虹色に光るコアの一部が露出した。
ユーロファイターⅡの編隊はミサイルを打ち尽くすと母艦に帰還、ただちに燃料と武装を補給し、休む間もなく再び出撃、これを何度も繰り返していた。
出撃回数の多さを心配したマフムード艦長が飛行甲板下のハンガーベイに様子を見に行くと、飛行服を着たままのパイロットたちが携帯用ボンベから伸びたチューブの先に付いた吸入用マスクを口と鼻にあてて胸板を大きく上下させていた。
機体の整備と補給が終わるのを待つ間、酸素吸入を受けていた。もちろん飛行中にもヘルメットに付属する呼吸用マスクを付けているが、連続しての飛行のため低酸素症になりかかっていた。マフムード艦長は思わず、ハンガーベイの壁に寄り掛かって酸素吸入マスクを使っている六人の側へ駆け寄った。
「お前たち……大丈夫なのか?」
パイロットの一人がマスクをずらし、息苦しそうな声で答えた。
「アメリカのパイロットは既に犠牲者を出しています。ここで我々がひるんでいてはイスラム全体の恥です」
「本当に行けるのか?」
そう訊いたマフムード艦長に、そのパイロットは床に座り込んだまま右手で敬礼し、言った。
「イン・シャー・アラー!」
神がそれをお望みなら。そういう意味のアラビア語が、他のパイロットからも次々に飛び出した。
「イン・シャー・アラー!」
「イン・シャー・アラー!」
「イン・シャー・アラー!」
そこへ整備兵が駆け込んできて、機体の準備が整ったと告げた。パイロットたちは吸入マスクをかなぐり捨てて、短く艦長に敬礼し飛行甲板へ駆け上げって行った。マフムード艦長はその一人一人の背中に「アラーのご加護を!」とつぶやいた。
戦闘開始から二十四時間後、それまで動きを止めていたクラーケン本体から、三十体のケツァル級翼竜、二十体のユーリノサウルス級魚竜が一斉に分離した。クラーケン本体はもがき苦しむ様に洋上で激しく振動した。
空母ヒミコのJ‐32戦闘機がすかさず翼竜を迎撃したが、三機が翼竜から発射された円錐状の金属物体によって撃墜された。
クラーケン本体はその隙をついて海中に沈み始めた。ピョートル大帝号が素早くその動きを探知、誘導魚雷を連続発射してクラーケンの真下から攻撃し、その動きを阻んだ。
ピョートル大帝号の発令所では、火器管制を担当する士官がソラリス艦長に脂汗にまみれた顔で告げた。
「前方発射室の魚雷が残り少ない。あと五本で尽きます」
ソラリス艦長はこう答えて発令所にいた全員を驚かせた。
「後部発射室の魚雷を運べ。全部だ」
「全部ですか?」
「そうだ、一本残らず前方の発射室へ移せ」
「しかし艦長、それでは本艦は後方からの魚竜の攻撃に対処不能になります」
するとソラリス艦長は右手の指を伸ばして天井を指差して怒鳴った。
「海面上では、仲間の艦がもっと危険な戦いをしているんだぞ!我々だけが水中で安穏としていられるか。ロシア人魂を見せろ!」
戦闘開始から二十五時間後、巡洋艦アンザック・スピリットがクラーケンを視認できる三キロ圏内までの位置までたどり着いた。レーザー光線主砲の射程圏内まであと一歩となった。
ヘリ空母ジャンヌ・ダルクのブリッジでは、ポルナレフ艦長が補給を終えた残りのワルキューレ型ヘリ全機の出撃を命じた。
「全機ですか?」
飛行隊の責任者であるホフマイヤー少佐が唖然とした表情で訊き返す。ポルナレフ艦長は全く動じない様子で繰り返し命じた。
「そうだ。稼働可能なヘリを全てアンザック・スピリットの直援に回せ」
「しかし、それでは本艦が無防備に……」
ホフマイヤー少佐の言葉をポルナレフ艦長は鋭く遮った。
「我々の任務は味方の艦を守る事であって、自分の身を守る事ではない! ここでレーザー光線主砲に何かあったら今までの苦労が全て水の泡だ。本場ヨーロッパの騎士道精神を見せる時だ!」
ホフマイヤー少佐はなおも何か言いかけたが、唇をきゅっと引き締めて航空管制士官に言った。
「……了解! 駐機中のガンシップ全機発進準備!」
戦闘開始から二十五時間三十分後、遂にアンザック・スピリットのレーザー光線主砲がクラーケンの露出したコアを射程に捉えた。各空母は全ての艦載機を発進させアンザック・スピリット上空を警護。クラーケン本体の動きを止めるため、駆逐艦メコンは、本隊から離れていて補給を受けられないため温存していたミサイルを、連続して発射した。
アンザック・スピリットは約二キロの距離まで接近してレーザー光線主砲を発射。深紅に輝く光線はクラーケンの露出したコア、おぼろづきの艦首が突き刺さっている部分に収束して焦点を結んだ。
クラーケン本体は何とか逃げようと海面上で激しく動いたが、水平線の彼方から飛来する駆逐艦メコンの対艦ミサイルが本体表面を次々と叩き、海中直下からはピョートル大帝号の魚雷が潜水を邪魔し、身動きが取れなくなったようだった。
アンザック・スピリットのCICの中では、砲雷長が青ざめた顔でザンビー艦長に告げた。
「主砲砲身の表面温度が高すぎます! こんな長時間の照射は初めてですから、不測の事態も……」
だがザンビー艦長はモニターに映るクラーケンの姿をじっと見つめたまま言った。
「構わん。照射を続行」
「しかし、最悪の場合……」
ザンビー艦長はぎょろりとした目で砲雷長に視線を向け、決然とした口調で再度命じた。
「たとえ本艦そのものが吹き飛んでも構わん! ここで奴を取り逃がしたら、我々は世界中に顔向けが出来ない。南半球の意地を見せるんだ!」
戦闘開始から二十五時間五十分後、突然クラーケン本体から、目もくらむような閃光が走った。数秒遅れて、すさまじい衝撃波がアンザック・スピリットの艦体を木の葉の様に揺らし、原子爆弾のきのこ雲に似た黒煙が水平線近くで数百メートルの高さにまで立ち昇った。
目標を見失ったアンザック・スピリットは主砲の照射を中止。海面上を漂う煙の中に十機のJ‐32戦闘機が突入し、クラーケンがいたはずの位置を捜索した。結果、クラーケンらしき巨大物体の存在は消失したと判断された。
ペンドルトン提督は空母エヴィータの哨戒ヘリを使って、対潜水艦通信用の音波ブイを海面に投下させ、ピョートル大帝号に浮上位置を知らせた。
それから数分、提督と各艦長は固唾を飲んで指定された海面を見守った。クラーケン本体が爆発して吹き飛んだのだとすれば、その衝撃は水中の方がはるかに強烈に伝わったはずだからだ。
戦闘開始からちょうど二十六時間後、指定された海面の位置にピョートル大帝号がその姿を水中から現した。艦体表面にはところどころ小さくひしゃげた様な損傷があり、左側の分離式ソナーはちぎれてケーブルだけが垂れ下がっていた。ピョートル大帝号の通信用アンテナが伸び、ソラリス艦長の声が万能艦隊の他の全艦に伝えられた。
「こちらピョートル大帝号、海中にクラーケンの残存物と思われる物体の反応を確認せず。くり返す、海中にクラーケンの反応なし!」
数秒の沈黙が各艦全体に広がった。そしてほぼ同時に、万能艦隊の全ての艦船のあらゆる場所で、轟くような歓声が響き渡った。
「やった!」
空母ヒミコのブリッジでもペンドルトン提督が真っ先にそう叫び、歓声がブリッジ全体に広がった。
「キャッホー! やった、やったぞ!」
「とうとうあの化物をやっつけたんだ!」
「万歳!」
念のためJ‐32戦闘機を飛ばして周囲を確認させた結果、クラーケンは完全に吹き飛んで消滅したと提督は結論を下した。念のため日本の自衛隊に警戒任務を引き継ぎ、万能艦隊は上海に帰港する事になった。
空母ヒミコのブリッジからペンドルトン提督は全艦隊への直通通信回線を通じてこう告げた。
「みんな、よくやった! さあ、上海に着いたら久しぶりの上陸だ。飲んで食って騒げ! 希望者にはあたしのストリップショーだって褒美に見せてやるぞ!」
各艦のブリッジがどっと笑い声に包まれた。万能艦隊は進路を反転、福島沖から上海に向けて帰還の途についた。