カーテンの隙間から、うっすらと朝の気配が差し込んでいた。静かに時が流れていく中、ふたりはまだ、お互いの温もりを手放せずにいた。
ハイネはまぶたを閉じたまま、呼吸を整えていた。
まるで、これが終わりであることを悟りながらも、それを受け入れる準備をしているようだった。
そんな彼の髪に、そっと触れながら――
「……ハイネ」
ヴィクトールは、声に出して名前を呼んだ。
それはまるで、祈るような声。
「好き」という一言が、口から出そうになるたび、
それを飲み込んで、代わりに名前を呼ぶ。
「ハイネ……」
「……」
何度も、何度も。
まるで、それでしかこの想いを伝えられないかのように。
そして、名を呼ばれるたびに、ハイネの肩が微かに震えていた。
「……その呼び方は、反則です」
「すまない。けれど、それ以外に……もう、方法がないんだ」
言ってしまえば終わってしまいそうで、
でも黙っていれば、この夜が夢だったことになる。
――せめて、君の名を。
今この瞬間、私だけのものであった君を、心に刻むために。
「……ありがとう、ヴィクトール」
その一言に、ふたりのすべてが詰まっていた。
やがて朝が、すべてを洗い流すように昇っていく。
そしてふたりは、再び“教師”と“王”に戻っていった。
夢を見たことなど、一度もなかったかのように。
でも――
名前だけは、まだ胸に残っていた。
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