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「おい健太、今回は本気で決めるんだからな。ボーっとしてる場合じゃないぞ」ハンドルを握るDJの声には力がみなぎっていた。健太はDJのスープラの助手席に乗っている。窓の外を見ると、夕暮れ空に雲がたなびいている。
「ああ、分かってるよ……」
スープラはトンネルに入った。
マレナと会っていなかったら、こんな騒動に巻き込まれることはなかった。人間不信に陥ることもなかった。おそらく、ツヨシの嫌な面を知ることもかっただろう。ならば、ハーバー邸だってうまくいっていたはずだ。
旅行に参加したいというクラスメイトを、断るべきだったのだろうか? 初対面ではなく、毎日教室で会っていた友達を。
車を返しておくと言われたとき、あくまで疑うべきだったのだろうか? 責任をもって返しますと身近な友達に言われたときに。
レンタカー会社の係員に「これ以上の請求はない」と言われたとき、その言葉を疑って文書化してサインをもらうべきだったのだろうか? 一人で事務所へ行かず、証人まで連れて行ったのに。その件では、もしヘラルドという証人がいなかったら危うかった。レンタカー会社は貸借の契約切れの七月末から路上で車が見つかるまでの九月初旬までの額を一方的に請求して、健太を袋小路に追い詰めていたことだろう。
「払えないならバイト先から前借しろ」と、電話で取立て屋ががなったこともあった。ヘラルドが公証役場で証人文書を作ってからは、取立て屋からの連絡はやんでいる。もちろん、だからといって今後も油断はできないにしても。
そんな窮地に追い込まれた友人を、ルームメイトが見放すとは思いもよらなかった。これまで一緒に苦楽を共にしてきた仲間が。拘束された身柄を助け出した友人までもが見放すとは。
共和国の不文法が機能しなくなる日が来るなんて。変わって明文法…食事当番規制、買物当番規制、貸借規制など…を壁に張り出す始末になっている。心の絆が割安な損得勘定に取って代わる。
車がトンネルを出ると、車窓の家々には電気がついていた。
「なあDJ。一体俺のどこがいけなかったんだろな」
「今更何を言い出すんだよ」
スープラはフリーウェイからローカルへ降りた。
大通りから脇道へ入ると、一目見て貧民と分かる人々が路肩でたむろしていた。街灯が少なくあたりは暗い。
路傍の一人が車道へよろよろと出てきた。DJがクラクションを長押ししても効かない。
「てめえ、ひき殺されてえのかよ」DJはハンドルをさばく。もしかするとここにいる人達の多くは、この質問にイエスなのかもしれない。
健太はヘラルドから聞いた住所を書き取ったメモと道路地図を最終確認した。DJはスープラを、小汚いマンションの前に止めた。